第四話「宿屋にて」
夜の繁華街。店の立ち並ぶ通りで、一人の青年と一体のロボットが対峙していた。
「覚悟しやがれよ!!!この器物損壊野郎!!!」
眼前に氷刀の切っ先を突きつけられながらも、少しも怖じけずにツキルは吠えた。
「サヨウナラ」
メカリズはそう言葉を発すると、氷刀をツキルの脳天に勢いよく振り下ろす。
「店に代わって!」
ツキルは拳を握り、振り下ろされた氷刀が届く前に下から殴りつけた。
殴りつけられた氷刀は根元から粉砕され、無数のきらめきとなって宙を舞う。
「ガガッ!イジョウハッセイ!ソンショウヲ」
メカリズが怯んだ隙にツキルは素早く、ナエギを捕らえている右腕をしっかりと掴む。
「お仕置きだ!!!」
そしてツキルは左足を、メカリズの身体へと叩き込んだ。
「ガガガガガガッ!シンコクナエラーデス!シンコクナエラー!シンコクナエラー!シンコクナ……」
メカリズは掴まれた右腕を残して、身体をバラバラに分解させながら通りの奥へ、奥へ。
やがて姿が見えなくなると、ツキルはワンダ達へ振り返り、はにかんで言った。
「やったぜ!」
……
「ありがとうございます!本当に助かりました!」
「お兄ちゃんありがとー!」
爆弾でも投げ込まれたかのような惨状と化した通りで、ツキルはナエギとその姉の二人にお礼を言われていた。
「私、ワカギって言います!この度は本当に……」
「いや!いいよ礼は!俺も腹立ってたし」
「ツキルー!とりあえず救急の要請はしたから、怪我人はもう大丈夫よー!」
ワンダはメカリズの被害にあった人達の救助をしながら、ツキルに手を振った。
「まったく、やはり冗談みたいな強さをしておる」
シニアがツキルの背後で、手を頭の後ろに組みながらつまらなさそうに言った。
「まぁ半分冗談みたいなもんだけどな!」
「あの、何かお礼を……」ワカギが言った。
「じゃあ我々を家に泊めてくれ」シニアが言った。
「おま、流石に迷惑だろそれは!」
ツキルが遠慮するが、ワカギはその要求にパッと目を明るくして答えた。
「え!泊めて、ですか!全然大丈夫です!私の家、宿屋なんですよ!」
「え、マジ……?じゃあ甘える!お言葉に甘えます!」
こうしてツキルとシニアは、ワカギの姉がやっているという宿屋へと向かった。
……
宿に着いたツキルとシニアは、夕飯や風呂などを済ませて床に就こうとしていた。
「全く良い宿であるな。ワンダも泊まればよいというのに」
シニアは寝巻きの浴衣姿で、敷布団に寝そべりながら言った。
「まぁあいつには家がある……って、よく考えたらシニアも城かなんかあるんじゃないのか?」
自分の布団をシニアから離して敷きながら、ツキルはきいた。
「城のある魔界はこことは別世界に存在しておるからな。繋げるには相応の魔力がいる、今は帰れん」
「そうか……なんかごめん」
シニアから見ても、ツキルにあまり非は無い。だが彼はなぜか素直に平謝りして、お詫びに同行までさせてくれるその率直さがおかしくて、シニアはくすりと笑った。
「少し前から思っておったのだが、ツキルは小娘に弱いな?」
「……悪いですか?」
「その隙をせいぜい突かれんようにせよ」
「余計なお世話だ!」
そして布団を敷き終わったツキルは、部屋の電気を消して布団へと潜り込んだ。
「おやすみ」
「おやすみ」
……
カチリ、カチリ。時計の音だけがこだまする室内で、シニアはゆっくりと目を開ける。
まだ時計は午前2時を差していた。
シニアは寝返りをして、壁際に向いて寝ているツキルを見た。
(今日初めて会ったのに、なんだかもう長年付き合ってきた友人のように思えたわ)
(”弱くなりたい”だと?珍妙な願いだが……実はその気持ち、分からんでも無い)
シニアは自分が魔王として軍勢を従えるまでの人生を振り返った。
(生まれてから、父の世継ぎとしてあらゆる英才教育を施され、血筋と才能も相まって我に勝てるものなど誰一人いなかった)
(勝利、勝利、勝利の日々……我が魔王となった後は尚更だ。そして我は、いつしか期待するようになっておった)
(強い者。我を倒しうる存在。我と勝負できる存在。我の心を、昂らせる何かを……)
「だがお主は、強すぎたな」
ぼそりと、小さな声でシニアは言った。
「まだ起きてんのか」
ツキルが背を向けたまま言った。
「!……起きておったのか」
「もう寝る」
「そうか、おやすみ」
「……」
「……なぁ」
「なんだよ」
「なんで我が、客引きのフリをしてツキルを捕まえた時、振り払わなかったのだ?」
「なんでって……」
「お前のステータスがあれば、抜け出すなど簡単であったろう」
「……俺、こんなステータスでこっちに来ちゃったから、力加減が分かんないんだ。だから、無理に振り払ったら、その、怪我させちゃうかなと思って」
「……なるほどな。ククク、ツキルはやはり甘いわ」
「悪いかよ!」
「我はお前のそういう所が、気に入っておる」
「えっ?」
「……」
「……」
それ以上、会話は無かった。
……
二日後、早朝。
「ねぇ、起きてるー?」
ワンダがドアの隙間から顔を覗かせた。
「よ、今日なんか用事あるんだよな」
「我も準備できておる」
シニアとツキルは、テーブルでくつろぎながらワンダを待っていた。
「……それで、これから二人を政府の本庁まで案内するんだけど、一つだけお願い」
ワンダがいつになく真剣な顔で言った。
「「?」」
「絶対、絶対よ。失礼のないようにね、お願いよ」
「分かった!!」ツキルは返事した。
「分からない!!」続けてシニアが返事した。
「シニアは置いていきましょう」
「嘘!嘘である!」
シニアは慌てて訂正した。
「もう、話が進まないんだから……。今回政府の役人が何人か来るけど、それとは別に”十怪”も全員出席するの」
「ほぉ!我があれだけ街を破壊しても来なかったのにか?」
「まぁ、”十怪”は気まぐれな方が多いから……」
「”十怪”?」
ツキルは首を傾げた。
「ああ、ツキルは知らないのね?」
ワンダが説明した。
「”十怪”は――世界連合政府の有する選ばれた十人の戦力。世界のどこかの国が何かを企んでも、この”十怪”の存在がある限りは行動に移せない。そのぐらいの威力があるわ」
「なんで十怪って名前なの?」ツキルが質問した。
「ええと……確か戦った人間が語った戦闘体験談が、そのままその国で怪談として定着した事が由来だとか」
「要はめちゃくちゃ強いって事であるな」シニアが言った。
「まぁそういう認識で合ってる。だから、あんまり喧嘩腰になったりすると大変な事になっちゃうから、気をつけてね」
「分かったぜ!」
「じゃあそろそろ行きましょ。魔導書を買い直したから、このワープ魔法で行くわよ!」
ワンダはどこか自慢げにバッグから魔導書を一冊取り出して開くと、魔法陣が三人を取り囲んだ。
……
本庁へ到着したツキル達は、あるホール内に案内された。
入ると中には大きな長いテーブルがあり、ツキルから見て左手の席には”十怪”が、右手には席が三つ空いており、そこへツキル達は座った。
「……ごくり」
ワンダは思わず唾を飲み込む。対面に並ぶ実力者達は、まさに個性の塊と言ってよかった。
「腰が痛いのぉ」
「爆発してぇ……」
「久しぶりねルナちゃん。髪切った?」
「伸びないので切る必要がありません」
「おぎゃぁ」
「……」
「神よ……」
「ショウの時間はまだですかな」
「おぅ少年!よく来たな!」
「死ね死ねい!」
(……む、やはりプロテクトされとるな。ステータスが見えんわ)
シニアは”十怪”達のステータスを確認しようと見渡したが、モザイクがかかったような表記になっており見えない。
これはシニアの魔力が足りないというわけではなく、単純に本人以外が見れないように各々鍵をかけているからである。ステータスを公にしないというのは、強者間での常識なのだ。
「今回はよく来てくれた。関係役人の方々、十怪の皆さん、そして主役のツキルくん」
長テーブルとは別の席に座った役人が挨拶した。
「まず、十怪のメンバーを紹介しよう」
続く
【ツキルの残り戦闘ステータス:99999】
Xやってます→@dendendanger7
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