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スペースシリーズ!全宇宙対抗野球大会

作者: きのこの

地球と呼ばれる星からおよそ32億光年離れた、彗星銀河の中にある赤い星。そこは地球と似たような広大な大地、多様な植生、星の8割を占める赤海と、惑星全てを支配する青色の表皮を持った生命体が住んでいる。


彼らの名前はアザースト人。地球人と似た合計四つの手足と二足歩行能力を持ち、優れた知性からなる高度な言語機能や科学力、多彩な感情、社会性を有した種族であった。

彼らは先祖を尊び、子孫の繁栄を喜びとして、数千年前に子孫たちがより多くの知識と技術を身に着けられる教育機関を作り上げた。


この広大な惑星唯一の学園。アザースト星立マルコメ学園小中高等学校。


惑星中の知性体の幼体がすべて集うこの学校には、いま流行っているスポーツがあった。元々彼らの星にはなかったものではあったこれは、昨年数十年にも及ぶ外宇宙調査を終えた調査隊がこのアザーストに広めたものだ。

元の言語は彼らの発声器官では非常に発声しづらいものであったため、アザースト人達はみんなこの遊びを「マクウ」と呼んだ。





「おーい、そっちにボールいったぞ!!」


マルコメ学園マクウ部部長ケントは、フェンスを大きく超えて跳び上がったマクウを見上げながら、仲間に声をかけた。今日は、ついに明日に迫ったマクウ宇宙対抗試合の最後の練習日であった。


「往来往来~」


フェンスから一番近くにいた仲間が、大きく手を広げながら、後ろに二歩三歩と下がる。本当に大きく跳び上がったボールだった為、非常に取りづらかったろうに、彼は流星のごとく落ちてくるボールを見事その手で握って見せた。


「3アウト!!」


審判の声がマクウ上場に響き渡った瞬間、ワッと観覧席から喝さいが上がり、ベンチに座っていた仲間が飛び出してきた。


「やった!やった!ケントチームがまた勝った!」

「さすが対抗試合代表メンバー!叶わないや!」


誰が持ち出したのだろうか、花吹雪の舞うなか、ケントはマクウ場とベンチにいた仲間たちに担ぎ上げられて万歳万歳と何度も高く投げられた。

観客の感動もまたチームメンバーと同じ熱量だったため、しまいには観客もマクウ場にフェンスを通って入ってきて、チームメンバー全員を神輿のごとく担ぎ上げての大騒ぎが始まった。

みんながみんな自身の惑星の代表を称えてくれている。みんなが興奮と幸せで目を細めている。


…しかし、そんな幸せと喜びのムードの中、ケントの表情はみんなと同様に目を細めながらも、その心中は黒い雲に覆われて、ちっともこの勝利を喜べなかった。


ケントは幼体の頃から極度の不安症であった。そもアザースト人達はみな不安や恐怖と言った感情をそこまで強く感じない種族であった。

発達した知性が彼らに失敗をもたらすことは長い歴史の中で数えるほど僅かしかない。彼らを襲い食べる種族とうの昔に滅び去って、現在のアザースト人の命を脅かす存在はこの宇宙には存在しない。


そんなだからみんながこの学校に入る際の試験にも年度末のテストにも、一切の不安を感じていないのに対して、ケントの毎日は不安でいっぱいだった。

「もし試験におちたらどうしよう」「もしテストで全然分からなかったらどうしよう」。そんな不安をいくつも抱えていた。


だから、マクウを始めるときだってケントは不安でいっぱいだった。もしボールが全然打てなかったら?もしボールの力のコントロールがうまくいかなかったら?もし、もし。


不安症に加えて、彼はどういうわけかいつの間にかマクウ部の部長に任命され、チームの参謀を勤めていた。仲間はみんなケントを慕ってくれるが、ケントは不安でいっぱいだった。自分が出した、対抗試合の相手の分析が不安だった。不測の事態が不安だった。自分に自信が持てなかった。


参謀なのに、部長なのに、みんなが期待してくれてるのに…対抗試合で自分が何もできなかったらどうしよう。この時のケントは知るよしもなかったが、それは地球用語でいう「恐怖」という感情だった。

練習終了後、後片付けと最後のミーティングを済ませたケントは、アザースト達がすっかり少なくなったマクウ場をあとにして、今日の活動を顧問に報告するべく、部室へと足を向けた。





学園の幼体達はほとんど帰宅しており、校舎にはごく一部の文化部しか残っていなかった。部室に入ってパソコンを叩き続ける顧問に話しかけると、顧問はクルリと体の向きをこちらの方に向けて、ケントの報告を聞いた。

報告が終わり、さあ自分も帰ろうとしたその時、顧問が話しかけてきた。


「ケント、また何か不安があるのか?」


ケントは驚いて咄嗟に頭部から触手をはやし、顧問の感情を交信した。どうやら顧問は自分の心を読んでしまったらしい。


「勝手に心を読んでしまって済まない。なんだか浮かない顔をしているが、また何か不安があるのか?」


顧問にはケントの内心を幾度か打ち明けたことがあったから、今回のケントの不安も分かったのだろう。ケントは心配してくれる顧問に心が温かくなって、いうつもりはなかった内心を吐露することにした。


「顧問…実は僕、今回対抗試合がすごく不安なんです。」

「ああ、お前は試合前はいつも不安そうにしているからな。分かっているよ。今回は試合の何が不安なんだ?」

「今回の対抗試合、相手は外宇宙の人たちでしょう?彼らの使用する道具のことや戦略が不安なんです。」


顧問はふむ、と顎に手を当てて頷いたあと、棚から一つの資料を取り出した。ケントが対抗試合のためにまとめた作戦資料だった。


「今回、お前は本当にたくさん作戦を練ってくれたな、これのどれが不安なんだ?」


ケントはその資料を覗き込んで、一番上の項目を指さした。そこは対戦相手の使う道具についてまとめられた資料であった。


「これです。この『ガン』という道具。遠距離から火薬を使用して複合されたアイアンを打ち出すこれは、遠い場所からボールの動きを妨害するのにも、選手の動きを妨害するのこともできる。」


ケントは外宇宙調査隊が公開した資料を思い出した。

対戦相手はみな黒い服に身を包んで、隊列になってガンをうち、見事な連携で選手の動きを妨害していた。長年マクウをやっていたケント達のチームの動きにも勝る、見事な統率だった。


「だがケント、お前はこの解決方法をやすく見出しただろう。

対戦相手はみなアザースト人よりも運動能力が低い、手は伸びないし、体は360度まで回転しない。膂力もはるかに弱く、体力も比べ物にならないほど少ない。

純粋な力で圧倒できる。対抗としてチームみんなが常にバットをもち、複合アイアンを打ち返して妨害行為を反射する。互いに互いを守りあう仕組みを考えたし、そのための連携を今日まで練習してきた。」


自身が書いた対策資料そのままの回答が返ってきた。そういうことじゃない。


ケントはそう思ったが口にはしなかった。ケントは極度な不安症だが、顧問はそうではない。ごく一般的なアザースト人で、ケントが不安であることが分かっても、その不安が何からくるのかなぜそうなのかをきちんと理解することはできていなかった。


ケントは少しがっくりとしながらも、自身の不安を吐き出すことを優先した。この曇りを誰かに打ち明けて少しでも晴らしたかった。尊敬する顧問を吐き出し口にするのは申し訳ない気持ちもあったが、顧問にしか打ち明けられないことだった。


「次にこれです。この『タンク』と呼ばれる道具。これが打ち出すボールは非常にマクウに使うボールと酷似しています。

発射速度は速くないですから本物のボールと見分けることは可能ですが、このタンクは一つではなく複数用意されて使用されます。いくつもボールに似たものを用意されては間違えてしまい、そのうちに点をとられるかもしれません。」


ケントはまたタンクがいくつも並んだ映像を思い出した。タンクには打ち出すタイミングや場所を観測するための観測員が必ず一人ついており、とても正確に発射されていた。ガンと同様に選手を妨害することもできそうだった。


「だがケント、これも対策がある。そうだろう?タンクの足はとんでもなく遅いし、何よりもすごく柔らかい。体当たりすれば簡単に壊せるから、走り続ければいい。それに、ボールに目印をつけるルールができたんだろう?対戦相手の動体視力は全くダメダメだそうじゃないか。それなら我々が簡単にボールをとって走って、勝つことができる。」


またも対策資料を読み上げるだけの顧問に、とうとうケントはハァ、とため息をついて、ハッとして口を抑えた。

しまった、そんな呆れた態度取るつもりじゃなかったのに。


「どうした?俺の回答がお気に召さなかったのか?」


顧問は首を傾げてケントの目をじっと見つめている。ケントの答えを、思いに寄り添おうと、待ってくれている。ああ、本当に良い成体だ。


ケントは顧問の目を見ながら「すいません…ありがとうございます。」と心をこめて、交信するための触手を震わせながら伝えた。

顧問の寄り添いに少しでも答えようと、自分の気持ちを、自分の不安の根源を明確に言葉にするべく、目を閉じた。


額に出ていた触手を体内に入れて、自分の心に耳を澄ませた。


対戦の相手の道具には、あと『エアクラフト』と『コンバットシップ』と呼ばれるものがある。

それぞれタンク同様に非常に柔らかいが、『エアクラフト』の方は3000mほど浮かんでるし、しかもこちらもガンやタンクのようにボールを打ち出す。タンクと違って選手一人の動きで動かせるため、そこに選手の枠を取られることもなく、スピードはアザースト人の走りの方が早いが彼らの種族からすると非常に身軽に動かすことができる。


『コンバットシップ』の方は海に浮かんでいて、マクウ場に入ってくることはないが、場外からボールをとばしてきて妨害してくるのだ。外から妨害なんて、僕たちのチームは考えたこともない斬新な作戦だ。その動きも厄介だが、こんな作戦を思いつく彼らの頭脳こそ厄介だった。彼らの試合は映像で見たきりで、一度として実際に見たり戦ったりしたことがないのだ。


と、そこまで考えて、ケントは不安の根源が何かをなんとなく理解できた。まだうまく言語になっていないが、顧問に伝えようと、つたない語彙で言葉をひねり出す。


「僕は…顧問、僕は多分。彼らの作戦が不安なんだと思います。」


「彼らの作戦?」


「はい。彼らはコンバットシップを使った作戦を思いつけるほど柔軟で新しい手法を見出すことにたけた種族でしょう?だから、もしかしたら明日になって突然新しい作戦を用いてきて、その作戦で負けてしまうかもしれない。それがどうしうようもなく不安なんです。」


顧問は真剣に僕を見つめながら、額にはやした触手を動かして「新しい…」と呟いた。それから、何か顧問の中で答えを見つけたのか、触手を戻して目を細めた。


「ケント、それはな。『未知』というんだ。お前は『未知』であることが不安なんだ。」

未知?初めて聞く言葉に僕は首を傾げた。顧問はケントを教え導く、慈愛に満ちた表情で口を斜めに曲げながら、『未知』が何か語り始めた。


「『未知』とは『知らない』ということだ。俺たちアザースト人は、生まれた時からいままで先祖が学んできたあらゆる知識を遺伝子に刻み込んだ状態で生まれるだろう?俺たちにとって教育とは『思い出すこと』なんだ。

…だが、今回の対戦相手達のことは、俺たちの遺伝子には刻まれていない。『思い出すことができない』から、俺たちは本当に一から、まるで外宇宙を冒険するかのように知る必要がある。」


外宇宙の冒険、知ること。それはこのアザーストに住むすべての幼体たちにとって憧れや羨望を想起させる言葉だった。僕たちアザースト人の多くは思い出すからこそ『新しいもの』に触れることもないまま一生を終えることがほとんどだ。しかし、外宇宙に冒険に行く人は違う。外にある『新しいもの』『思い出せないこと』それを見に行って、僕たちの遺伝子の自身の足跡とともに刻むことができる。アザースト人達が先祖から脈々と受け継いできた誉の一つになる、その長い長い歴史に自身の魂を永久に伝えることができる。


自分のなんてことない不安が突然大きな憧れになって返ってきて、僕は自分の気持ちが興奮していくのを触手から感じて身震いした。そんな、そんな壮大な話になるだなんて。


「壮大なんかじゃないさ。」


はやした交信触手から僕の感情を読み取ったらしい顧問が、僕の気持ちに共鳴して身震いしながら言った。


「だってそうだろう?ケントは、お前たちのチームは、このアザースト人の全てを代表して外宇宙に飛び出すんだ。アザースト人の中で初めて、外宇宙の人たちとマクウをするんだ。これって、外宇宙観測隊と一緒だ。マクウというスポーツの世界で、お前たちはこの広い世界に冒険に行くんだ。」


触手を通して顧問の興奮が伝わってくる。冒険、冒険…なんて楽しそうな響きなんだろうか。


「当然、そんな冒険には不安もつきまとうだろう。なぜなら『知らない』から。これこそが『未知』だ。ケントはただ知らないことが不安なんだ。」


『未知への不安』。いままでのケントの不安に根源にぴたりとはまる言葉だった。ケントはいままで言語化できていなかった自分の気持ちにようやく名前を付けることができた。


「ここで問題だ、ケント。未知への不安には、どうやって対処する?」


顧問が触手をしまい込みながら問いかけてきた。心をピタリと閉ざして、読めないようにされてしまったため、きちんと自分で考えなければいけない。


「う~~ん。対策資料をたくさん作る?」

「いいや。」

「新しい道具を作る?」

「いいや違う。」

「たくさんの練習?」

「どれも違う。」


駄目だ。ちっともわからない。僕が降参と手を横に振った、その時だった。


「答えは仲間でしょ。顧問。」


後ろから誰かの声が聴こえてくる。

振り返ると、ケントのチームの仲間たちがずらりと並んでいた。


「『未知』があるなら仲間と協力して乗り越える!うまれたばかりのころ、みんな絵本で読んだことがあるでしょう?」


一番先頭に立っていたメンバーがいうと、その後ろから他のメンバーが「そうだそうだ」と声をあげる。


「なんだ、俺はケントに問題を出したんだぞ?」


顧問は不満そうに口角を上にあげたが、チームのみんなは二ヒヒと口を斜めにあげて、目を細めた。


「いいじゃないですか。だって未知には仲間とともに挑むんですから。」


「リーダー分からないことがあるなら、俺たちみんなで考えるし、答えを出す。それこそ仲間でしょ。」


額に生えた触手から彼らの親愛が、喜びが、興奮が、暖かい波となって流れ込んでくる。ケントはぐっと目に力をいれて、こみ上げてくるものを飲み込んだ。自分にはこんなにも慕ってくれている仲間がいてくれている。


ケントは黙って彼らの方に一歩近づいた。ケントの心を覆っていた分厚く黒い雲は取り払われ、穏やかな感情で満たされていた。それが伝わったのか、チームのみんなも目を輝かせて、ケントの言葉を待った。




「いこう!みんなで!!地球に!」


「「「おう!!!」」」


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