エピローグ「ボトル・メッセージ」
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ツキル。
あなたと最後に会ってから、随分と長いこと経っちゃったわね。
あの日……その……あんまりこういうこと書くのは恥ずかしいんだけど、イタヤ街が大変なことになって、私とあなたがその、キスした日から……
あなたのことだから、どこかで元気にしてるって信じてる。
あなたはあなたなりのペースを保って、また自由に生きてるんでしょうね。
だから、心配はしてないわ。
私、あれから色んなところを巡ったの。
世界を一周したかもってぐらい、いろんな所に……。
でも、あなたとは会えなかったわ。
今日はね、最初にあなたと出会った日からちょうど三年が経った日なの。休暇をとってアレルっていう綺麗な海辺の街に旅行中。
シニアも一緒よ。
記念日っていうほどのことじゃないかもしれないけど、私とシニアにとっては大事な日だから。
アレルは良い街なの、空のオーロラが綺麗でね!まるで……
ううん、ごめんなさい。どうしても文字に起こすと未練がましくなっちゃうみたい。
ただどうしてもあなたに言葉を伝えたくて……この手紙を書いてるの。
届くかどうかなんて期待してないけどね、こうしたらすっきりするかなって。
あれからこっちは大変だったのよ?
十怪の人たちはほとんど引退しちゃうし――
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「1!2!3!1!2!3!」
厳しい道場の修練場。他の弟子たちが皆休憩をとっている間にも、勇ましい掛け声と共に腕立て伏せをし続ける赤髪の男がいた。
「いつまで腕立て続けとるんじゃ……全く、少しは休まんか」
ため息をついてその様子を背後から見ていた老人は、ついに見かねたのか、やれやれといった様子で男に話しかけた。
赤髪の男……”十怪”大勇者”ショウリは、腕立てを続けながら大きな声で返事を返す。
「師匠!私はまた強くなりたいのです!!人々を!守る!為に!」
「もう教えることはないと何年も前に皆伝してやったのに、師匠不孝な弟子を持ったもんじゃわい」
「それほどでも!!1!2!3!」
「全く……」
刹那。老人……十怪の一人である”老師”カラクモの目つきがいきなり鋭くなり、白く染まった髪に黒髪が混じる。
周りの空気がぴんと張り詰めた。
「ほら、腰が浮いておるぞ!しっかりせんか!」
「はいッ!!」
そんなショウリの修練は、夜が更けても続くのだった。
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「「「死ね死ねマンさん……」」」
ここは町外れにある病院内。
この時間、いつもであれば患者の一人か二人が歩いているぐらいの通路内では、今や何十人にも及ぶ人集りができており、みながみな一人の男の心配をしていた。
「心配だわ……」
「行かないで……」
十怪の一人、”死ね死ねマン”がイタヤ街で瓦礫の中から意識不明の姿で見つかったというニュースは、他の十怪も傷を負っていたのにも関わらず一際大きく報道された。
彼は極秘に搬送され、入院先は人祓いのために寂れた病院が選ばれたが、どこかから場所が流出したらしく、一週間も経たぬうちにファンの群れに囲まれてしまった。
「はいはいー!整理券の順番にお並び下さーい!!死ね死ねマンお見舞いの列はこちらでーす!!」
白い帽子のナース風整理員が、まるでイベントの列を管理するように声を出して徘徊している。既にこの病院は死ね死ねマンただ一人への貸し切りになっていた。
本人の回復は周りが思ってきたよりも遥かに早く、すぐに意識を取り戻し、数日も経たぬ内に不屈の闘志を胸に再びたぎらせ、精力的に振る舞うまでになっていた。
そして入院場所が知られてしまったために別の病院への移送を検討されている事を知った彼は、安静にしているどころか、この状況を一つのイベントへと変えてしまったのだ。
「やぁ!ありがとう!」
病室内のベッドで上半身を起こしている死ね死ねマンは、目をうるうるさせた女性ファンの手をとって元気な声をかけた。
「あの、応援してます!!頑張ってください!」
「はっはっは!私は負けんよ!なぜなら無敵の、死ね死ねパンチがあるからな!」
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夕暮れ。
赤い太陽と、大きな黒い影を地面に落としている一軒家を背後に、母と娘の二人と白衣を着た男が話していた。
「ぱぱー」
娘は小さな手で男が羽織っている白衣の裾を掴みながら、離れたくないという意思表示を続けている。
男が困り顔でどうしたものかと考え込んでいると、母親が「困らせないの」と優しく子の肩を持って諭した。
「すみませんウチのがもう、懐いちゃって……」
「いえいえ、慣れてますから」
「良い人よねぇほんとに」
「そうそう。行方不明になった子供を探して親に会わせるのが生きがいなんですって」
「生活費も援助してくださるんだとか……」
そんな一幕を傍目に、井戸端会議のように集まっている奥様方が白衣の男を見ながら噂話をしている。だが彼女らの向ける視線は軽蔑や敵意の眼差しではなく、どちらかといえば尊敬や感謝に近いものであった。
「ぱぱーだっこー」
「わたしもーー」
「はは、困ったな……」
そして気付けばいつの間にか、先程の娘だけではなく沢山の子供たちが集まって男を取り囲んでいた。
身動きがとれない彼はしょうがないので暫くの間、子供の相手をしたり時折向こうの景色を眺めたりしていたが、このままだと日が暮れるまで帰れなさそうだと辟易した様子である。
「何道草を食っているんですか。早く帰りますよ」
その時、群がる子供達の囲いを割って、好奇の視線を集めながらコツコツとローファーを鳴らして歩いてきたのは、感情の気薄な目が特徴的な青髪の少女。
「ルナ」
彼女の名前を呼びかけた白衣の男……ジフォノ博士は、ルナの顔を見てほっとした様子で胸を撫で下ろした。
「父さん。今日は姉さんの好きな鍋なんだから、早く帰らないとまたちくちく言われるよ」
更に柔らかみのある声と共にルナの背後から歩いてきたのは、ジフォノの息子でありルナの弟であるシリウスの姿だ。ぱんぱんに膨らんだビニール袋を両手で持っておりやや歩くのが辛そうだったが、姉に「持って」とは口が裂けても言えないらしい。
「すまないなシリウス、随分とゆっくりしてたみたいだ」
「また囲まれちゃってるんだ……父さんは子供にほんとに甘いなぁ」
「ははは……」
「わー!怖いねーちゃんだー!」
突然、少年がルナを指差して大声を上げた。
愛想笑いをするジフォノを尻目に、ルナと子供たちの間で”いつもの”が始まろうとしているのである。
「ろぼっとだー!」
「つかまったら改造されるー!!」
「あはは!にーげろー!!」
ジフォノを囲っていた子供は笑顔で、ルナをからかうように怖がっている。
「たーべちゃうぞー」
そんな子供の反応を受けて、ルナは指先を曲げた”がおーポーズ”でやる気なく威嚇した。
しかしそんな振りでも、全力で応じるのが子供心である。
「「「わーっ!!」」」
一目散に逃げ出す子供たち。ルナは彼らの背中を見送ると、無言でジフォノへと振り返った。
「助かったよ」
目を合わせたまま何も言わないルナに、ジフォノはやや遠慮がちに声をかけたが、当の彼女はぷいと顔を横に逸らしてしまった。
「これは趣味です。助けた訳じゃありません」
その無表情から感情を読み取ることは難しい。だが肉親である彼には、今ルナが後ろ手に指を絡めた珍しい仕草をしている理由が、声や態度に出ずとも理解できた。
ジフォノは拗ねさせないよう、顔をルナの横顔から自分達を見下ろす赤い太陽に向けてから笑みを零す。
(私は間違ったことをした)
博士の目に映る夕陽は煌々と燃え、それはまるで十何年も前に彼が心を奪われた、あの情熱の眼差しを想起させるようであった。
(それでも今は……空にいる君に、少しは顔向けが出来るよ)
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「全く、キベンさんが我々に救難信号を出さなかったのはこのためですか」
荒廃した街の一角で、”奇怪術師”ソレハ・ショウは、突き刺したステッキを屍体となった化け物から抜きながら言った。
「ハッハーッ!!!そりゃ全員出撃してやられたらァ、誰が世界を守るのかって話だけどよーッ!!!」
さらに上空では、化け物たちによる花火を作り上げた”爆発兄弟”ジョーが、煌めく肉片の雨を浴びて叫んでいる。
あの日にイタヤ街へ呼ばれなかった”十怪”は、政府へ協力を申し出た魔王による新治安体制が盤石化するまでの繋ぎとして、大いに貢献していた。
あの日の”鬼赤子”キベンの采配は、真の意味で世界を救ったと言える。
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そうそう、それでね!あの後……シニアったら魔王に逆戻りするのかと思ったら、政府に協力するって言いだして!今じゃ災害対策本部長と理事長も兼任してるすっごく偉い人になっちゃったの!
「この世界じゃ一番強い自信がある」って、ほんとかしら?でもすごいわよね!
私だってすごいんだから!シニアが政府に協力し始めてちょっと経った後に、念願の部署リーダーに昇進したのよ!
これでもっと沢山の人を助けられるようになったわ!
……とは言っても、書類仕事もどーんと増えちゃって、中々現場には顔を出せないんだけどね……。
前なんて寝ないで書類全部片付けて無理やり出動したぐらいだし……。
……ま!とにかく、こっちはこっちで元気に、前よりもずっと楽しくやってるわ!
あなたが来てから、色々大変な事もあったけど……。
なんだか、前よりもみんなとっても楽しそうにしてる気がする。
ありがとね。
さてさて、手紙って意外に小さいわね。もう最下段まで来ちゃった。
あなたがこの気持ちに答える前に、会えなくなっちゃったのは本当に寂しいことだけど
私からは伝えさせて。
……
……大好き。
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「弱体化してください!」異世界での成長物語を謳歌したかったのにめちゃ強チートモードで転生してしまいました。〜カンストからLv1を目指す旅へ!〜完〜
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【ツキルの戦闘ステータス:1】
完結です!
ありがとうございました!




