第十六話「ぼき」
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「殺されているだと?」
「ええ、職務室でのびていました」
「あの転生人にやられたのか」
「しかしどうやって?」
「分からん。だがこうなった以上、もはや強硬手段に出るしかあるまい」
「つまり……」
「これからE-31のパワーバランスは更に乱れる。その乱れに乗じ、我々が介入する」
「転生した二人の異世界人を、E-31から永久に削除するのだ」
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田中ゆうたがイタヤ街に降り立ってから一時間が経とうとしていた。
十怪側の戦況は芳しくない。陸も空も未だゆうたの独壇場であり、それは広がり続ける破壊の波と地獄の繁栄を意味している。
「さて」
レーザーを撃ち続けていたゆうたが、ふと破壊の手を止めた。そろそろ頃合いなのだ。
「隠れてないで出てきたらどうだ」
彼は眼下の燃え盛る無人の屋上に言葉を投げかける。
すると、至る所から上がっていた火の手が屋上の中央へと勝手に集まり始め、そして練り上げるように人型をとると、炎は霧散し、中から杖を手にした魔女が姿を現した。
「バレてたのねぇ」
魔女は炎の飛沫を黒いローブから散らしながら、顔の前に構えた杖をずらしてゆうたに顔を見せ、次に怪しい笑みを浮かべた。
彼女の名前は、”侵犯魔女”ソル・パーン。ゆうたが力を得るきっかけを作った張本人であり、この騒動の元凶と言える存在である。
「あまり舐めない方がいい。貴様より既に私は格上だ」
ゆうたは鎮火された屋上へと降り立つと、怒りの眼差しをソルへと向ける。
ゆうたとソルの力量差は互いにとっても既に歴然だが、魔女は顔にはりつけた微笑を崩さない。
「何が可笑しい?」
ゆうたの感情の昂りに呼応して、赤く光る筋骨隆々な肉体は更に輝きを増し、身体の輪郭にノイズをざらざらと散らした。
「あまりにも事が思い通りに進むからおかしくってぇ」ソルはついにけらけらと笑いだす。
「最後に言い残す事はあるか」
ゆうたは手をソルへとかざした。手のひらの中心に業火が灯り、今にも目の前の魔女を焼き殺さんと渦を巻く。
「うーん、そうねぇ」
「いや、やっぱり駄目だ」ゆうたが言葉を遮った。
「?」ソルは首を傾げる。
「遺言を残す資格は無い。貴様はそんな暇を与えないクズだからだ」
「あらぁ。母親を殺された事、そんなに怒ってるのねぇ?」
「死ね」
ゆうたの手のひらの炎が、ソルに襲いかかった。
「最後の言葉はサヨウナラ」
「……?」
不思議な事が起こった。
「あなたにとっても、私にとっても」
「……!?」
まるでガソリンに燃え移るように、ソルに向かっていた炎は突然踵を返して、逆にゆうたの全身を包んだのである。
「貴様!!何をした!?」
ゆうたは火達磨になりながら、微笑みの魔女に怒鳴り散らした。
「光の拳銃のトリガーを引いた時、あなたには”契約”の首輪がはめられた」
「契……約……?」
ゆうたは氷の魔法で攻撃しようと試みるが、かざした手からは何も出ない。
「そう、”契約”。あなたは私を攻撃できない。その力を全て吸い取られるまで、ただあなたは無抵抗のまま……死を待つ」
ソルは大きな杖を取り出す。するとローブに包まれた胸の奥から、人魂のような青い炎が躍り出て、杖の先に灯った。
灯った青い炎は、ゆうたを取り巻く赤い炎を、心臓部分から一本の糸のように引き寄せる。
「お前ぇぇえェェえ……!!!」
「ん……はぁ、はぁ、凄い力……!!」
ソルは身を心地よく悶えさせて、力の奔流を受け止めていく。
青い炎と赤い炎が、杖の先で交わり怪しい紫の炎へと変化する。炎を伝い、ソルの身体へゆうたの力が移動しているのだ。
ゆうたは怒りに顔を歪め、炎の糸を燃え盛る腕で掴む。そして腰から槍を取り出した。ルナから奪った「鼠」だ。
「その槍……そう、ルナを」
「殺してやる」
ゆうたは槍で、掴んだ炎の糸に沿わせるように斬りつけた。炎の糸は氷漬けになり、その波はソルの持つ杖へと伝わっていく。
更にゆうたはどこからか光り輝く拳銃を取り出し、ソルへと投げつける。
(何を考えている?)
ソルは氷漬けになった杖を手放し、ゆうたの意図を読み取ろうとしたが、既に彼は目の前に迫っていた。
「死ねぇッ!!」
「無駄よ!あなたの攻撃は私には当たらない!」
ソルはゆうたの燃え盛る炎の拳に、”死”の印字を見る。
「っあなた、まさか」
ゆうたの拳は、光の拳銃とソルの杖を、死の拳で一撃の元に打ち砕いた。
「正気!?」
粉々になった光の拳銃と、真っ二つになったら杖が地面へと落下する。そしてそれに続くように、火に覆われたゆうたの頭部が、彼の身体から切り落ちた。
「……当然ね。無理に逆らおうとするから」
「…………」
首無しのゆうたは立った姿勢のまま、身体を焼き尽くされるまで時を待つばかりだと思われた。
「……て……めぇ」
「な」
ゆうたはピクリと身体を動かし、次に勢いよく腕を伸ばし、ルナの胸ぐらを掴んだのである。
「殺す……!!!殺すッ!!!殺すっっッっ!!!!
「あ……!あ……!」
首無し死体は無い顔をソルへと近づけ、無い喉で地獄のような声を上げた。ゆうたの身体を取り囲んでいる炎が、彼の首元に集まり始める。
(私の炎の魔法を……吸収した……?)
ソルは身体をがたがたと震わせ、目の前で起こる怪現象に恐怖する。
身体の炎が全てゆうたの首元に集まると、一気に燃え上がり、それは彼の顔となった。
顔の代わりに燃え盛る炎。口のあった部分には青い炎が灯り、同時にやや上に灯った黒い炎が双眼となり、恐ろしい化け物の顔が出来上がった。
「こ れ で 契 約 は 終 い だ な」
「ごめん……なさい……ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさ」
涙に溢れるソルの目の中の瞳孔が、ぎょろりと上を向いた。
それ以降、彼女が喋ることは無かった。
「……」
ボロ雑巾を投げ捨て、ゆうたは建物の屋上から地獄と化した街を眺めた。炎の瞳孔から見る景色は、人間の時とはまた違って見える。まだまだ地獄としては温い。
「?」
暫くそうしていると、炎の幕の向こうから、風を切る音が聞こえてきた。何かが、高速で向かってくる音だ。
「どりゃァアァアァアッッ!!!!」
けたたましい叫び声と共に、”最強修道女”ヤクソクが炎の幕から姿を現した。
圧倒的な速さの飛び蹴りで、ゆうたの胴体を貫こうとしているのだ。
「貴 様 もッ」
ゆうたの言葉は半ばで中断させられた。
「 ……? 」
口を開いた時には既に、ヤクソクは彼の胴体を貫き、屋上へと着地していたのである。
「ぶっ殺したッ!」
「 な る ほ ど 強 い 。 前 の 我 な ら ば 死 ん で い た や も」
「んで喋れんだテメェッ!!」
胴体に大きな穴を開けながらも、ゆうたはヤクソクへと振り返った。
そして彼は炎の口を狂笑に歪め、ヤクソクへと一歩ずつ近付いていく。
「……ち、近付くな」
ヤクソクは構え、ゆうたの歩みに合わせて後退る。肩を震わせ、気丈な彼女が焦燥を隠そうとしないのは、先程の不意打ちが唯一の勝機であったからだ。
「は は は は は は は」
「う……」
切羽詰まったヤクソクは、思わず構えを解いていた。そしてまるでこの世の全ての罪に祈る薄幸な淑女たるシスターのように、手を合わせて握り込み、祈った。
「 ! 」
その時、ヤクソクが信ずるところの神か、それとも、無縁だと思っていた都合の良い空想上の神か、はたまた運命の巡り合わせか、突如として暗雲立ち込めた天から、轟音と共に落ちた巨大な雷が、ゆうたに直撃したのである。
「お お お お お ! 」
恐らくこの世界が形を為してから、最大の雷であった。直撃せずとも、振動に電気が伝い、ヤクソクの頬をぴりぴりと刺激する。
ゆうたは頭の炎も絶え絶えに、黒焦げになった身体をがちがちと震わせ、痛みに呻いた。
「チャンスじゃ」
「お前は」
しゃがれた声にヤクソクは振り返る。屋上の階段を上がってきたのだろう、いつの間にかヤクソクの背後に初老の男、カラクモが立っていた。
「なぁ、お主」
「 う う う 」
カラクモは厳かな表情の奥に確かな怒りを宿し、ゆうたへと歩みを進める。
一歩、一歩と踏み出すごとに、カラクモの顔が、身体が若返っていく。
「強さの先に何を見た?」
年配の男は言う。
「強さは人を殺す……」
中年の男は言う。
「生命も、人間性も、ここでは同義とは思わんか?」
若い男は言う。
「他人を殺める度に、お主は自分で自分をも殺しておる」
少年は言う。
「辞めにせんか。なぁ」
たなびく黒髪の似合う美少年となったカラクモは、火の粉の舞う中、異形の存在となったゆうたに語りかける。
「私 おれ 我 我 我 の 強 さ に 難 癖 を」
頭部の炎が若干ではあるが勢いを戻し、ゆうたは赤熱する右腕を振り上げ、カラクモの身体を叩き潰そうと試みる。
だがその右腕は、空から飛来した槍によって根元から切断される。
「 グ 」
「……」
カラクモは秀麗な眉目で、乱入者の姿を見た。
異形のアンドロイド。その左腕や右肩は緑色の巨大な鎧の装甲に置換されており、ボロボロのスーツからひび割れた機械の身体が垣間見える、かつて少女だったもの。
「任務を、を遂行できます」
乱入者、”超絶機巧”ルナ・ピューター。
不釣り合いな身体のパーツを揺らし、屋上へと着地点した彼女は、鷹のような眼孔でゆうたを見据えた。
「おぉ、ルナちゃん!生きておったのか」
「無駄話はは後です。こn化け物を、出来るだけ惨たらしく殺さなけければ」
「 ガ ア” ギ ギ ッ ッ」
大きな雷に打たれ、胴体に風穴を開けられ、右腕をもがれ、満身創痍となったゆうたは、しかしまだその心臓の鼓動を止めようとはしない。
更にゆうたの中に眠る「スキル吸収【神】」の能力は貪欲に、受けた攻撃を糧にしようとしている。
「 私 我 我 我 俺? 僕 君 彼 私 私 我 我 我 我 僕 僕 我 私」
ゆうたの右腕が生え変わる。更に禍々しい異形へと進化して。
風穴はドロドロの肉塊で詰められ、それは轟く雷鳴の筋肉で補強される。
「我 我 私 私 僕 僕 俺 俺 俺俺僕……………………」
「………………」
「…………」
「……」
ゆうたは炎の顔を上げた。対になった蒼炎の双眼を、愉悦に細めて。
「…………… き」
「 ぼ き 」
続く