都市伝説好きな少女と間取りの奇妙な曰く付き物件
挿絵の画像を生成する際には、「Gemini AI」と「Ainova AI」を使用させて頂きました。
夫の転勤に伴って買った中古の戸建て住宅は、破格の安さな上に新築同様の美しさという素晴らしい掘り出し物だった。
もう一つ部屋があっても良さそうな空間があるという奇妙な間取りが気になったけど、そんなのは大した問題じゃなかったの。
だけど引っ越してからという物、変な事が起きるようになったのよね。
毎日のように、幼稚園児が使うような赤いクレヨンが廊下に転がるようになったのよ。
うちには小学五年生になる娘しかいないのに、おかしいわよね。
主人と相談して隠し部屋の存在するであろう辺りを調べたら、恐ろしい事が分かったのよ。
壁紙を剥がしたら、釘打ちされて封鎖されたドアがあるじゃないの。
恐る恐るバールでドアをこじ開けたら、そこには…
壁一面に真っ赤な文字で、「おかあさんだして。ごめんなさい。」とビッシリと書かれていたの。
あの赤いクレヨンは、この為に使われていたんだわ…
確かに怖い思いはしたけれども、私達一家は引っ越す気にはなれなかったの。
駅から近くて主人の通勤や週末のお出かけには便利だし、これと同じ安価で同等の条件の物件に今後巡り会えるとは思えないわ。
「そうは言っても、今後どんな変な事が起きるとも分からないからね。今は赤いクレヨンが転がるだけで済んでいるけど、そのうちタンス貯金が消えるなんて事も…」
「や…やめてよ、あなた…そんな怖い事…」
主人が心配するのも無理はなかったわ。
「だったら御祓いして貰えば良いんじゃない?私も嫌だよ、ここから引っ越すなんて。」
そんな時に助け船を出してくれたのは、長女のミユキだったの。
ミユキも転入先の小学校で沢山友達が出来たみたいだし、今になって再び転校なんて考えられないわよね。
「御祓いも良いけど…拝み屋さんなんて呼んだら高いんじゃないの?」
「大丈夫だよ、お母さん。私のクラスメイトにそういうのに詳しい子がいてね。その子に頼んだら安く引き受けてくれるよ。」
娘のクラスメイトと聞いて余計に不安が増したけど、駄目で元々で試してみる事にしたの。
その子で失敗したなら、その時には本職さんを呼べは良いのだから。
赤いクレヨンの隠し部屋騒動が起きてから初めて迎える日曜日に、娘のクラスメイトを名乗る少女が我が家に現れたの。
「堺市立土居川小学校の鳳飛鳥と申します。ミユキちゃんとは同じ班なのですが、何かとお世話になっています。お父さんもお母さんも、さぞかし御心配でしょう。しかしながら、もう御安心下さい。」
顔立ちこそ端正ではあったものの、何とも奇妙な少女だった。
小学生にしては不自然なまでに落ち着いているし、霊障の起きている事故物件に来ているのに妙に楽しそうだった。
オカルトや心霊現象といった薄気味悪い物に興味があるのだから、普通じゃないのは分かっていたけれど。
「大丈夫だよ、お母さん。ちょっと変わり者に見えるけど、飛鳥ちゃんは凄いんだよ。こないだもオカルト番組の矛盾点を突いた上で其の後の番組の運命を言い当てたら、その通りになったんだ。お母さんも知ってるでしょ、『私達の知らない世界』の製作委員会による謝罪会見を。」
「え、ええ…」
ナチスドイツの空襲で亡くなった人を悪霊呼ばわりしたオカルト番組の大炎上と放送枠を使った謝罪会見は、私もネットニュースで読んだばかりだ。
だけど娘と同い年の少女が、そこまで予期出来るとは…
この鳳飛鳥という少女のオカルト分野への造詣の深さと洞察力は、年齢不相応な域に達している。
高野山の寺社や道教の御廟といったスピリチュアル関係のスポットを訪れて様々な知識や技術を収集していったら、自ずとこのような達観した考え方になるのだろうか。
「それでは、一仕事始めましょうか!」
手首には数珠を巻き付け、ビッシリと御経の印刷された手袋を着用して。
その姿は娘の同級生というより、怪しいオカルティストそのものだったわ。
だけど私達一家の不安を余所に、この鳳飛鳥という少女は慣れた手つきで事を進めていったの。
「成る程…これが話にあった赤いクレヨンですか。」
「あっ、飛鳥ちゃん!?」
何の躊躇いもなくクレヨンを手に取る大胆さに、私も夫も思わず息を呑んでしまったの。
だけど本当に驚くべきは、ここからだったわ。
「そして、ここが隠し部屋。成る程…『おかあさんだして。ごめんなさい。』ってビッシリ書いてありますね!それなら、こんな事をしちゃったりして!」
「あっ!」
何と隠し部屋に入るなり、手にした赤いクレヨンで壁に何やら書き足し始めたのだから。
私達一家なんか、怖くて指一本触れられなかったというのに。
「アッハハ!少し書き足しただけで『おかまさんだ、して!』になっちゃった!何をして貰うのかな?こっちの『おとうさん』と『だして』の間には『中へ』と書き足して下ネタにしようっと!」
壁に記された恐怖のメッセージに勝手に書き足して下ネタに変え、心底楽しいとばかりに狂気に満ちた笑い声を上げる。
赤い文字の記された隠し部屋なんかより、私達にはこの少女の方が余っ程恐ろしく感じられたわ…
嬉々とした様子のオカルト少女に私達が唖然としていた、正しくその時だったの。
「うう、ひどいよ…僕は助けを求めていただけなのに、こんな事をするなんて…」
啜り泣くか細い声を上げながら、身体の透き通った小さい男の子が隠し部屋の中央に現れたのは。
「ヒィッ!でっ、出たぁ!」
それを目の当たりにした私達一家は、思わず腰を抜かしてしまったわ。
だけど、あの少女だけは違っていたの。
「ひどいだって?ひどいのは君の方だよ!何も知らないあの一家を苦しめて、それじゃ君を苦しめた毒親と何も変わらないじゃない!被害者なら何をやっても許されると思ったら、それは大間違いだからね!」
「ヒィッ…!」
さっきまでの狂喜乱舞が嘘のような一喝に、半透明な男の子もタジタジだった。
度胸があるというべきか、人間らしい恐怖心が欠如しているというべきか。
あの少女の場合は、きっと後者なんだろうな。
「こんなに壁にクレヨンで書き殴る程に、出して欲しかったんでしょ?なのにどうして早々に成仏せず、この家に未練がましく留まっていたのかな?君みたいなのを大人の世界では『矛盾』っていうんだよ。」
「だ…だって僕、成仏の仕方が分からないんだもん…」
ぐうの音も出ない正論に追い詰められ、半透明の男の子もタジタジだった。
まさか幽霊相手にロジックハラスメントを仕掛けるなんて、予想外の展開だったわ。
「そうして君が未練がましく引きこもっている間に、事態は大きく動いたんだ。この記事をよく読んで御覧。君に対する虐待致死で、君の御両親は実刑判決を受けているよ。子殺しだから今頃は同じ雑居房の囚人からも嫌われているだろうね。君の無念は法治国家の日本が晴らしてくれたんだ!」
「難しい漢字が多くてよく分からないけど…それじゃ僕がされた事を、沢山の人が怒ってくれたって事?」
タブレットに表示されたネットニュースは、数年前に起きた児童虐待致死事件の判決を報じていたの。
そこまで事前に調べ上げていたなんて、あの少女の底知れなさが恐ろしいわ。
「これで分かったよね。もう君は、この家に未練がましく引きこもらなくて良いの。潔く成仏するなら、私も君の冥福を祈って読経してあげるよ。」
「分かったよ、お姉ちゃん。僕、潔く成仏する…」
そうして少女の唱える般若心経を聞きながら、半透明の男の子は穏やかな表情を浮かべて消えていったの。
四方の壁にビッシリ書かれた、助けを求める赤い文字と一緒にね。
こうして赤いクレヨンの隠し部屋騒動は無事に解決し、私達一家に平穏が戻ってきたの。
「後はこの隠し部屋を神聖な空間に作り変えれば、それで丸く収まりますよ。仏間にするなり神棚を置くなり、御宗旨に合わせて大丈夫です。」
数万円の謝礼を大事そうに受け取る少女のアドバイスを、私達は素直に受け入れたわ。
和室に置いていた仏壇を移動させ、神棚や仏像も配置して。
供花や御神酒も、毎日絶やさないようにしているの。
それからというもの、赤いクレヨンが廊下に転がる事はなくなった。
それどころか、主人が昇進したり娘がバレエコンクールで受賞したりと我が家に幸運が続くようになったのよ。
もしかしたら、あの半透明の男の子の幽霊は我が家を守る家神様になったのかも知れないわね…