卒業式で婚約者が言いました。わたくしは
「皆の者、よく聞け!」
この国の王太子であられる、第一王子ジュリアン様が、さらりとした癖のない金髪を煌めかせながら、王族らしいよく通る声で、そこにいる皆の注目を集めます。
ジュリアン様の横には、可愛らしい桃色の髪の少女がひとり。
にっこりと、嬉しそうにジュリアン様を見つめています。
「いいか、私は今日、この学園を卒業する……つまり、明日からは、もう学園内に居ることはない。そこでだ!カトリーナ!」
唐突に名を呼ばれたわたくしは、臣下の礼を取り、ジュリアン様の言葉の続きを待ちます。
「皆も知っての通り、私の婚約者は、私より一つ年下だ。そして、今日、この日をもって、カトリーナは……」
「皆の者、よく聞け!」
この国の王太子であられる、第一王子ジュリアン様が、さらりとした癖のない金髪を煌めかせながら、王族らしいよく通る声で、そこにいる皆の注目を集めます。
ジュリアン様の横には、可愛らしい桃色の髪の少女がひとり。
にっこりと、嬉しそうにジュリアン様を見つめています。
「いいか、私は今日、この学園を卒業する……つまり、明日からは、もう学園内に居ることはない。そこでだ!カトリーナ!」
唐突に名を呼ばれたわたくしは、臣下の礼を取り、ジュリアン様の言葉の続きを待ちます。
「皆も知っての通り、私の婚約者は、私より一つ年下だ。そして、今日、この日をもって、カトリーナは……」
わたくしは……?
王太子の婚約者として選ばれたあの日から、将来の王妃教育も幼い頃から重ね、学園内ではジュリアン様と共に生徒会で学園のために力を尽くし、その慰労だと二人きりでお茶を楽しむ時間もあったのですが、もしや、これは物語などで流行りの『婚約破棄』なのでしょうか?
「……カトリーナは、婚約者ではなく、王太子妃とする!つまり、私の妻だ!!私が卒業するからといって、私がいない間に、誰もカトリーナに手を出すんじゃないぞ!」
「……………」
あらやだ。
わたくしとしたことが、ジュリアン様の言葉にお返事をすることも忘れてしまいましたわ。
周囲も私と同じように、貴族らしからぬぽかんとした表情ですね……ええ、その気持ちよくわかります。
「カトリーナの、あの美しい大地の色をした豊かな髪、そこから香る花々の香り、そして澄んだ空のような青い瞳、その微笑みは女神のように私を包み込み、その声はどのような音楽よりも心地よく耳に響き、その声で我が名を呼ばれることこそ日々の幸せ!!それが卒業するからといって会う時間が減るとは……もう、これは婚約者から王太子妃として私と共に城に住んでもらうしか──」
「ジュリアン様?」
「!」
普段の落ち着いた王太子としての威厳を見せるような立ち振舞いしか知らない、他の生徒からは、珍しいものを見るような、生暖かく見守るような視線が……そして、このような姿のジュリアン様を知る生徒会のメンバーからは、またいつものあれか……という空気が流れています。
「わたくしのことをご心配いただき、ありがとう存じます」
まずは、お礼を。
そして。
「ジュリアン様のお気持ちは、わたくしが誰よりも存じ上げております。ですから、ご心配なさらなくても大丈夫ですよ」
「し、しかし、カトリーナは……」
「そうですよ!」
わたくしたちの他に声が上がったのは、ジュリアン様のお隣からでした。
ふわりとした桃色の髪を揺らしながら、彼女が貴族として精一杯の速度で、わたくしの横に移動してきます。
「いいですか、お兄様?次年度からは、わたくしが学園にいますし、特例として入学前に生徒会入りも認めてもらいました。ですので、カトリーナお姉様に悪い虫が近づくことはありません!」
「し、しかしだな……ユリア」
「しかしも、なにもありません!こんな事になった時のために、お父様……陛下から、お兄様の横についていなさいと言われたのですよ。全くもう、カトリーナお姉様のことが好きなことは皆に十分に伝わりましたから、これ以上困らせてはダメです!」
そう、第一王子ジュリアン様の横には、第一王女ユリア様がなぜかいらして、まだ学園に入学前なのになぜだろう……と思っていたのですが、陛下のご指示だったのですね。
納得しました。
「ジュリアン様」
わたくしは、微笑みながら、ジュリアン様に呼びかけます。
隣のユリア様からは「あ、これ怖いお姉様ですわ……」と小さな声が聞こえた気がしますが、まあ、今は聞かなかったことにしましょう。
「実は、わたくし……」
◇
卒業式の後、わたくしがどうなったのかと言いますと、ジュリアン様のご希望の通り、王太子妃になりました。
ええ、その、ジュリアン様の妻になったのです。
あ、でも、予定外のことなので、式などの公的な行事は来年なのですけど、今は、王太子の宮で、王太子妃殿下としてお部屋を賜り、そこで執務をこなしつつ、ジュリアン様と食事やお茶を共にしております。
ですので、あの日、ジュリアン様がご心配なされたような、他の男性からのアプローチなど受ける余裕もございません。
「はぁ、私はなんて幸せ者なんだろう」
お気に入りの紅茶を飲むわたくしを見ながら、ジュリアン様が今日何度目か分からない言葉をぽろりと呟かれました。
恐らく、ご本人も無意識なのでしょう。
「ふふ、ご心配なさらなくても大丈夫でしたでしょう?」
「そ、それはだな、……まさか、カトリーナが私と一緒に卒業できると思わずに……」
そうなのです。
わたくし、あの日、ジュリアン様の代の皆様と一緒に卒業したのです。
年下だったのに?と思われるでしょう?
ふふふ、わたくしも、最後まで卒業できるかどうか確定できなかったので、家族や先生方にしか知られていなかったのですが、全ての授業の試験を受け合格すること、いくつかの実技の試験の合格と、面接など……条件を満たせば、年齢に関係なく卒業できる仕組みがあったのです。
王太子妃として選ばれてから学んだことは、学園で学ぶことと重なる点も多く、優秀な家庭教師のお陰もあり、わたくしは二学年先の授業までを常に合格レベルまで習得していたのです。
……それをジュリアン様に気付かれると「せっかく年上としていろいろ教えたかったのに!」と拗ねられてしまいますので、秘密にすることの方が大変だったのは、秘密ですが。
わたくしに夢中で、可愛らしい嫉妬で無茶なことを言い出したジュリアン様は、陛下やユリア様を困らせていましたが、あの後、わたくしが共に卒業できると伝えますと、お二人、そして王妃様からも泣いて喜んでいただきました。
今は幸せ、なのですが。
「ああ、早く名実共にカトリーナを私の妻にしたい……!」
と、ジュリアン様の新しいお悩みを毎日聞かされるのが、少し大変でしょうか。
想定外の一年早い結婚でしたので、諸々の準備の都合もあり、まだ正式な夫婦生活を過ごすわけにはいかないのです。
「……せっかく同じ屋根の下にいるのに、カトリーナの寝顔も見られないなんて……うう」
ということで、まだ寝室は別なのですよ。
それでも、卒業した王太子と、学生の王太子妃よりは、一緒にいられる時間が増えたと思うのですけどね。
「ふふ、ジュリアン様と、こうして一緒に過ごせるだけで、わたくしも幸せですわ」
「カトリーナ……!」
「では、そろそろ午後の執務に戻りましょう。わたくしもご一緒させていただきますね」
「うう、……君との時間が増えるのは嬉しいのだけど、もっと、こう……」
「あら、わたくしは、執務に励まれるジュリアン様の素敵なお姿を楽しみにしておりましたが……」
「よし!午後も頑張るか!」
さあ、一緒に頑張りましょう。
わたくしの愛しのジュリアン様。
お読みいただきありがとうございました。
婚約の作品だと溺愛もいいよね、という話。
ジュリアン様は、たぶん、カトリーナ以外のことなら優秀なので、将来は良き王と、それを支える良き王妃となるでしょう。
その後のユリア様は、兄であるジュリアン様の溺愛が暑苦しくて、カトリーナ様のことを尊敬しつつ、自身はもう少しあっさりとした恋愛をしたいなと思っているところ、学園内で運命の出会いを……という未来があったりなかったり。




