VividColors株式会社の事業内容
「ちょちょちょっと待って下さい! 何言ってるか分からないです!」
お見合いパーティーの告白タイムかよ! とツッコミを入れそうになった伊吹。
しかし言葉そのまま出してしまっても、この世界ではお見合い大作戦も恋愛リアリティーショーも放送されていない。
この世界の藍子に沼島の春よ再びと言っても伝わらないのだ。
男性系Vtunerという、自分の性別がバレているのかいないのか判断が付かない新たな単語の出現も相まって、伊吹は狼狽えてしまう。
「あっ、すみません!
そうですよね、話が飛び過ぎですよね」
伊吹の狼狽した顔を見て、藍子は一気に冷静に戻った。
自分が逸材を発掘したと思ったのはただの早とちりだったのかと、藍子は小さく肩を落として腰を下ろす。
しかし、今まで交わした会話を通じ、藍子は伊吹の持っている声質をスピーカーなどを通さずに直に感じている。
この鼓膜を震わす声色は、男性のものに極めて近い。父親と同居していた経験がある藍子は、確信めいたものを感じていた。
藍子は自分が求めているものにそう遠くはないはずだと思い直し、一から丁寧に説明する事にした。
「YourTunesで活動しているYourTunerの動画を御覧になった事はありますか?」
伊吹は藍子の問い掛けに対し、頷いてみせた。
「そのYourTunerを管理運営する会社がある事もご存知でしょうか?」
「ええ、そういう会社があるのは知っています」
すでにYourTunerをマネジメントする会社は大小いくつか設立されており、事業収益を伸ばしている。
その事を伊吹が知っているか確認した上で、藍子は自分が設立した会社について詳しい説明を始める。
「私は顔出しをせず、イラストを使ったアバターというキャラ絵を用いて視聴者と会話する事が出来る配信者、Vtuner専門の育成や管理運営を事業化したく、会社を立ち上げました。
それがVividColorsなのですが……」
一度区切り、伊吹の反応を窺う藍子。
なるほど、と頷く伊吹を見て、藍子は続けて話す。
「実験的にイラストを用いたアバター姿で配信している配信者さんがおられ、これは二次元の壁を越えられる可能性があると私は感じました。
しかしVtunerと言っても、まだ世間に認知されている分野ではありません。私の会社で世間にこんな素晴らしいものがあるのだと広めたいと思いました。
手始めに、マスクやサングラスや被り物をして動画撮影している配信者や、一切実写動画を使わずゲーム実況をしている配信者の方々に連絡をして、弊社へ所属契約をして下さる方から探す事にしました。
彼女達にアバターを用意すれば、それだけでもう立派なVtunerと言えると思ったのです」
すでに顔出しを主として動画配信しているYourTunerをマネジメントする企業がちらほらと出て来ている。
ノウハウはないにせよ、藍子は先発企業を参考に会社を立ち上げ、顔出ししていない配信者専門のマネジメントを行う事にした。
「勤め先に自分の趣味がバレないよう、顔を出さないで配信している人って結構多いんですよ」
藍子は自らのツテを使い、所属YourTunerへ企業案件を振ったり、新しい機材の提供をしたりするなど、動画の質が上がるよう働き掛ける為の準備を始めた。
動画の再生回数が上がれば上がるほど、配信者がYourTunesから受け取る収益が増やす事が出来る。
配信者を手助けする事で会社も収益を上げる事が出来るはずだと藍子は確信し、顔出しをしていない配信者達へ連絡を取り、片っ端から提案していった。
YourTunesでは動画が再生される前に、広告動画が差し込まれて再生される。その広告は飲料メーカーであったりゲーム会社であったりスポーツ用品メーカーであったりと多岐に渡る。
YourTunesはその広告を動画視聴者へ届けたい企業から広告宣伝費を受け取って運営されている。
そして動画配信者はその広告を視聴者が見る事で、YourTunesが企業から受け取った広告収入の一部を受け取る事で収益を上げる事が出来るのだ。
個人の動画配信者は直接自分の銀行口座にYourTunesから収益が振り込まれるが、VividColorsと契約した所属YourTuner達は、YourTunesからVividColorsの銀行口座へと振り込まれた後、VividColorsがマネジメント料を差し引いて各YourTunerの銀行口座へと振り込むという流れになる。
この流れについては既存のYourTunerマネジメント会社と変わらない。
伊吹は前世で同じような仕組みの動画配信サイトに触れていた事もあり、この世界ではまだそれほど一般的ではないVividColorsの事業内容を理解する事が出来た。
「つまり、YourTunerを裏で支えるお仕事ですよね」
伊吹が自分の説明を聞いて、YourTunerを支える仕事だと受け止めてくれた事を嬉しく思い、藍子が笑顔で頷く。
が、すぐにその表情を曇らせる。
「声を掛けたほとんどのYourTunerが収益比率について難色を示しました。
この場で隠しても仕方ないのでお教えしますが、YourTunesから支払われる収益を六対四の割合でYourTunerとVividColorsで分けようと提示しました。
事業計画を立てていた段階では折半を想定していたのですが、VividColorsと契約するだけで収益を半分も掠め取るのかと怒り出す人が多かったんです」
もちろん契約した以上、会社として全力でマネジメント業務を行う。
契約前は一人もしくは仲間内で手配していた動画撮影の準備や撮影場所の確保などの諸々の雑務や、動画撮影のネタの提供や、動画編集の外注化、ゲームの権利関係の問い合わせを請け負うなど幅広くYourTunerをサポートする事が可能だ。
そのようなサポートを受ける事でYourTunerは動画撮影に専念する事が出来、撮影時間をより長く取れたり、プロの動画編集者によって編集された質の高い動画を投稿する事に繋がり、より良い動画を配信する事で再生回数が上がって収益も増える。
結果的にVividColorsと契約する前よりも受け取れる収益は多くなるはずだというのが藍子の主張である。
しかし、藍子の予想よりも理解を示してくれる配信者はかなり少なかったようだ。
「それでも管理運営の内容に理解を示してくれた方と契約する事が出来て、所属YourTunerが少しずつ増えて行きました」
顔出ししないYourTunerは、顔出ししているYourTunerに比べて圧倒的な不利を抱えている。
それは、実写動画の自由度の低さ。そして生配信がし辛いという点である。
YourTunesには動画配信の他に生配信をする機能がある。
チャンネル登録者はお気に入りのYourTunerと、同じ時間を共有する事に喜びを感じる。
それこそが配信者が収益を上げる大きな要素となるのである。
「人気YourTuner達が投げ銭でどれだけ収益を受け取っているかを説明し、あなたもVtunerという配信スタイルへ移行すればそれに近づけるかもと、お金の話を中心に説明するよう変えてみたら、真剣に話を聞いてくれる方が増えました」
もちろん顔出しをせずとも生配信は可能だ。ラジオを聴いているのとそう変わりない。
ライブ配信に対してコメントを送る機能を使えば、十分に配信者とコミュニケーションを取る事が出来る。
ただ、アバターがあれば二次元の壁を越えられるかも知れないという可能性は、三次元である実写、実際に存在する人間を凌駕するのでは、という意味を持つ。
実写ドラマとは別に、アニメが個別の支持者を獲得している事も、藍子がVtunerに賭ける理由の一つだ。
「最初に一人、所属契約して下さってからはトントン拍子に所属人数が増えて行きました。最初は良かったんです。最初だけは……」




