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第三話「泣き落とし魔王と氷械王メカリズ」

 カイサ街から少し離れた繁華街の、無数に立ち並ぶ店の一室で、ある男女が最大の修羅場を迎えていた。

 ナイフを構えた猫耳少女の名前は、魔王アビシニア・サタン(自称)。

 そして対する青年は、通りすがりのチート、知夏拉ツキル。

 

「分かった!」


 ツキルが言った。


「だが一つ聞きたいことがある」


「なんだ?」


 アビシニアは猫耳をぴくりと動かした。

 

「そう!百歩譲ってお前が魔王だとして、あの山のような巨体は一体どこへ行ったんだ!」


「お前のせいで崩壊したわ!!」


「じゃああの炎を吐いた時の黄金のオーラはどこへ行ったんだ!」


「お前に消し飛ばされたわ!!」


「くぅ、やるな……!認めざるおえん!」


「ふん、我に勝とうなんて百万年早いわっ」


 ひとまずツキルは観念して、目の前の猫耳少女が魔王ということを認めた。


「ではニンゲンよ、貴様には死んでもらうぞ」


 アビシニアは握ったナイフをぎらりと光らせ、悪い顔をして言った。


「なんでだよ!」


「そんなの決まっておろうが!負けっぱなしは性に合わん!」


「手段選ばなさすぎだろ!」


「……ふぅ」


 ここまでハイペースでやりとりをしていたアビシニアだが、急に一息ついたかと思うと、ツキルに向けていたナイフをベッドの上へ放り投げた。


「まぁ、冗談はこの辺にしておく」


「冗談に聞こえないけど!」


「アホか!不意打ち失敗した時点で我に勝ち目など無いわ!言っとくが我の戦闘ステータス今たったの2000しかないのだぞ!」


「元は?」


「49000あったわ!」


「おぉ、それは……」


 ツキルが一瞬「悪いことをしちゃったな」という表情になったのを、アビシニアは見逃さない。


「ぐす……」


「!?」


 アビシニアの嘘の涙が、白い頬を伝い零れ落ちる。


「ひっく、本当は、もっと強かったのに、ぐす、お主のせいでぇ……」


「あ、あええとと!分かった!ごめん!」


 それを見たツキルは、思わず彼女を慰めようと試みる。


「じゃあ協力してくれ……」


「する!するから!頼むから泣き止んでくれ!落ち着いて!」


 アビシニアは心の中でニヤリと笑い、もはや不要になった演技を捨てて高らかに言い放った。


「よし、じゃあお前の旅に我を同行させよ!」


「急に落ち着いたね!」



……


(早く出てこないかな……)


 店の前で座り込んでツキルを待つワンダ。そろそろ周りの物乞いを見るような視線に耐えるのも限界になってきつつあった時、やっと店のドアから人の声が聞こえてきた。


「なんでついてきたいんだよ!」


「貴様とおったほうが都合がよいのだ!それに責任はとると言ったではないか!」


(あ、この声は……!)


 もう十数分ほど待ちぼうけていたワンダは、ドアから聞こえる声がツキルのものだと確信するとパッと立ち上がり、ドアが開くのを今か今かと待った。


「も〜好きにしてくれ」


「言われなくても……誰だこいつは」


 アビシニアは開けたドアの前にいたワンダを見て訝しんだ。


「ツキル!やっと会えたわ!」


「ワンダ?どうしてここに」


「うわ、ツキルお前……彼女持ちの癖してこんな店に嬉々として入っていたのか……度し難い奴だ」


 アビシニアは横目を使いながら、肘でツキルの身体をぐりぐりとしながら意地悪そうに言った。


「え!いや!彼女かのかの彼女って違うわよ!違うから!」


 必死に弁明するワンダ。


「おいお前誤解されるようなこと言ってんじゃねぇよ!」


 ツキルも思わずアビシニアを怒鳴りつけた。


「お前ではない!アビシニアさんと呼ばんか!」


(え、アビシニア!?あの魔王の名前?)


 突然出てきた聞き逃せないワードに、ワンダは驚いてアビシニアに注意を向けた。しかしその魔王とはあまりにも違う風貌に、ただの名前被りだとすぐに考えたのだった。


(まぁ、それはありえないよね)


「おいアビシニアさん誤解されるようなこと言ってんじゃねぇよ!」


「あー、やっぱり呼び捨てでも良いぞ」


「おいアビシニア誤解されるようなこと言ってんじゃねぇよ!」


「シニアでよい」


「おいシニア誤解されるようなこと言ってんじゃ……疲れた」


(客と店員の関係にしては距離が近いわね)


 ワンダは少し羨ましく思った。

 

「ねぇ、それでツキル。あなた政府から呼ばれてるわよ」


「え!俺?」


「ああ、魔王の一件であろう」


「そうそう……ってなんであなたが知ってるのよ」


「だって我魔王じゃし」


「!?」


 世界は狭かった。


……


 その後、ツキルとシニア、ワンダの三人は並んで夜の繁華街を歩いていた。


「アビシニアさんはツキルに倒された後、その姿で復活したって事ですか?」

(客引きじゃ無かったんだ……)


「まぁ復活したというよりかは、かろうじて生き残ったの方が近い。それとお前もシニアと呼んでよい」


「あ、どうも……シニアさん。これからどうするんです?私一応見過ごせない立ち位置にいるんですけど」


「どうするもこうするも、とりあえずは前の力を取り戻すしかないであろう。お前は私を報告するのか?」


 そう言って脅すようにシニアがぎろりとワンダを睨むと、ワンダは目を逸らして言った。


「いや、今はまぁ……いっかな!」


 ワンダに勇気は無かった。


「くそ、財布が燃えてなければ……」


 ツキルは切れ端だけになった財布を名残惜しそうに振りながら、そんな泣き言をずっと言っていた。


「ふむ、セバスの奴一体何をしておるのか……」


「セバス?」ツキルが言った。


「ああ。我の側近でな、使える奴だ。しかし遅い、我の魂を感知して迎えに来れるはずなのだがな」


「ツキルの魔法で消えちゃったんじゃないの?」ワンダが言った。


「それはありえん、セバスは実力ナンバー2。戦闘ステータスはゆうに18000を超える。確かにあの浄化の雨は強力なものだが、奴が耐えられんとは思えん。自慢の鎌にしみでも付いたか」


「鎌!?」


 ワンダがぎょっとして叫んだ。


「?どうした?」


 シニアがきょとんとして聞き返した。


「もしかしてその魔物、身体が異形で、腕が鎌みたいになってて、死ぬと砂になったりする……?」


「なぜ砂になることを知っている!?」


 シニアが叫んだ。


「いや、その……通りすがりの人が倒してるの見ちゃった」

(あの助けてくれた男の人、そんなすごい魔物をあんな一瞬で倒したってこと……?本当に何者なの……)


「馬鹿な……!確かに人間は出来るだけ殺さずに無力化しろとは指示したが、まさか遅れをとるとは。それでは、完全に我が魔王軍は全滅したということ……」


 シニアは少し複雑な表情になった。


「ツキルよ」シニアが言った。


「どうした……?」


 未だに一文無しになったことを引きずっているツキル。


「喜べ、我も同じ一文無しになったぞ」


「喜べない!ショックでしかない!」


「こうなればワンダ、お前しか頼りはおらんな」


「ちょっ!そうなるとは思ったけど、私もそんなお金持ってないわよ!」


「では我らは」

「野宿……」


 ツキルとシニアはすごく大袈裟に落ち込んで見せた。


「もう、魔王討伐者と元魔王がなんて情けない……。とりあえず、手元の通信用の魔導書が諸事情あって使えなくなっちゃったから、店を探しましょ。なんとか寝床ぐらい用意させるように言ってみるから」


「おお、まさかほんとに役に立つとは」


「どういう意味よ!」


「ありがとうワンダ!この借りはかならず返す!」


……



「うおぉすごい!これは!これはすごい!」


 ツキルは店先の棚に一つだけ置かれた、紫色の液体が入ったフラスコに夢中になっていた。


「何それ?”超!弱体化ポーション”〜手強い相手にぶつけて下さい〜……こんなもの欲しいの?」ワンダが言った。


「こいつ、何故か弱くなることに命を燃やしとるのだ」シニアが説明した。


「なんでよ……」ワンダは困惑した。


 三人は露店の並んだ商店街で、魔導書の店を探していた。

 通信用の魔導者はどこでもあるので、借りても良かったのだが、どうせ買わなければいけないということで、夜でもやっている露店を回ることにしたのだ。


「こ、これを飲めば!俺も夢のスライミーに……!」


 ツキルは手持ちが足りない事を理解していながらも、目を輝かせながらポーションへ手を伸ばした。


「ちょっ!何してんのあんた!」


 盗むと思ったワンダが、ツキルの手を取って阻止した。


「いや!触るだけ!触るだけだから!」


「意味分かんないわよ!」


 そんなやり取りをしている時だった。

 突如ツキルの背後から飛来した光線が、弱体化ポーションの詰まったフラスコを彼の目の前で貫いた。


「「え……」」


 フラスコはたちまちガラス片の集まりと化し、中身のポーションは棚全体にべったりと広がっていく。


「おいツキル。あっちを見てみろ」


 シニアはショックで硬直したツキルの頭を両手で持つと、通りの奥へと顔を向けさせた。

 

「助けてーっ!」


「ガギギ、”コドモヲシズカニユウカイ”タッセイ。モクゲキシャ、ケス。コレハ、キテイデス。ゴリョウショウクダサイ」


「変なロボットが暴れてるぞ!」「逃げろ!」


 通りの中心で氷の鎧を身に纏った武者のような大きいロボットが、左腕で泣き叫ぶ女の子を抱き抱えて堂々と誘拐していた。


「ワタシハ、”氷械王メカリズ”デス。ミナサマ、タイヘンオセワニナッテオリマス」


「何よあれ……」


 ワンダは戦慄した。

 右手の甲から伸びる氷の刀を振り回し、指の先から出る光線で周りの屋台や出店を無茶苦茶に破壊していく。

 通りを歩いていたり、店番をしていた人はそれぞれ悲鳴を上げながら逃げていた。メカリズの足元には、既に足などを撃ち抜かれて動けなくなっている人もいる。

 

「ナエギ!」


「お姉ちゃん!」


 店の間の路地から、誘拐された子供の姉と思われる若い女性が手を押さえながら出てきた。

 そしてよろよろとメカリズの前に立ちはだかったが、しかし、誰が見てもその勇気は蛮勇である。


「このクソロボット!妹を返しなさい!」


「テキタイセイブツ。ハイジョ、ハイジョシマス」


 メカリズは駆動音を響かせると、店看板を切り込みながら刀の伸びる右腕を旋回させ、若い女性へ指にある銃口を向けた。  

 氷の刀は触れたものを凍らせる能力があるようで、切られた店看板はたちまち氷漬けになり、地面へと落下し、粉々に砕け散った。


「お姉ちゃん逃げてぇ!」


 ナエギと呼ばれた少女はメカリズの腕の中で叫ぶ。


「う……こんな事なら花嫁修行なんてせずに武術でも習っておくんだったわ!」


 ナエギの姉は自分の背丈の倍はあろう体躯を持つメカリズを見上げ、覚悟を決めていた。


「ねぇツキル!なんとかできる!?」


 その絶望的すぎる背中を黙って見ている事ができないワンダは、無力な自分に代わってツキルへ助けを求めた。

 だがワンダの振り向いた先に、ツキルの姿は無い。


「もう行ったわ」


「な――」


 シニアが指差した方向に、ツキルは居た。

 彼はナエギの姉の後方から、黙々とメカリズへ歩みを進めていた。


「ギ、ギガ。アラタナセイタイハンノウ、ケンチ」


「あなたどうしたの!?ここは危険よ!逃げて!」


 ナエギの姉はこちらへ来るツキルに気付くと慌てて止めたが、彼の歩みは止まらない。


「悪い、そこどいてくれ」


「あなた……男ね」


 そしてツキルはナエギの前に立ち、メカリズの巨体を見上げた。


「テキタイセイブツ。モクゲキシャ。ハイジョシマス」


 メカリズは氷刀の切っ先をツキルの眼前に向ける。

 ツキルは大きく深呼吸し、血走った目で叫んだ。


「覚悟しやがれよこの器物損壊野郎!!!!」



         続く


【ツキルの残り戦闘ステータス:99999】


Xやってます→@dendendanger7

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