第十三話「田中ゆうたvs死ね死ねマン」
ここはレンガ作りの建物が立ち並ぶモダンな雰囲気の街、イタヤ街。
そこに訪れた田中ゆうたは、神に与えさせた力を振り回し、民衆を恐怖に陥れた。
止めに入ろうとした騎士団長さえも一蹴りし、その情動が治るまでは辺りに破壊と殺戮を撒き散らし続けるだろう。
誰もが絶望したその時。ゆうたの前に現れたのは”十怪”の一人、死ね死ねマン。
ヒーロー活動を生業とする死ね死ねマンは、十怪の中でも人気や知名度といったものを特に気にしている。イタヤ街に滞在していたのも、そこでたまたま宣伝活動をしていたからだ。
民衆にとってその偶然が、災厄を退ける幸運なのか、希望の光を一つ失う不運となるのかは、これから繰り広げられる戦いによって決まる。
「さぁ、かかってきたまえ!」
「……」
死ね死ねマンは無言で歩いてくるゆうたを堂々と迎え撃つ。
「死ね」
ゆうたは彼に手が届く間合いまで近付くと、殺人的な平手打ちを繰り出した。
「ッ!!!?」
死ね死ねマンの頬に平手打ちが直撃し、凄まじい衝撃音が辺りに鳴り響く。
だが彼は、あの哀れな騎士団長のように首を飛ばされはしない。
(この威力……!)
しかしあまりの衝撃に、死ね死ねマンの意識は霞む。
「だがッ!!!」
彼は脚に渾身の力を込めて地面に踏み込み、強引に体制を維持し、反撃の平手打ちをゆうたの頬に打ち込んで見せたのである。
「お」
ゆうたの首が右に60度回転した。
「ど……どうだ!これが皆のヒーロー、死ね死ねマンだ……!」
「……」
少し間を置いて、唖然とした表情のゆうたは確認するように自らの頬を撫でる。
彼は反撃されたという事実を理解すると、眉間にありったけの皺を作って憤怒を顔に現した。
「カスの……カスの分際でぼきに攻撃しやがったなぁ!!!!」
ゆうたは素早いバックステップで死ね死ねマンとの距離をとる。
「死ねッ!!」
そして彼は手を合わせ、赤黒い稲妻のビームを発射した。
「……!」
死ね死ねマンは上手く動かない身体でなんとかパンチの姿勢をとり、迫るビームにその拳を突き出す。
次の瞬間、赤い光が死ね死ねマンを飲み込んだ。
ゆうたは彼の死を確信したが、その時不思議な事が起こる。
「は?」
ビームが、死ね死ねマンの拳に触れた途端に消え失せてしまったのだ。
「お前、何をした?」
「はぁ……はぁ……ヒーロー……パワー……!」
息も途切れ途切れに、死ね死ねマンは仮面の奥で笑って返した。
「ふざけるなよぉっ!!!」
今度はゆうたは死ね死ねマンに急接近し、直接彼の胴体に風穴を開けようと懐に潜り込んだ。
いくらか身体のダメージが回復してきていた死ね死ねマンは、ゼロ距離のゆうたへ不敵に微笑み、右の拳を軽く彼の肩に当てようとした。
ゆうたはそんなダメージともならぬパンチに対して避ける事などしない。
筈だった。
(……?)
ゆうたの脳内でアドレナリンが過剰分泌され、主観時間が鈍化する。
何か計り知れない違和感。ふと目を死ね死ねマンの右拳に向けると、そこに不吉な青紫のオーラが渦を巻いていた。
(こいつ!?)
そして死ね死ねマンの拳に、「死」の文字が刻印されている事が分かった時には、咄嗟にゆうたはルナから奪った槍「鼠」で彼の右腕を斬りつけていた。
「グッ!?」
右腕が氷漬けになり、死ね死ねマンは攻撃の手段を失う。
「クズが!」
凍っていない左手で戦おうと彼が考えた時にはもう、拳で顔面を打ち据えられていた。
「グァアッッ!!」
吹っ飛ばされた死ね死ねマンは建物の壁に打ち付けられ、正義の闘志もむなしく、瓦礫の山に身を埋めた。
「ぅ……」
「手こずらせやがってよぉ」
近付いてくるゆうたの無慈悲な足音。
「おい」
「っ!」
死ね死ねマンはゆうたに胸ぐらを掴まれ、苦しそうに呻いた。
「舐めやがったよな、お前」
「何の……話だ……」
「最初に平手打ちしただろぉ!!!?テメェはぼきを!!!舐めてたんだろうが!!!?」
「は、ははは……君も、平手打ちだったじゃないか……私は……拳にしか……拳を返さん……」
「ーッ」
ゆうたは死ね死ねマンを瓦礫の山に投げ捨て、心底不快そうに背を向けて立ち去る。彼はもう、手を下すまでも無く衰弱していた。
その時死ね死ねマンは、暗闇に落ちていく意識の中、短い走馬灯を見ていた。
「……」
かつてはコーンという名前だった、いじめられっ子の少年。
生まれつき拳に「死」の刻印を持つ呪われた家系に産まれた彼は、物心ついた時から先祖と同じく日陰で暮らす事を強いられていた。
その死の拳に触れようものなら、命あるものは即座に死し、たとえ嵐や燃え盛る炎のような現象でさえも沈黙してしまう。
そんな彼を人々は忌み嫌い、避け、孤立させていった。
だがコーンは諦めなかった。一族が代々屈してきたこのコンプレックスを、彼は武器に変えたのだ。
死の拳は、言い換えればどんな敵でも一撃で倒せる最強の武器。
彼は自分の人生が暗黒面に落ちた原因である「死」という一文字を、顔を覆う仮面に刻み、”死ね死ねマン”と名乗るヒーローとして活動を始めた。
当初はただの異常者としか思われなかったが、徐々にその死の拳が成し遂げる偉業の数々が知られてくると、一躍世界中で人気のヒーローとなり、”十怪”への加入を勧められるまでになった。
(だが、私は……救えなかった……)
死ね死ねマンの意識は、そこで途切れた。
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ここはイイ山、標高6000m。ここまで高いと、登山するには元々の危険に加えて野生のドラゴンと出くわす可能性がある為、人は滅多に立ち入らない。
しかし頂上付近は、その危険に見合うような美しい景色が広がっている。空気は薄く、地上の世界とは隔絶された静の空間。
そんな高山に聳え立つ、古めかしい道場がある。
その一室。畳が敷かれているだけで、他には何も無い部屋に一人、白いひげを長く長く蓄えた老人が座禅を組み瞑想に取り組んでいた。
「……」
十怪の一人、”老師”カラクモ。
「師匠」
部屋の襖を行儀良く開けて、道着姿の若い男が顔を見せた。
「妙な手紙が来ています。『緊急事態につき、今すぐにイタヤ街へ来て欲しい』……との事ですが、いかがいたしましょう」
「雷光」
カラクモは瞑想をしたまま、弟子の名前を呼ぶ。
「は、はい」
いつになく改まった様子の師匠に、雷光は少し緊張しながら返事した。
「ワシがいなくなった後の道場は、お前に任せた」
「……!?師匠、何を」
そして立ち上がったカラクモは、長く伸びて垂れ下がった眉の奥から、まるで蛙を睨みつける大蛇のような鋭く恐ろしい目で雷光を射抜き、静かに言った。
「……ネギ」
「ネギ!?」雷光は驚いた。
「ネギ、買ってくるわい。切らしとるし」
「え……?あ、買い物ですか!!?」
「留守番は頼んだ」
「使いなら私か他の弟子が行きますが……」
カラクモは雷光の言葉に取り合おうとせず、彼を取り残して部屋を出た。そして後ろ手で襖を閉めてから、嘲笑的な笑いをこぼして、ぽつりと呟く。
「この歳になって、ワシも嘘が下手じゃな」
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「突然の緊急要請……」
ヤコウ街を歩いていた”大勇者”ショウリは、紫色の光に覆われた手紙を、風から受け取った。
最初はどこかの誰かの手紙が飛ばされてしまったのかと周囲を見渡したが、宛名を見るとそこにショウリの名前が書かれている。
内容には、イタヤ街で暴れている何者かがおり、既に十怪が何人か戦闘不能になっている事。動くことが可能な十怪は、今すぐイタヤ街に集まって欲しいと書いてあった。
だが不運な事に、ショウリのいるヤコウ街からイタヤ街はかなり遠く、列車で急行したとしても数時間はかかってしまう。
(私は同じ過ちを繰り返さない。生まれてこの方魔法という物に縁が無かったが……)
ショウリはこんなこともあろうかと用意しておいた秘策を、鎧の中から取り出した。
(このワープの魔導書で、イタヤ街まで飛ぶのだ!)
それはワンダが政府庁まで飛ぶのに使っていたワープ用の魔導書。これを使えば時間をかける事もなく、現場に駆けつけられる。
「……」
「……どうやって飛ぶんだ?これは」
そこからショウリと魔導書の戦いが幕を開けた。
とりあえず適当なページを開いて、イタヤ街に行きたいと念じてみたり、向きを変えてみたり、逆さに降ってみたりと格闘するが、何も起こらない。
「く、なんて手強いんだ!!」
ショウリは、いわゆる魔法音痴だった。
「……何やってるの、あんた」
魔導書を目の前にして嘆くショウリに、呆れた目をしたワンダが声をかけた。
「はっ!?君は確か……ツキルくんと一緒にいた魔法っ子だね?」
「魔法っ子って何よ!私はワンダ!ワンダ・プレーリー」
「おお、そうか!ワンダくん。しかしよく私を見つけたね、この人波の中!」
「そりゃ道の真ん中で魔導書に向かって喋ってたら目立つわよ……」
ショウリはワンダに魔導書の扱いで困っているという旨を伝えた。
「ワープの魔導書で困ってる人初めて見た……」
「不甲斐ない……」
ワンダはショウリの魔導書を手に取り、中心から少し右のページを開く。
「ええと、イタヤ街の魔法陣は……これね。ここからの位置関係でいうと右方向だから……こっちか」
そしてワンダが手を地面にかざすと、光る魔法陣が現れた。
「凄いッ!!君は天才だ!!」
ショウリは心の底から感激して、ワンダの手の肩を持って情熱的に言う。
「この前は助けて貰ったから、そのお返しよ」
ワンダは魔導書を突き返して、陣から速やかに出た。
「このお礼は必ず!」
「そういえばかなり急いでるみたいだけど、何かあったの?」
「ああ、実はイタヤ街で大災害が……しまったもうワープが始まってしまう!」
「あ、それ魔導書閉じればワープ止ま」
「とりあえず、ツキルくんによろしく――」ショウリはワープした。
「行っちゃった。……大災害?」
ショウリが魔法陣に包まれて姿を消した後、ワンダはいつの間にかはぐれていたシニアとツキルを探しながら、少し考えた。
「イタヤ街……あの赤レンガの街ね。あんな平和な所逆に珍しいぐらいだけど、大災害なんて」
その時、ワンダが下げているバッグが激しく震え始めた。
「わっ!びっくりした!」
ワンダは震えるバッグの中身を取り出した。それは連絡用の魔導書である。
魔導書を開くと、「SOUND ONLY」という文字が次に浮かび上がり、声が聞こえ始めた。
「ワンダさん!!大変です!!!今すぐに救助へ!!」
「どうしたのよそんなに慌てて、らしくないわね」
「どうしたもこうしたも!!イタヤ街はもう壊滅寸前です!!その規模!魔王以上!!」
「なっ!?」
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「どうなっている?」
「E-31のパワーバランスが急速に崩壊している」
「このままだと世界自体が保たないぞ」
「何が原因だ?」
「強すぎる人間だ。何らかのトラブルで、徳を伴わない者が強大な力を持って異世界に転移した」
「E-31は誰の管轄だ?」
「奴だ」
「奴だな」
「責任者はいるとして、しかしどうする?」
「こちらからの直接的な干渉は不可能」
「新たに使徒を送り込む必要があるか」
「それは余計に乱すだけだ」
「では黙って見ていろと?」
「……信じるしかあるまい」
続く