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第十八話「穿孔」

「ワンダ……!」


「とにかく逃げるわよ!!ちゃんと箒に乗って!」


 ワンダは右手で箒をしっかりと握り、左手でシニアの服の裾を必死に掴みながら言った。シニアの体重が加わった事で、箒は大きくバランスを欠いている。


「てめぇえええぇぇ!!!!いきなりぼきのナシャたんになにしてんだよおぉおおおお………!!!」


 ゆうたは、炎の顔をぎょろりと動かし、横槍を入れた無礼者に目を向ける。そして黒い翼を怒りに任せてばたばたと動かしたあと、風景を置き去りにして滑空した。

 当然、狙いはワンダとシニアだ。


「ワンダ!もう大丈夫だ!早く……!」


「ら”ぁ”!!!!」


「「!」」


 シニアの体勢がやっと箒の上で安定し、ワンダが背後を確認した時には、ゆうたは既に近すぎる距離まで迫っていた。

 ゆうたは炎の顔が、威圧的にワンダを睨む。


「なんだテメェはァッ!!!ナシャたんに近付くんじゃねぇよレズ野郎ォ!!!」


「レ、レズ”野郎”ってどっちよ!バーカ!」

(怖い怖い怖いこわいこわいこわい!!!!)


 ワンダは心臓を直接握り込まれるような感覚に襲われながら、しかしそれでも恐怖心を必死に抑制し、握る箒にありったけの魔力を込めて急発進させた。あまりの速度に、大気が暴威となって彼女らを包みこむ。

 対してゆうたは、赤く発光する腕で突き刺すように箒を攻撃しようとしていた。

 もしも彼の攻撃が箒を直撃すれば、すぐさま箒は浮遊する魔力を失い、二人は墜落するだろう。


(地上から見てた時ぐらいの速さの攻撃なら……このタイミングならギリギリ、ギリギリだけど捕まらないはず!)


 背後は確認出来ない。ここまでの急発進となると、精密な運転が要求されるのだ。前をしっかりと目視し、箒へと全神経を集中させる。

 背後のシニアは無事だろうか?攻撃を避けられるだろうか?避けられたとして、シニアは果たして箒の上だろうか?墜落し、化物の餌食にならないだろうか?箒は耐えられるだろうか?

 それらは全て、彼女の箒操作にかかっていた。


_____



「だぁーーっ!!いない!!どこにもいない!!」


 臨界点を超えた風船が割れるような勢いで、ツキルは大声を上げて民家から飛び出した。

 あれから建物という建物を回ってみたものの、それらしい人影すら無い。


「やっぱり人探し、というか探すの得意じゃないのかな、俺……」


 ツキルは腕を組んで天を仰いだ。心底困り果てていた。大体、化け物やモンスターの類は、 巨大であったり存在感が強かったりと見つけやすく、ここまで標的探しに苦労したのは初めてだ。


「ん?」


 上空に、目で追うのが大変なほどの速度で何かが飛んでいるのが見えた。

 目を凝らすと、それは空を飛ぶ箒だった。上には二人の女性がまたがっている。


「ワンダ……?だよな!助かった!これはもう頼った方が早い!」


 ツキルは一秒で決断すると勢い良く走り出し、ワンダの箒を追うように街を走り抜けた。


_____



 何度思考が巡回したのだろう。ふとワンダは気付く。


「……!」


 眼下の風景が変わっている。背後から、シニアの息遣いがわずかに聞こえた。

 奇跡的な乗りこなしであった。十怪を赤子のように捻る化け物からの攻撃を避けつつ、箒をマニュアルに記述された6倍の速度で発進させ、なおかつ同乗者を振り落とさないという離れ業を、ワンダの卓越した飛行技術は可能にしたのだ。


「やったッ!」


 ワンダは速度を維持しながら、背後に広がる山へ振り返って歓喜の声を上げた。ゆうたの姿は見えない。


「や……やっはぁー……」


 箒にへばりつくような体勢のシニアは、目をくるくると回しながら、声にならない声で同じく喜びを口に出した。


「とりあえずツキルと合流しましょ!救助を待ってる人もまだ沢山いるしね!」


「あ、あぁ……」


「大丈夫?」


「まだ意識が霞んでおる……それにしても」


「?」


「素晴らしい操作技術であるな……人の国にも魔族の国にも、これほどの逸材はそういまい。どこでこのような……うぅ」


 その問いに、ワンダは瞳をきらきらと輝かせながら答えた。


「あったり前じゃない!私は”救助科”だもの!」


 シニアは顔を上げる。ワンダはもう前を向いていた。しっかりと箒を握り、どこまでも広がる空へと挑んでいた。


「ワンダ……」


 シニアにはその後ろ姿が、とても頼もしい。


「おーーーーーーい!」


「それにしても、あの化け物どこへ行っちゃったのかしら」ワンダは言った。


「おーーーーーーーーい!!」


「確かに姿が見えぬな。振り切ったというより、消えたような……」シニアが不安げに呟く。


「おぉーーーーーーーーーーーーい!!!」


「……」


「……」


「……何か聞こえんか?」シニアは言った。猫耳がぴくぴくと動いた。


「あ、ほんとだ。避難者かしら?」犬耳を動かしながら、ワンダも言った。


「お”ぉ”ーーーーーー”い!!」


 ワンダとシニアが地上へと視線を下ろすと、手を大袈裟すぎるほど振り回しながら大地を駆ける、青年の姿が目に入った。二人はその男をよく知っている。


「「ツキル!!」」


 ワンダは箒の高度を下げ、ツキルの頭上一メートルほどの所でとどまった。地面へと足を着かないのは、まだ危機が完全に去っていないからだ。


「はぁ……はぁ、やっと気付いた……」


 シニアもワンダも内心、再開をとても喜んでいたが、一旦その感情をおさめる。そして同時に怒った。

 

「「なにしてたの!」」


「しらみつぶし!」ツキルは言った。


「「……?」」二人は同時に首を傾げた。


「よく聞け!街を至る所をしらみつぶししていた!!しかし!!一向に!!」


 ツキルは腰に手を当てて胸を張っている。


「見つからん……」


 だが最後の言葉を言い切った時には、とても情けなく首を落としていた。


「お主、特別色んな所が鈍感にできておるとは思っていたが、あれが目に付かんとは……」


 シニアはかぶりを振って呆れを表現した。しかし顔は全く怒っていない。


「ある意味才能よね」


 ワンダも目を細めて呆れを表現するが、同じく怒りは全く浮かんでいなかった。


「心が痛い!ごめんなさい!!」


「でも……今は私たちも見失ってるみたいね」


 ワンダは周りをくるりと見回してから言った。あの化け物は視界のどこにもいない。


「あ、そーなの?」


「そうである。振り切ったと思ったら突然消えたのだ。一体、何処へ……」


 その時だった。何の前触れも無く、何も無い空間から、日本刀が生えた。


(え?)


 三人の内、ツキルだけがその光景を目の当たりにしていた。日本刀はシニアやワンダの背後から伸びていたからだ。

 そして水を切るように刀身が”空を切り”、楕円形の穴をそこに開ける。


「おい――」


 ツキルは気付かない二人に声をかけようとし、シニアが違和感を感じ取って後ろへ振り向き、楕円形の穴から恐ろしい赤の手が姿を現す。全てが同時だった。



        「ばあ」



 穴から、ゆうたが現れた。


「ぁ……」シニアは呟く。化け物と目が合った。身が凍りつき、悪夢の時計がまた動き始める。


「……!」言葉すら出てこない。ワンダは目の前の状況を出来るだけ素早く脳みそに叩きつけて飲み込ませる。一秒でも早く体を動かす為に。箒に力を込める為に。


「お前が!!」ツキルは叫んだ。彼はワンダの思考がまとまらない内に、足にありったけの力を込め、ゆうたへと飛びかかっていた。その単純さは彼の強さの源でもある。しかしゆうたは何よりも早かった。


「ナシャた”ん”っ”!!!」


 ゆうたの手刀が、


「ッ」


 シニアの腹部を貫いた。


「え……?」


 ワンダの顔を血飛沫が赤く染める。彼女は一瞬、何故視界が赤くなったのか理解出来なかった。

 ゆうたは呆然としているワンダを尻目に、シニアの体温を突き刺した腕から感じながら、恍惚とした表情で呟く。


「ナシャたん!!これで一緒に……あ?」


 何かが凄まじい勢いで近付いてきている事に、ゆうたはその時初めて気付いた。完全に慢心した様子で、その乱入者を見下ろす。


「なんだおま


 口を開こうとしたゆうたの炎の顔が、ツキルの右ストレートによって崩壊した。


「ひ”げでびあ”ぶっっ」


 吹き飛んだ。異空間から半分身体を出していたゆうたの身体は、きりもみ回転しながら地上へと急速に落ちていく。

 ツキルは無言だった。しかし目は見開かれ、眉間に深い皺が刻まれたその顔は、直接的な言葉よりも感情を表現していた。純粋な混じり気の無い、怒りの感情を。 


「つきる」

 

 目から輝きを失ったワンダが呟いた。そんな、息を吹けば消えてしまいそうなほどか細い声にツキルが振り向けたのは、彼の身体が自由落下せず、空中にとどまっていたからだ。

 ツキルは怒りに任せてゆうたの殴った瞬間、「空中浮遊」のスキルを取得していた。


「ワンダ?」


 ツキルは振り向く。この時思いがけず、ワンダに声をかけられた事によって、ツキルは図らずも理性を失わずに済んでいた。それはとても重要な事だった。


「どうしよ、わたしの、せいで」


「……ワンダ。シニアは任せる、とにかく逃げろ」


「だめなの、もう、この身体は……」


 ワンダの目尻に溜まった涙が溢れ出す。

 ツキルは何かを察知し、信じられないといった様子で、箒の上で力無くワンダの背中にもたれるシニアを抱き寄せた。


「なっ」


 ツキルがシニアの身体を持ち上げる。妙な程軽い。うちぬかれた腹部にまず目をやると、彼は声を上げて驚いた。止めどなく流れている赤い血が、全て灰色に染まっていこうとしていた。


「シニアッ!!」


 染まりきってから間を置かず、彼女の身体はぼろぼろと柔い砂の塊のように、ツキルの腕から崩れはじめる。


「嘘だろ……?そんな、シニアが」


 ツキルは絶望し、シニアとの思い出を回想しようとしていた。瞼の裏側で、走馬灯のように記憶が再生される。


「千夏拉ツキル。その女は死んでいない」


 しかしそれは長くは続かなかった。無機質な声がツキルの頭上から降り注ぎ、回想を中断させた。


 「「!?」」


_____



「ぐ、ぐぞ……いでぇ”……いだいよぉ”ッ!!ママぁ”ッッ!!!」


 この世界で初めて感じる痛み。ゆうたは赤く染まった右手で、輪郭がぐしゃぐしゃに変形してしまった炎の顔を慰めた。


「ぅ……ぐ、へへへ!ぐへへぐはッ!」


 しかし次に顔に現れた感情は、意外にも笑いだった。

 ゆうたは仰向けになりながら、シニアの血に塗れた左手を天にかざす。何かを握っていた。

 紅く染まった空に反射して眩い光を放つそれは、魔族の”核”と言われる部分。

 彼は飛ばされる直前に、シニアの身体からそれをもぎ取ったのだ。


 ”核”はこの通り、彼女の身体からは離れたが、破壊されてはいない。魔族がこの核を破壊されない限りは”生きている”ということを、ゆうたは無意識的に、シニアの身体を突き破った時に悟っていた。

 咄嗟の判断だった。あの訳の分からない青年に殴られ、身体が空中に猛烈に投げ出されるまで、一瞬の猶予も無かった。


「ナシャたん……ひひ!ナシャたん……!!」


 だがそんな事は、全てはどうでもいいことだ。殴ってきた青年の事など、すでにゆうたの頭からは消えていた。


 とにかく、ナシャたんはもう、ぼきのものだ。



        続く



 

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