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第十話「ゆうた」

 「ひ、ひひ……!ぼきに反論してみろ!出来ないんだろ!!ふひ!ひ!」


 男は荒々しく鼻息を漏らし、モニターにがなり立てる。彼の名は田中ゆうた、20歳。

 一日の殆どを家の中で過ごし、現実の人間とは一切の交流が無い。


「ゆうたー!ご飯よー!」


「あ!!?!うるせぇんだ!!いま忙しいから後にしろぉ!!!」


 家族を除いて。


「ふぅ……あっ!ぼきの好きな小説が更新されてるっ」


 ゆうたはとある小説サイトの作品、「異世界チート転生 〜ハーレム作りすぎてすまん〜」のファンであり、更新を知って喜んだ。

 早速最新話のページへ移動し、読み耽る。


 現実世界で不慮の事故にあってしまった主人公が、異世界へ最強の能力を持って転生し、持ち前の優しさによって多くの女の子に慕われていくという陳腐なストーリー。

 ゆうたはこの作品の中の、「ナシャ」という猫耳の女の子が特に気に入っており、更新を心待ちにする理由の一つでもある。


「あぁ〜やっぱ”ハムつく”は最高ですなぁ〜」


 更新分を読み終わったゆうたは、ゴミだらけの床に満足げに倒れ込む。


「ぼきも、この主人公みたいに異世界に転生できたらなぁ」


 彼にとってそれはほとんど冗談のような願いで、現実に向き合いたくないがための言葉だった。


「お邪魔しまぁす」


 しかしそんな願いを、ある日突然叶える存在が現れる。


「!?!?!!」


 空間に突然開いた穴。

 そこから、コスプレとしか思えない魔女姿の女が出てきたのである。

 ゆうたは驚愕のあまり跳ね起き、状況の理解に回転の遅い頭を必死に動かした。


「な、な、な!?!!なんなんだよ!?なんなんだよお前ぇ!!」


 ゆうたは侵入者を指差し、大声で吠える。


「うふふ、やっぱり入れたぁ。”世界の格”が低いからかしらぁ?」


 だが侵入者は、彼の動揺など気にする素振りもない。

 

「どうしたのー?ゆうた?」


 ゆうたの母の声が階下から響いた。


「おいクソババア!!早く来い!!変な奴が!!」


「初めましてねぇ。私の名前はソル・パーンっていうの」


「うぐっ!」


 ソルは大きな杖でゆうたの顎をクイと上げる。言葉遣いこそ穏やかだが、その毅然とした態度や冷たい眼差しが「こちらがその気になればお前など殺せる」と言っているようで、ゆうたはただ恐ろしかった。


「ちょっと!ゆうた!」


 その時、部屋にたどり着いたゆうたの母がドアを開けた。


「静か、に……」


「初めましてぇ」


 ソルと目が合い、言葉が途切れる。


「ママァ!!助けてぇ!!」


 叫ぶゆうた。


「あ、あなたは、誰ですか……!?一体、うちになんの……」


 ソルはまともに取り合わず、代わりに杖をゆうたの顎から離し、彼の母に向ける。


「悪いけど、あなたには用がないのよねぇ」


「あの、それは、一体」


 状況の飲み込めないゆうたの母。

 ソルの持つ杖の先端から、熱を伴った赤い光が放たれ始める。


「さようならぁ」


「おい!!!辞めっ」


 ゆうたは咄嗟に手を伸ばすが、母は言葉を発する暇も無く一瞬の内に赤い光に飲み込まれ、焦げ跡だけを残して姿を消した。


「お、おい……!?何したんだよ!何したんだよぉ!!!!」


 ソルに掴みかかるゆうた。


「ねぇ、あなたも静かにしないと消しちゃうわよ?」


「ひっ!!」


 だがそんな勇気も、ソルに杖を向けられただけで砕け散る。

 ゆうたは尻もちをつき、ただ目の前の化け物に恐怖した。


「あなたに一つ幸運なお知らせがあるの」


「は、はひ……命、いのちだけは……」


「異世界チート転生」


「ひ……?」


 まさかこの状況で聞くとは思っていなかった単語に、ゆうたは震えながら首を傾げる。


「あなた、さっきもそれがしたいって言ってたわよねぇ」


「そ、それが、一体……」


「力を貸してあげる」


 ソルは胸の谷間から、光で出来た小さな拳銃のようなものを取りだした。


「これは私が”侵犯”のまじないをかけた、とっておきの武器なの。私自身が神界に入れなくても、これぐらいは入れると思うのよねぇ」


「あの、何を言ってるのか、さっぱり」


 言葉の意味が理解ができないゆうたに、ソルは光の拳銃を投げつけるように渡す。そして彼に倒れ込むように覆い被さり、息を感じられるほどの至近距離でソルは言った。


「これを持って、死になさい」



_____


「こ、ここは……」


 ゆうたが目覚めると、そこは青空が一面に広がる世界だった。


「天国……?」


「あ、新しく召された方ですね!」


 起き上がったゆうたに気付き、スーツ姿で、頭に輪っかを浮かべた女性が駆け寄った。


「召された……そうだ。ぼき、あの女に」


「ご心配なさらず!あなたの行き先は神様がしっかりと決めてくれますからね」


「神?」


「待ち時間が終わるまでこの整理券を持ってゆっくりして下さいね!ではでは」


「お、おいちょっと!!」


 スーツの女性はゆうたの理解を待たず、すぐに他の起き上がった死人へ向かっていった。


「なんなんだよ、クソ……」


 取り残されたゆうたは整理券を片手に、この青空以外何も無い世界を少し歩くことにした。

 

「?」


 ゆうたは数歩進んだ所で、腰のポケットに入っている重みに気付く。

 取り出すと、それは光で出来た拳銃だった。


「これって」


 死ぬ前に交わした、魔女との会話をゆっくりと思い出す。


『異世界チート転生』


『これは私が”侵犯”のまじないをかけた、とっておきの武器なの』


『力を貸してあげる』


 そして今ゆうたがいる場所は、”神が死んだ者の行き先を決める”天界。


(つまり、この武器で……)


 魔女の意図が分かってきた彼は、誰かに見られない内に慌てて拳銃をポケットに戻して、順番が来るのを大人しく待つことにした。


_____



「はい、次の方ー」


 キーボードを忙しそうに叩き、並べた書類にたまに目を移しながら、神はドアの前の待ち人を呼ぶ。ツキルの転生を決めた神だ。


「あ、あ、あの」


 ドアを開けて入ってきたのは、おどおどしい様子の男。田中ゆうたである。


「なんじゃ、随分緊張しとるのぉ。死んだことに納得いかんのか?」


 神はタイピングを切り上げると、目線をモニターからゆうたに向けた。そしてちゃぶ台の対面を指さして、彼を座らせる。

 

「唐突に道路に飛び出し、トラックに轢かれて死亡。……自殺判定になっとるが、なんかあったか」


 書類に目を通しながら、神が言った。


「……」


 押し黙るゆうた。


「まぁ、ええじゃろう。もう分かっとると思うが、お前さんは死んだ。そしてここで、君のこれまでの人生をくまなく調べ上げ、積み重ねた徳に応じた場所へ送るんじゃ」


「……」


「一応聞くが、死んだ後に行きたい場所は?」


「い、いい、異世界!!!」


「……そうか。じゃあちょっと徳を見せてくれよ」


 神はツキルにしたのと同じように、ゆうたに手をかざして彼の半生を見る。

 暫くすると、神はかざした手を下ろして言った。


「残念じゃが、転生するにはちょっと徳が足りんなぁ」


「!」


 ゆうたはわなわなと震える。


(こいつに、こいつにぼきの何がわかる!!!お前の勝手な裁量で何を決めてる!!何が神だ。見せてやる、お前のちっぽけさを。この、ぼきが……!!!)


「君じゃったらなぁ、そうじゃなぁ……」


 タイピングに戻り、モニターに顔を向ける神。ゆうたは背後に回り、後ろポケットに手を入れる。光の拳銃を取り出す。


「お、おお、おい」


 そして銃口を神の頭に突きつけ、ゆうたは言った。


「殺されたく無かったらぁ!!!!ぼきを異世界チート転生させろおぉお!!!!!」


「!」


 神は、銃を突きつけられている事に気付き、手を止める。


「田中ゆうた……」


「なんだ!!」


「君の……言う通りにする。だから撃つのは、辞めてくれんか」


_____



『我は魔蛙ケロベロス。元は死に損ないの、ちっぽけな一匹のカエルだった。その怒りを受け、貴様らは今日死ぬ』


 沼地に佇む、10mはある巨大なカエルの化け物。


「おりゃあ!!」


 ツキルはパンチを繰り出し


『ケロケロゲロっろごまあらああああ!?!?!』


 一撃で粉砕。


「やったぜ!」


『君は……そうか。ぼくと、同じ……人間を超えた。「超越者」な訳だね』


 古城に降臨した、発光の天使。


「なんかエグい魔法喰らえ!!」


 ツキルは魔法を放ち


『ぼくは、代行神サファイ。さぁ、あそぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼはだなるかきききききききかかるあか!!?!?!?!」


 一発で消滅。


「やったぜ!」


____



「なぁ、聞いたか?あのゴールド級冒険者の噂」


「あぁ。なんでもありえない強さの癖に、運搬や採取のクエストしか受けないっていう……」


「しかも乱入してきたモンスターは絶対に退治して、それがどれだけ金星でも報告を一切しないんだってな」


「しかもしかも聞いた話では、肝心の採取の腕前がからっきしすぎて、いつも同行してる女に助けてもらってて頭が上がらないとか……」



_____


 冒険者になってから一週間ほどで、ツキルは瞬く間に有名人となった。トルネ町のギルド内では知夏拉ツキルの名を知らぬ者はいないほどである。


 低級クエストを受けるついでに、最上級クエストの討伐対象をいとも容易く狩る彼の姿はあまりにも衝撃的であり、始めは信じられていなかった”魔王アビシニア”を彼が単身で倒したという報道は、瞬く間に真実として冒険者の間に広まった。


「はい、確かに頂戴致しました。報酬金をお受け取り下さい」

 

「よっし!これでクエストクリア二十件目!」


 ツキルは報酬金を片手に喜ぶ。


「ほとんど私が解決してるようなもんだけどね……」


 ワンダがやれやれといった様子で言った。 


「ツキルがいなかったら、お主は多分十七回は死んでおるぞ」シニアは呆れた様子で言う。


「えっ?」


 ワンダはキョトンとした。彼女はクエスト中ずっと卵を運搬していたり、地面と睨めっこしたりと採取に専念している為、ツキルが超自然の怪物と闘っている事を知らないのだ。


「色々弱体化の魔法とか食らったり、薬を飲んだりも出来たし、この調子でどんどんクエストをこなそうぜ!」ツキルは言った。


「「ツキルさん!」」


 その時、麻で編んだ服を着た集団が、ギルドの扉を勢いよく開けて、口々にツキルの名を呼びながらぞろぞろと入ってきた。

 

「……?」面識が無い為、困惑するツキル。


「ああ、これは失礼しました!みんな、ちょっと静かに」


 長と思われる年配の男が、率いている集団を収めると、ツキルの前に一歩進み出た。


「あなたが”伝説のドラゴン”を倒したという知夏拉ツキルさまですね。私たちは、あの火山の麓で細々と暮らしている村の者です」


「それが……えっと?」


「なんと謙虚な方か!私たちの住居や命はあなたがたに救われたのです!」


 村長はツキルの手をとり、感情的に握る。

 その日、村の全員から握手と礼を言われるまで、ツキルはギルドから離れられなかった。


_____



 ここはケル村。のどかで農業が盛んな平和の象徴のような村である。


「ひっ……!」


 だが、その歴史は無慈悲にも今日で幕を下ろす。

 圧倒的強者の介入によって。


「助けて……」

「もういや!!」

「やだ……やだ」


 阿鼻叫喚の地獄絵図と化した村の小屋に集められた若い女性達は、全員が絶望し、震えていた。

 凄惨な火事現場と化した村全体には、至る所に男の死体が転がっている。


 その強者は、突如村を襲い、破壊し、村人を若い女を残して全て殺害したのだ。

 強者は村の自警団隊長の首を千切り捨て、無辜の女性達に言い放つ。


「お、覚えておけよ……!ぼくちん、ぼくちんの名はな……!!」



「田中ゆうただ!!!」


  



         続く


【ツキルの残り戦闘ステータス:90200】




【ゆうたの残り戦闘ステータス:?????】


 

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