第五話「”十怪”」
「まず、十怪のメンバーを紹介しよう」
役人は席から立ち上がると手を差し出し、十怪の中で一人だけ車椅子に座っている老人を指した。
「この方は”老師”カラクモ。十怪の中では最高齢の方だ」
カラクモと呼ばれたその人物は、白い着流しに身を包んだ小柄な老人で、目元と口は白く長い眉とひげに隠され、顔色は伺い知れない。
「おーい嬢ちゃん」
カラクモはワンダに手を振って言った。
「えっ?私っ?」
まさか話しかけられるとは思っていなかったワンダは焦った。
「久しぶりじゃの」
「あ、えっと!その……どこかでお会いしましたか?私……」
カラクモの姿が記憶に無いワンダは、申し訳無さそうに言った。
「ショックじゃのぉ、一昨日助けてやったというのに」
「え……」
ワンダは一昨日にあった事を回想する。助けられた……そうだ。一つだけ心当たりがある。
それはワンダが油断をして、魔物に襲われそうになった時の事だ。
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『危ないぜ、嬢ちゃん』
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あの時ワンダの前に現れ、助けてくれた人物。
「あなた……だったのですか!?でも、確か私が会ったのはもっと若かったような……」
ワンダはあの時に助けてくれた、白髪と鋭い眼光の”若い男”の姿を鮮明に覚えている。だが目の前のカラクモという人物は、記憶の彼とは年齢があまりにもかけ離れているのだ。
「ほっほっほ。まぁ、年寄りの知恵じゃよ」
「でも……」
「ま、今後ともよろしくな。ツキルくんも」
「よろしくな!」
ツキルは元気に挨拶を返した。
(なんだか、腑に落ちない)
「そして、老師の隣にいる彼女が”侵犯魔女”ソル・パーン。見ての通り、魔女だ」
「よろしくねぇ」
黒いローブに魔女帽子の、豊かなバストの美女が挨拶した。その背後で、人魂のような青い炎が宙をゆらゆらと浮いている。
「更に隣が”超絶機巧”ルナ・ピューター。彼女は人工のアンドロイドだ」
「どうも」
黒スーツに青髪の、感情の薄い目が特徴的な少女が挨拶した。見た目は生身の人間と区別がつかない。
「”葬慈刀番”タイトウ。彼は神出鬼没で気分屋だが、腕は確かだ」
「よろしく……」
鞘入りの刀を床に突き立てながら椅子に胡座をしている、着物姿の壮年の男性が静かに挨拶した。
「”爆発兄弟”ジョー&ケン。兄のジョーは諸事情あって来ていない」
「よろしくなァー!!」
サングラスをした、柄の悪い外見の男が頭に生えた導火線を揺らしながら元気よく挨拶した。
「”最強修道女”ヤクソク。見ての通りシスターをやっている」
「よろしくお願いします……」
シスター姿で、頭に白い鉢巻を巻いた女性がおとしやかに挨拶した。
「”鬼赤子”キベン。一見ただの赤ん坊だが、意思疎通は可能だ」
「おんぎゃ」
鋭利な角を生やした赤い身体の赤子が、椅子の上に置かれたゆりかごの中で鳴いた。
「”死ね死ねマン”。十怪の中では積極的にメディアへの露出を行っている有名人だ」
「よろしくっ!!」
『死』という一文字が全体に大きく書かれた仮面を付けた、マント姿の男が挨拶した。
「”奇怪術師”ソレハ・ショウ。世界最高峰のマジシャンだ」
「よろしく」
カラフルなタキシードに、黒いシルクハットを目深に被った紳士が挨拶した。
「そして最後に”大勇者”ショウリ。ツキル君が倒した魔王サタン・アビシニアの討伐へ出向いていた人物だ」
「ツキル君!君の活躍は聞いているよ!」
金の縁取りがされた白金の鎧に屈強な身を包み、赤い顎髭を生やした精悍な顔立ちの男が大きな声で挨拶した。
十怪のメンバーはこれで全員。
”老師”カラクモ。
”侵犯魔女”ソル・パーン。
”超絶機巧”ルナ・ピューター。
”最強修道女”ヤクソク。
”葬慈刀番”タイトウ。
”奇怪術師”ソレハ・ショウ。
”死ね死ねマン”。
”鬼赤子”キベン。
”爆発兄弟”ジョー&ケン。
”大勇者”ショウリ。
(この十人の中誰もが、単独で一国の持つ総軍事力に匹敵するなんて……)
ワンダは実際に対面して改めて、この最高戦力達の頼もしさと恐ろしさを実感していた。
「あの時あんたも魔王を倒しに来てたのか?」
ツキルがショウリにきいた。
「ああ!だが少し場所が遠くてね、来た時には既に消滅していたからびっくりしたよ」
「そうだ、今回はその件について!ツキル君。君は本当に一人で魔王を打ち倒したのか?」役人が言った。
「うん」ツキルは認めた。
「それはワシが保証しよう」カラクモが言った。
「そうだ、カラクモさんもあの場にいたのでしたね」ショウリが言った。
「そうじゃ。まぁ、ワシは手出ししとらんよ。というかできなんだわ」
「私もびっくりしましたよ。何か連絡を貰えれば、こちらもサポートの体制を整えられたのですが……」役人が言った。
「年寄りに魔法は難しいでなぁ」
(ふん、こんな車椅子に乗った老人が一人おったところで我が倒されるわけなかろうが)
シニアは心の中で毒づいた。
「よし。裏付けもとれた事だし、ツキル君!功績を称えて、君をこの”十怪”の一員に迎えたいと思う!」
「え?!」ツキルは驚いた。
「うそ!す、すごい……!やったわねツキル!」
ワンダはツキルの手をとって喜んだ。
「いやぁ、その……ごめんなさい。それって辞退できる?」
だがツキルは、申し訳無さそうにその誘いを断わったのだった。
「「「!?」」」全員が驚く。
「ちょ、ちょっとツキル何言ってんのよ!”十怪”の一員になれば、一昨日みたいに一文無しで歩き回る事なんてなく裕福に暮らせるのよ!?」
ワンダは掴んだツキルの手を上下に激しく振りながら言った。
「……無理にとは言わない。君がそうしたいのなら、我々も引き下がろう」
役人は残念そうに言った。
「ありがとうございます。ただ、一つだけ!」
ツキルは席から立ち上がった。
「俺が”強くなったら”、必ずその誘いを受けます!それまで皆さん、どうか待ってて下さい!」
ツキルはその場にいる全員にきらきらとした視線を送りながら、高らかに宣言した。
「……まぁ、現状に満足せずに向上心を持ち続けるのは、よいことじゃな」
「少年!君のその姿勢!とても感動したぞ!」
「「ツキル……」」
ワンダとシニアは呆れていた。
ツキルが今言ったのは『これからもっと”強くなる”』ではなく『一度0に戻り、そこから自分の力で”強くなる”』という意味であったからだ。
「じゃあ、今日はもう解散でいいかしらぁ?」
ソル・パーンがあくびをしながら言った。
「む、そうだな……。予想外だったが、ツキルくんは加入を遠慮するという事で、十怪は今まで通りに活動していただきたい」
「じゃあ私はこれで!町でサイン会があるのでね!」
死ね死ねマンがスケジュール帳を片手に立ちあがった。
「じゃあ俺もこれで」
「メンテナンスがありますので、失礼します」
タイトウとルナ・ピューターも続いて立ち上がる。
「忙しいところすまなかった。それではこれで会議は解散という事で――」
「大変ですっ!!!!」
ホール内にいた全員の視線が、ドアを開け放った職員に向けられた。
その職員の顔は焦燥感に溢れており、その口ぶりからも何らかの異常事態が起きた事は誰の目にも明らかだった。
「どうしたんだ!」
「怪物が……化け物の集団が、この本庁に襲撃を!」
「なんだと!?」
役人は激しく動揺した。
「なんだァ?面白そうなことになってきたじゃねぇか」
”爆発兄弟”の弟、ケンは言った。
「それで、どこまでそいつらは来ている!?」
「もう、既に、ここまで!!」
その時、ホール内の明るさが急に増した。
ワンダが天井を見上げると、そこに天井は無く、空だった。
「は……!?」
空には無数の飛び回る怪物の群れと、この建物よりも一回りも二回りも大きな巨人が、剥がした天井を片手にワンダ達を見下ろしている。
「貴様ら!!何者だ!?」役人が吠えた。
『我々は”雲極漆黒便宜会”』
低い声が、巨人から響き渡った。
だが、巨人は口を開いておらず、声を出していない。よく見ると、巨人の巨大な片手に何かが乗っており、それが声を発していた。
『この世界を掌握し、理想の世界を作り上げる組織。魔王の存在が消えた今、我らが恐れるものは何一つ無い』
「うそ……でしょ?あれって……!」
ワンダはその何かの正体が分かると、口を抑えて目を見開いた。
『今日、貴様ら”十怪”が一堂に会する事は知っていた。今貴様らを一網打尽にし、この、”あひる様”が世界を恐怖で支配する』
巨人の掌の上に乗っていたのは、丸いフォルムの、黄金に光る、体長2mほどの……。
アヒルだった。
「……ぷっ!あは、あはは!なんで!なんでアヒルなのよーっ!!」
ワンダは思わずそのシュールな光景に吹き出し、腹を抱えて笑った。
「こやつら、まだ諦めていなかったのか……」
シニアは冷めた目であひる様を見上げて言った。
『おい小娘、後悔の無いようによく笑っておけよ。それが人生最後の貴様の姿なのだから』
「え……?」
ワンダは背後に殺気を感じた。
「……」
ワンダが振り返ると、目の前にふくろうの顔が描かれた面を逆さに着けた大男が立っていた。
大男は無言で、鋏に置換された右手をワンダに向かって突き刺そうと繰り出した。
「い、いやっ」
「君ッ!!」
突き出された鋏は、横入りした剣に弾かれた。
「……!」
大男は乱入者を仮面の奥で見つめ、鋏を空切りした。
「ワンダくん、だったかな?早く安全な所へ逃げたまえ。こいつらは、僕たちが相手をするッ!」
尻餅をついたワンダを守るように、大勇者ショウリは剣を構えて、大男と対峙した。
「おいワンダ、こっちにこい!」
シニアが非常用出口の前でワンダを呼んだ。
「ご、ごめんなさい。腰がその、抜けちゃった……」
ワンダが尻餅をついたまま涙目で言った。
「馬鹿者!何をしておる!」
「ワンダ!」
「わっ」
ワンダは突然の浮遊感に目を閉じる。
彼女は誰かに持ち上げられた事が分かって、ゆっくりと目を開けると、そこにツキルがいた。
「ツキル……!」
「大丈夫か、ワンダ」
ツキルはワンダをお姫様抱っこで非常用出口まで連れていき、ゆっくりと降ろした。
「ありがとう。ツキル」
降ろされたワンダは思わずツキルの身体に抱きつき、安堵した。
「おい!イチャついとる場合か!早く逃げるぞ!」
出口から逃げ出す職員達を背後に、シニアが急かした。
「ツキルはどうするの?」
ワンダがツキルの胸の中で言った。
「俺は戦う!流れ的にな!」
ツキルは言った。
ワンダは一瞬、不安そうな表情になったが、すぐに痩せ我慢の笑みでそれを誤魔化した。
「分かった……じゃあね!」
そして、ホール内には”十怪”とツキルだけが残った。
「どうも皆さん」
チン、とベル音が響き、ホールの端から頭に呼び出しベルを乗せた男が出てきて、芝居がかった挨拶をした。
「今日はあひる様のご命令であなた達を抹殺いたします。オーダーマンと申します。私たちは、”雲極漆黒便宜会”の四天王です」
『貴様らはここで、地を這い、絶望し、死ぬ。オーダーマン。かにふくろう。そして今私を乗せている巨大グラトニー。二丁拳銃のたけ。こいつらが貴様らを地獄へエスコートする』
あひる様は目を赤く光らせ、恐ろしいトーンで言った。
オーダーマンとかにふくろう以外にも、いつのまにかホール内には怪物が何匹も侵入している。
「ねぇルナちゃん。私たちも舐められたものねぇ」
ソル・パーンはどこからか杖を取り出すと、周囲を漂う炎に近付けた。すると杖は炎を受け入れるように纏い、赤熱された炭のような色に変わった。
「抹殺対象、確認。任務を遂行します」
ルナ・ピューターが手を虚空にかざすと、そこに未知の文字列が渦を巻き、一本の槍を生み出した。
「ほっほっほっ」
老師カラクモは、車椅子から立ち上がると、右手の指で目にも止まらぬ速さで己の全身を突いた。
すると、彼の身体は急速に変化し始める。皺は無くなり、背は伸び、伸びた髭は抜け落ち、筋肉が盛り上がり、数秒後にそこに立っていたのは、若い白髪に鋭い眼光が特徴的なワンダを助けた男の姿であった。
便宜会と十怪達は、ホールの真ん中を割って向かい合う。
あひる様は言った。
『戦争だ』
続く
Xやってます→@dendendanger7
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