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第十一話「機械・融解・大殺壊」

________


 魔法が発達したこの世界では、科学は不必要なものとして社会から軽視されてきた。

 日常生活で使われるような科学技術や発明のほとんどが、魔法で代用可能だからだ。

 

 それ故に物好きの趣味というイメージを払拭出来ないまま、今日までの歴史を刻んできた科学という分野は、いつの間にか極僅かな天才が技術を独占する闇の領域と化していた。

 誰がどこまでの技術を有しているのか、それがどこまで発展しているのか、誰にも分からない。


 ただ一つ指標として、世界政府が”人型のアンドロイド”を戦力として有しているのは、事実である。

        ________



 廃墟と化したカイサ街から東へ進むと、広大な湿地林がある。

 そのどこか、森を区画ごと切り取ったように開かれた土地に鎮座する大屋敷は、ロボット工学の天才、ジフォノ博士が所有する研究所だ。


「任務を遂行します」


 研究所の重厚な扉の前に立った一人の少女がそう呟いた。彼女の瞳は、感情さえ失っているのではないかと思うほどに虚無的である。


 十怪の一人。”超絶機巧”ルナ・ピューター。


 ルナは右手に持った槍で迷いを捨てるように虚空を切ると、扉にゆっくりと歩み出す。湿地の生温い風がどこかからやってきて、彼女のショートの青髪を揺らした。


_____



「何故だ、何故成功せんのだ……!」


 白衣姿の男、ジフォノ博士は青い培養液のカプセルに入った少女と槍を見て言った。

 その少女は培養液の中で、槍から手を離したようなポーズで眠っている。


ジフォノは冷静に、手元にある操作盤で機械のアームを動かし、カプセルの中から槍だけを取り出して専用の台の上に安置してから、頭をくしゃくしゃにして取り乱した。


「また失敗だ!次の、次の実験体を……!」


 その時、ジフォノの居る実験室の自動ドアが開き、頭にペストマスクを付けた緑色の、大きな竜騎士風のロボットが入室してきた。


「ジフォノ博士、侵入者です」


「知っている!」


 数分前からずっと鳴っている警報音を無視して実験に没頭していたジフォノは、腹立たしそうにロボットを睨みつけて怒鳴った。


「さっさと撃退してこい!メカリズとメカニズは……」


「この二週間で両機は大破しました。残っている”械王”は私、風械王メカシズのみです」


「そうだったな!じゃあお前が行け!身辺警護ロボットとして貴様らを作ってやった事を忘れたか!」


「身辺警護の任務遂行の為、博士の元は離れられません」


「クソロボットめ、今侵入者は何処だ!」


「既にここまで」


「何?」


 その時、メカシズの背後の自動ドアが開く間も無く破壊された。ジフォノは煙で視界が朧げになっていく中、一人の影を見る。

 やがて煙が晴れ、影が次第に鮮明になっていくと、ルナ・ピューターがそこに姿を表した。


「……」


 ルナは槍を構えたまま無言で、ジフォノを見つめている。

 メカシズもまた無言でジフォノの前に立ち、ルナの様子を伺った。


「お、お前は」


 ジフォノはルナの姿を認めると、目から大粒の涙を流した。


「ルナ!!ルナなんだな!やっと……やっと私の研究を認めてくれたのだな!!あの日脱走した時から、私は待ち続けていた!」


「勘違いを」


 ルナは男泣きしているジフォノの姿を見て、怒りの感情を表に出して駆ける。

 当然狙いはジフォノであり、ルナは無防備な彼に一瞬で近付き、脳天に槍を振り下ろそうとした。


「するなッ!」


 だが、振り下ろした槍はジフォノには届かない。渦巻く緑の風の剣が割って入り、槍を押し留めたからだ。


「お嬢。辞めてください」


 ルナの攻撃を阻止したメカシズは、手の甲から伸びる風の剣でゆっくりと槍を押し返しながら、抑揚の無い声で言った。


「……ジフォノ博士。二週間前、暴走したロボットが子供を誘拐しようとした事件が起きました。そのロボットは民間人に破壊され、発見された時には原型を留めていなかった」


 ルナは槍を持つ手に力を込め、風の剣を押し返しながら話を続ける。


「目撃者の証言では、”氷の剣を使う武者のようなロボット”だったと。間違いなく氷械王メカリズです」


「そしてその二日後、政府庁に雲極漆黒便宜会と名乗る集団が襲撃を実行しました。その闘いに紛れ、今度は炎械王メカニズが現れました。私がこの目で見たので、これも間違いありません」


「……それがどうした」


 ジフォノは顔を床に向け、静かに言った。


「お嬢。槍を引っ込めて下さい。これ以上続けると戦闘対象になります」


 メカシズは警告する。

 

「まだ”実験”を諦めていないのですね。実子の次は誘拐した子供ですか……!」


「黙れ!」


 ジフォノが叫んだのと同時に、剣と槍の拮抗は解かれた。ルナは槍を一瞬引き、沿わせるように風の剣を斬りつける。

 斬りつけられた風の剣はたちまち氷漬けになり、役を成さなくなった。


 主要な攻撃手段を一つ失ったメカシズの隙をつき、ルナは大きくジャンプしてメカシズのペストマスクを付けた顔面にキックを放つ。

 その小柄な体躯からは想像もできないほどの威力を持った蹴りは、メカシズの巨体を跳ね飛ばし、実験室の壁に打ち付けさせた。


「……大きく……損傷……」


 亀裂だらけの壁を背に、メカシズは身体のあちこちからバチバチと電流を放出しながら呟く。割れたペストマスクから、右半分を機械に改造された人間の顔が覗いていた。


「この役立たずめが!!」


 ジフォノはメカシズを罵倒する。


「”械王”の中で唯一人間の魂を持った貴様は一番の失敗作だ。そんなに家族が恋しいか!」


 敗北したメカシズを非難するジフォノを尻目に、ルナは槍を左手から右手に持ち替えると、虚空を一突きし、”ペースト”と宣言した。すると一突きされた虚空から、メカシズの持っていた風の剣が生み出される。

 ルナは柄が無い風の剣を強引に握り、ジフォノの眼前に切先を向けて冷たく宣告した。


「次はあなたです」

 

「……ふ、ふふ、そうだ。その槍は私がお前に与えた最高のプレゼントだ。お前が強いのは当然だよな」


 ジフォノは向けられた剣の切先には目も暮れず、ルナの握る槍を、狂気を孕んだ瞳で見つめ続ける。


「お前に与えたその槍、”鼠”は初期型のものから扱いやすく改造したものだ。そいつも十分に発明としては成功だったが、結局は妥協品に過ぎない。私は初期型の”鼠”を完成させる為、人生を投げ打ったのだ」


「違う。あなたは実験中の事故で亡くなった妻の死を無駄にしたくないという一心で狂気に堕ちた」


「勝手な妄想だな。笑わせてくれる」


 その時、激しく風が噴出される音が室内に響いた。メカシズは背中の装甲を開き、内蔵されたファンを回して推進力を確保し、ルナとジフォノの元へ飛んだのだ。

 ルナは風の剣を手放し、槍を構えて迎撃の体制をとる。


「ぐっ!?貴様!?」


 だがその必要は無かった。

 メカシズはブレーキをかけず、そのままジフォノに体当たりしてもろともルナの前から吹き飛んでいったのである。

 ジフォノはその衝撃で、隠し持っていた研究所の自爆スイッチを地面に落とす。そしてメカシズに抱き抱えられながら、部屋の角に置かれた大机にぶつかった。

 

 衝撃で大机が揺れ、埃の被った写真立てが落ちて割れる。

 ガラスの破片まみれとなった中の写真は、ある家族の幸せなひとときを切り取ったものだ。


 若き頃のジフォノ博士。仏頂面だがどこか暖かみのある目をしたルナ。メカシズの素顔と同じ顔をした弟。目に隈を作ったマッドサイエンティスト風な母。


 今となっては朧げな過去の夢に過ぎない、家族の記憶。


「おい!離せ!この、このポンコツが!敵が誰かも忘れたか!?」


 メカシズの巨大な腕の中でもがくジフォノ。


「……辞めよう。もう辞めよう、父さん……」


 生身である右の目から涙を流し、腕の中の父親を諭すメカシズ。


「離せ!!シリウス!!」


 ジフォノはメカシズの本来の名を叫ぶ。


「メカシズ……いや、シリウス。まだ自我を保っていたのね」


 ルナは目を若干見開き、意外そうに言った。


「姉さん!俺は今まで迷っていた。ここから逃げ出した姉さんと、狂った父さんのどっちの肩を持てばいいのか!」


 メカシズ改めシリウスは、決意を新たにした表情でルナに言う。


「さっき俺は、姉さんに対して攻撃を躊躇していた……。そして姉さんも、手加減して俺を攻撃した。それは家族だからだ!決めたんだ、俺も父さんを止める!こんな事はもう、続けられない!」


 シリウスは風を操作して運ばせたリモコンを操作し、薄暗かった実験室の照明を最大まで明るくした。

 すると浮かび上がったのは、十数個にも及ぶ培養液で満たされたカプセルの羅列と、その一つ一つに入っている生死不明の少女であった。


「シリウス!私はもう後には退けんのだ!!この子達に手をかけてしまった以上はな!!」


「……全て死んでいるのですか」


「意識を失ってはいるが、死んではいないよ。だけど目覚めるには、途方も無い時間が必要だと……思う」


「……」


 ルナは深呼吸して、ゆっくりと槍を降ろした。


「ジフォノ博士。今ここであなたが野望を捨て、ここの犠牲者達の回復と償いに一生を捧げるというのなら、私は見逃します」


「……」


 ジフォノはルナから目を逸らして押し黙る。


「父さん!」シリウスは叫ぶ。


「……だめだ。許される筈が無い。私がこの子たちの家族にどんな苦痛を強いたのか、想像はできるだろう」


「ですが、ここで狂気の研究を続ける事を辞め、善良に生きる事を決心したのならば、あなたもいくらかは顔向けが出来る筈です。……空にいるあなたの妻に。私たちの、母親に」


「……私は」


 鳴り響く警報音。


「「「!?」」」


 赤く光る警告ランプに三人の視線が集まった。侵入者警報機が突然作動したのである。


「誰だ!こんな時に!」


 ジフォノは急いで壁に付けられたモニターに向かい、手元のキーボードを叩いて侵入経路などを確認しようとした。


「クソ、センサーが全部逝ってやがる!一体……」


「がっ」


 背後から聞こえた悲鳴とも断末魔ともとれない呻き声に、ジフォノは振り返る。


「が、が、が」


 声の主は、見知らぬ男に機械の身体を真っ二つに裂かれたシリウスだった。


「シリウス!?」


「なんだこれ?すげ〜おもちゃだなぁ」


「……ッ!」


 モニターを注視していたルナも、その声を聞いて初めてシリウスの状態に気付き、半ば反射的に侵入者の男に向かった。


「おほ!ぼ、ぼきの好みだねぇ」


 その男、田中ゆうたは物言わぬ機械の残骸と化したシリウスを投げ捨て、向かってくるルナに対して余裕の表情で迎え撃つ。


「お前ッ!!」


 ゆうたに接近したルナは、槍で彼の頭から爪先までを一息に斬りつける。

 ルナの脳内では、全身が凍りつき身動きが取れなくなった哀れなゆうたの姿を想像したが、振り下ろしのポーズから顔を上げた彼女が見たのは、ぴんぴんとして目の前の少女の査定をする醜男の姿だった。


「う〜ん猫耳が似合いそうだよねぇ。だ、だけどこんなに勝気な子は駄目だ」


(ドラッグできない!?)


 ルナは後ろへ大きくジャンプしてゆうたから距離を取り、この不可思議な現象に驚いた。


「お前、殺すわ。こ、ここの女の子達はぼきが貰っていく」


 ゆうたは右手の人差し指をルナに向ける。すると指の先に禍々しく黒い電気が渦巻き、太い光線となって発射された。


「”ファイル作成”」


 ルナは光線の射線上にある虚空を槍で突き、宣言した。

 突いた空間に茶色の大きなファイルが生み出され、吸収するように光線を受け止める。


「あれ?」


「返します」


 ルナは光線を吸収したファイルを蹴って反転させると、槍で突いて消滅させた。ファイルが消滅すると同時に、ゆうたの放った光線がそのまま放出される。

 直前でファイルを反転させた為、打った本人であるゆうたに光線が向かっていく。


「生意気なんだよぉ!!!」


 ゆうたは向かってくる光線を、さした人差し指で容易く弾く。射線が逸れ、光線に撃たれた鉄の壁は激しい爆発を起こして周りに熱風と煙をばら撒いた。


「強い……」


 二人の戦闘を見ていたジフォノは、震えながら呟いた。

 ”十怪”の一人であるルナ・ピューターに対して、対峙する男は明らかに格上のようであったからだ。


「あなたは何者です」


 ルナは言った。

 ゆうたは鼻息を荒くして答える。


「ぼきはねぇ……田中ゆうた!!!!ひひ、ひ!さぁ!遊ぼうかねぇ!」




続く



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