第九話「回想」
「あなたもしかして神様?」
「いかにも」
青空の和室に、老人と青年がいた。
青年の名は知夏拉ツキル。彼は現実世界にて、トラックに轢殺されて死亡した。
対する老人は、神。死んだ人間の行き先を決める神の一人である。
「なんていうか……神様ってもっと悠々としてるもんかと思ってた」
それは右耳にペンを挟み、老眼鏡をかけて片手に書類を、もう片手をキーボードに置いている神を見たツキルの率直な感想だった。
「あほか。一日何千、何万人死んどると思っとるんじゃ。百人体制でこのぐらい詰め詰めで仕事してギリギリなぐらいじゃわい」
「なるほど……」
ツキルは感嘆した。
「お前さんは死んだ。そしてここで、君のこれまでの人生をくまなく調べ上げ、積み重ねた徳に応じた場所へ送るんじゃ」
「マジかよ……」ツキルは驚いた。
「あと一応希望を言ってもよいぞ。かなりの確率で無視されるんじゃが」
「異世界転生!」
「マジかよ……」神は驚いた。
「あ、やっぱりそういうの無いの?」
「ある。あるが……転生となると途方も無い徳が必要じゃぞ。どーせ†異世界チート転生†とかいうふざけたタイトルのラノベばっかり見とるんじゃろ」
「いいじゃん別に……徳ってどこで見れるの?」
「ほれ、確認するぞ」
神様がツキルに手のひらを向けた。するとそこから眩い光が漏れ出し、ツキルを包み込んだ。
「眩しい!」
光量に眩み、目を瞑るツキル。一方、手のひらを向けている神の脳内には、ツキルのこれまでの半生が流れ込んできていた。
(大した徳を積んでおらん奴に限って高望みするからのぉ)
神はあまり期待せず、ツキルのこれまでの行いを見ていった。
(……?)
『ありがとう!』
『ありがとうございます!』
『ありがとー!』
『助かりました!』
『ふん、別に助けて欲しくなんか無かったんだらね!』
(これは……)
彼は物心ついた時から、恐らくは性のような物で、自らの身を顧みずに人を助け続けていた。
さまざまな人物が彼にお礼を言い続けている。それは歳をとるごとにどんどん増えてき、やがて神の脳内を感謝で埋め尽くした。
『ありがとうございます!』『ありがとう!』『ありがとう!』『ありがとね!』『ありがと!』『ありがとう!』
『ごめんなさい……ツキルくん』
(最後は、人の身代わりになり死亡、か……)
これまで多くの人間の汚い部分を見てきた神にとって、それは澄み渡りすぎた半生だった。
悪事をしたかと思えば、狂ったように善行に走る人間たち。その様を達観して眺め続けていた神は、ここで初めて、一生を狂った善行により埋め尽くしている人間と出会ったのだ。
「……」
気付けば、神は目から一筋の涙を零していた。
「ええっ!!そんなに徳なかったのかよ!?」
「うるさいわ、もう異世界でもチートでも好きにしたら良かろう!」
神は涙を拭いながら、キーボードを叩き「E-31」という項目を画面に表示した。
「やったぜ!でもチートはいらない!」
「チートじゃなくてもいいのか?」
「あぁ、最初はレベル1で、だんだんと強くなる!そんな体験にずっと憧れてたんだ!」
「物好きじゃの……まぁええか」
神は「知夏拉ツキル 初期ステータス」という項目を上に表示し、lvとステータスの項目を手動で1まで下げる。
「あー、次に異世界の説明じゃがな……」
そして神がツキルに振り返って色々な説明をしようとした時、すでに彼は扉の向こうにいた。
「行ってくるぜー!」
「おい!!ちょっと待たんか!そこから出たら――」
神は急いで立ち上がって彼を止めようとしたが、間に合わず扉は閉められてしまった。
「……あ」
神は右を向き、額に冷や汗を滲ませた。右掌がキーボードのボタンを深く押し込んでいたからだ。立ち上がった時に思わず手をついてしまったらしい。
プラスの方向であれば誤差の範囲内であったが、1から更にマイナスしてしまったとなれば、話は別である。
恐る恐る神がモニターを見ると、そこには「レベル: 譁 �ュ怜喧縺�戦闘ステータス: æ–‡å—化ã 」という表示がただ映し出されていた。
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「と、いうわけだ!なんか初期ステのままスタートしたはずなのに、こっちに来てみたら訳わかんないことになってた」
「な、なるほど……」
少々多めの情報量だったため、ソルは一旦深呼吸して、聞いた話を整理した。
(ということは彼はもともとこちらの人間ではなく、神界を通してこの世界に『送られた』?条件は『死』……魂の行きどころを再決定する際に能力まで弄れるのね。世界の選択権も含めてその自由度は『徳』によって決まる……?いや、違う。この子の話ぶりから考えれば、完全に神の『裁量』によって決まっているとしか思えない)
「……ありがとう、ツキルくん。貴重な話を聞けたわ」
「いいぜー」
ソルは立ち上がると、胸の谷間から白い宝石を一つ取りだし、机の上に置いた。
「これはお礼よ」
「え!いやいやいいよ!俺話しただけだし」
「あら残念ねぇ、それには弱体化の魔法が込められているのに」
「うわぁ大事にします!!!ありがとうございます!」
「じゃあねぇ」
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「お待たせー」
暇そうにしているワンダとシニアの元へ、ツキルが帰ってきた。
「おかえり」ワンダが言った。
「なんだ、遅かったな」シニアも言った。
「悪い悪い、ちょっとナンパされちゃって」
「は!!??断ったんでしょ!?」
ワンダは席から立ち上がってツキルに詰め寄る。
「い、いや、冗談だよ……」
「もう、びっくりさせるんだから」
そっぽを向いて席に戻るワンダ。ツキルは、何故彼女がそこまで過剰に反応したのかが分からず、当惑した様子だ。
「お主ら相変わらずだな……そうだ。折角ゴールド級バッジを手に入れたのだし、早速クエストを一つ受けてみようではないか」
「おーけー!」ツキルは拳を上げた。
三人はカウンターへ行き、とある依頼を受けて出発した。
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熱いマグマがそこかしこで流れを作っている、活発な火山。溶岩の海を隔てる僅かな陸地を、ツキルは血眼になって走っていた。
「!」
すると突然彼の頭上に、黄金の羽ばたきと共に神々しいドラゴンが降臨した。
「私は長年封じられ続けてきた神の力を持つドラゴン……人間よ。消えてなくなれ」
「うるせぇーーーーーーーーーっ!!!!!」
「ブラックアウトーーーッ!?!?!?!?」
ツキルはどこからか取りだしたランチャーで伝説のドラゴンを撃墜した。
(えぇえーーーっ!?)
遠くからツキルを見守っていたシニアは、そのあまりに荒唐無稽な倒し方に驚いた。
「やったぜ!」
「ちょっと何道草食ってんのよー!見つかったわよー!」
シニアの横で屈み込んで、何かを探し当てたワンダがツキルに呼びかける。
「さっすがワンダ!!」駆けつけるツキル。
「はい。これがラド草で、こっちが溶岩石ね。さっさと帰りましょ」
「お、おぉ。すごいな、俺なんかそこら中走り回っても見つけられなかったのに」
「そりゃあの探し方じゃダメでしょ……」
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「はい、確かに受け取りました。これは報酬の1500gです」
「ありがとう!!」
ツキルは受付嬢から差し出された銀貨と銅貨を、満足げに金袋の中へ入れた。
「なぁ、伝説のドラゴン云々は言わなくてもいいのか?そこの貼り紙で100000gの報酬で討伐依頼が出ておったぞ」シニアが耳打ちする。
「何言ってんだ。俺たちが受けたのはただの”採取依頼”だろ?あれはなんか邪魔だったから倒しただけだ」
「お主な……」シニアは呆れた。
「?」ワンダは首を傾げた。
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「はぁ、はぁ……馬鹿にしやがってよ!!」
薄暗いゴミだらけの部屋で、一人の男がパソコンのモニターに向かって暴言を吐きながら、荒々しくタイピングをしている。
「ぼきはなぁ、すごいんだ……!本気を出してないだけで……!」
男はゴミの山に手を突っ込み、未開封のポテチを取り出して開ける。
彼の名は田中 ゆうた。
「ふぅ……ふぅ……ナシャたん。萌え〜〜……」
後に、世界を滅ぼす者となる。
続く
【ツキルの残り戦闘ステータス:91000】