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第十五話「強異」

 イタヤ街、上空。

 タイトウからの不意打ちを食らい、心臓に刃を突き立てられたゆうたは、不愉快そうに眉をひそめて攻撃者を睨んだ。


「何だ、貴様は?」ゆうたはきく。

 

「俺はタイトウ。”葬慈刀番”って言った方が伝わるか?」


「貴様も”十怪”か?他愛も無い……珍妙な技一つでいきがるな」


 ゆうたは失った指を再構成し、身体を前進させて突き刺さった刀を背中から抜いた。

 背中から噴き出す血が、まるで赤い糸のように編みこまれていき、ゆうたの赤く光る身体の一部になって止血した。


(冗談じゃねぇ)


 タイトウは冷や汗を額に浮かべながら、亜空間の中で震える刀を構えた。

 刀が震えているのは、タイトウが怯えているという訳ではない。刀自体が空間を切る能力をを有しているためである。


 その刀、通称『次元斬』で何も無い空間に穴の形の切り込みを作れば、そこに”異次元”への穴が開く。裏世界のような構造になっている”異次元”は無重力の空間であり、座標は現実の世界とリンクしている。


 これによりタイトウは誰にも視認される事も無く、音すらも立てる事なく敵の背後に回り込む事が出来るのである。

 更に刀は物体に刃を通さず、空間ごと切断する為に、硬度などは全て無視して斬る事が可能。もし無用心に刀に触れようものなら、先刻のゆうたのように指自体が異次元へと飛ばされるだろう。


(だが心の臓をぶっ刺しても死なねぇ化け物なんて聞いてねぇぞ……!キベンの奴め、面倒な奴を押し付けやがったもんだ)


「死ぬがいい」


 次の瞬間、ゆうたが一瞬の内にタイトウの目の前に現れた。彼は手刀を水平に、タイトウの首へと繰り出す。

 それに対して奇跡的な反射速度で身を屈めて回避したタイトウは、同時に居合を構えていた。


「……!!」


 彼の主観から、刀とゆうた以外の全てが世界から消滅した。


 刀の切先が、ゆうたの腰に入っていく。そしてタイトウが刀を切り払い終わると、同時にゆうたの上半身と下半身が分離した。


「無駄な事だ。分からぬのか?」


 ゆうたは呆れて言った。磁石が引かれ合うように、既に半身の切断面は互いに接合しようとしている。


「そうでもねぇさ」


 タイトウは左手で、ゆうたの右腕を強く掴んだ。


「何を」


 ゆうたは振り払おうと左手でタイトウを攻撃しようとしたが、素早い一太刀によって手首から切断される。

 足はまだくっついていない為、動かない。


「来てもらうぜ」


「貴様……」


 タイトウはゆうたと共に、背中から異空間へとダイブする。同時に、現実世界から異空間への穴が消滅し、世界は二人を隔離した。


「タイトウの坊主」


 地上のカラクモは、瓦礫に身体を埋めたまま、先ほどまで穴が空いていた虚空を見上げ、呟いた。


「……無茶をしおって」


 カラクモの鋭い目に、怒りの炎が燃えたぎった。



_____



 その頃燃え盛るカイサ街の一角では、民家が両脇に立ち並ぶ道路の隅に魔法陣がひとりでに描かれ、中から一人の青年と二人の少女が現れる所だった。


「到着!」


 眼鏡をかけた犬耳少女、ワンダが威勢よく言った。


「「暑っ!!」」


 その背後に並ぶ二人、猫耳魔王シニアとチート青年のツキルは、やる気に満ち溢れたワンダとは対照的に、暑さに対する不満を吐き出している。


「炎がそこかしこで上がってるんだもの、カイサ街にタイムスリップしたみたいだわ」ワンダが言った。


「……」カイサ街という単語を聞いて、シニアは静かに眉を落とす。


「じゃあ早速倒しに行こうぜ!」ツキルは拳を上げて言った。


「ええ、私たちは救助に回るわ!ツキルは暴れてるやつをお願いね!」


「オーケー!」


 ツキルはそう言って、いつもクエストで一人離れて敵を狩る時のように、空中高く飛び上がりワンダとシニアの視界から消えた。


「さて、助けなきゃ!」


 ワンダはツキルを見送り、シニアに闘志を灯した瞳で笑いかける。


「お主は正義感が強いのだな」


 シニアはすこしぎこちない笑みを返す。


「当然よ!伊達に魔法犯罪対策本部のリーダー候補を名乗ってないんだから!」


「……時にワンダよ」


「何?」


「我がカイサ街を破壊した事、どう思っておる?」


「……」


 ワンダは、シニアの心中にある後ろめたさを察する。そして少し考えて、自分の正直な気持ちを伝える事にした。


「正直に言って、許せない事だと思う」


「……そうであろうな」


「でもね、今のあなたをどうこうしようとは思わない」


「我が力を失ったからか?」


「そういう事じゃない、と思う。カイサ街の惨事は、魔王としての”正義”を通した結果の出来事なんでしょ?」


「そうだ。しかし前にも言った通り私は部下に対して人間を殺すなと命令していた。だが結果はアレだ。大勢死んだ」


「そう、それは部下を統率しきれなかったあなたの責任。だからこ、そ……」


 その時、ワンダが今までシニアに向けていた目線が、ぎょろりと右にはり付いた。


「うそ……」


「ワンダ?」


 シニアもワンダが見ている方角へと目を向ける。


「…………0x00000079……A proble…ha…tect………」


 通りの奥から、激しい電流音を響かせながらゆっくりと足を引きずって歩く、異形のロボットの姿がシニアの瞳孔に映し出された。

 ボロボロのスーツの奥に、深いひびが入った身体が垣間見えている少女らしきロボット。その左腕や右肩は緑色の巨大な鎧の装甲に置換されており、非常にアンバランスな姿である。


「ま、まさかあやつが……?」


「でも、あれって確か、十怪の」


 彼女の正体は、研究所で破壊された筈の”超絶機巧”ルナ・ピューターその人であった。


「indow……en…ut down to p……」


 足を踏み出す度に、スーツを破いて飛び出している巨大な左腕などの重量差によってバランスが乱れ、ぎこちなく歩みを進めるルナ。

 彼女は虚ろな片目でシニアとワンダを見つめ、不明瞭な英語を時折呟きながら、まっすぐ近づいていく。


「く、くくくるわよ!!」


「ツキル!」


 シニアが空を見上げて叫ぶが、そこにツキルの姿は無い。


「ああもうダメだわ!」ワンダは取り乱す。


「落ち着け!」言葉では取り繕っているが、シニアも取り乱している。


「…………」


 遂にルナは二人にあと数mというところまで接近。

 

「「!」」


 立ち尽くす二人は喉を鳴らし、緊張は頂点に達した。


 ルナは更に歩みを進め、


 意外にも二人の間を通り抜けた。


「あ、あれ?」


 ルナはシニアとワンダを無視して、通りの奥へと背中を向けて去っていく。ワンダは動揺と安堵の狭間で感情を揺らしながら、溜めていた息をついた。


「よ、良かった……」ワンダは呟く。


「我らが目的では無かったのか……」


 不釣り合いな機械の背中が通りの奥に消えてゆくのを見送り、やっとシニアも安心したように呟いた。


「……とりあえず私、向こうの人達を救助していくから」


 衝撃的な体験が未だに脳裏から離れないまま、ワンダは半ば上の空で言った。


「ああ……では我は逆から。達者でな」


「ええ……」



_____




「……あれ、どこにもいないな」


 一方、ツキルは空を飛び辺りを見渡していたが、暴れている人間は見当たらない。


「んー……もしかして隠れた?」


 ツキルは少し考え、空から地上へと降り立つ。

 そして腕組みし、どこまでも続く破壊された街路を眺め、高らかに言った。


「よし、建物をしらみ潰しだな!」



_____


 同刻。イタヤ街、上空。

 雲一つさえ暴威の前に逃げてしまった赤い空は、宇宙の存在さえ懐疑的になるほどに深く広がっている。


 そんな空に、微小の、ごくごく小さな綻びが生まれた。

 その綻びは、急速に規模を広げる。空に大きなハサミが介入するかのように、虚空に切れ目を作り上げていく。


「私が」


 何者かの声と共に、切れ目の中央が跳ねるように勢いよく楕円形の穴を開いた。

 その穴の奥にいたのは、赤く光る肉体を持つ、人間。


「最強なのだ」


 彼の名は、田中ゆうた。片手にはタイトウが持っていた刀を握っている。更に、亜空間に身をある程度長く置いた影響か、身体の輪郭に不規則なノイズが入るようになっていた。


____



(あれがこの街を)


 空に大きな歪みが発生し、その中心から人間が出てきたのをワンダも見ていた。

 人間はすぐにも街を破壊し始める。そのあまりに非現実的な光景は、すぐ近くで起こっている事ながら、まるでスクリーンの中の出来事のように遠く感じられた。


 もしあの脅威の矛先が自分に向けば、それは死を意味するだろう。


(待っててね……!)


 だが、そんな恐怖を振り切り、ワンダは目の前に広がる地獄絵図へ、精一杯の勇気で立ち向かうことを決意する。カイサ街の悲劇を繰り返してはならないのだ。


「さ、さーて!救助救助!」


 ワンダは空元気を振り絞って声を上げると、ポケットから数センチサイズの箒を取り出して握り、魔法を込めた。

 そして手からミニチュアの箒を手放すと、それはピンク色の光に包まれ、空中で通常のサイズの箒に変化した。


「さて、まずは……」


「「「……!」」」


「……?」


 早速救助すべき人を探そうとワンダが箒に乗り込んだ時、彼女は違和感に足を止めた。何か聞き慣れない音が、背後から迫ってきているような気がしたからだ。


「「「……す……!」」」


 それは大量の足音だった。ワンダの背後から、人間の集団が迫ってきている。声を聞く限り女性の集団であり、近付く度に何を言っているかが明瞭になっていった。


(何……?)


「「「殺す!」」」「「「殺す!」」」「「「殺す!」」」「「「殺す!」」」「「「殺す!」」」「「「殺す!」」」


 ワンダが振り向くと、シスターの集団が街の荒れ果てた道を、規則正しく列になって行進しているのが見えた。

 

「な、何あのシスター集団!?」


「全体!止まれ!」


 率いているリーダー格のシスター、ヤクソクははっきりとした声でそう指示し、立ち止まる。

 それに続き、一足たりとも遅れずに後ろのシスター集団も揃って立ち止まった。


「……」


 ヤクソクは空を見上げた。


 赤く染まった空を、ひとりの人間が飛んでいる。手から光る球を出し、あるいは光線を撃ち、街を破壊する悪夢の化身。

 その姿を見たヤクソクは、何をしてでも止めなければならぬという危機感を覚えると同時に、その優れた戦闘眼で、あの人間がシスター達の命を雑草を踏み散らすよりも容易く奪えるだろうことを察した。


「あれが……」「倒すべき悪」「敵」「殺す……」「ぶっ殺してやる」


 同じく見上げるシスター達は戦意を口々に呟く。


「皆さん」ヤクソクは振り返った。


「……あの男の相手は私がします。皆は祈りを捧げながら救助へ!」


 その言葉を聞いたシスター達は、ざわめき立った。

 数秒もしない内に、列の先頭にいた古株のシスターが抗議する。


「ヤクソクさん!?何を!我々も一緒に」


「黙れッ!!!」


 ヤクソクは突然顔を憤怒に歪め、怒鳴り散らした。

 あまりの豹変ぷりに、少し離れて見ていたワンダも内心戦いた。


「これは隊長命令だこのクソ共ッ!!!足手まといだから救助を優先しろってのが分からねェのか!?」


「う……」


 シスター達は言い返せない。ヤクソクの乱暴な口調の奥にある優しさを知っているからだ。


「ふぅ。皆さん、私は大丈夫ですから、どうか命を一つでも多く救って下さい」


「ヤクソクさん……」


「行けェ!」


「「「「……はい!!」」」」


 シスター達はためらいながらも大きく返事をして、各々散っていった。

 ヤクソクは彼女らを無言で見送った後、頭に巻いた白い鉢巻を締め直し、決心の眼で空を見上げる。


「神よ。どうかお導きを、私たちに力を」


 火炎で赤く染まった空に、神の所在は確かなのだろうか。否、そこに神など初めからいない。ヤクソクと散ったシスター達の信ずる所の神というのは、己の意思だけなのだ。


(すごい光景見ちゃった……)


 ワンダは、彼女らのやり取りに思わず見入っていた。

 その時、燃え上がる炎が吐き出した火の粉が、どこからともなくワンダの目元に飛来し、思わず瞬きするともう、ヤクソクはその場には既にいなかった。



続く



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