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9.カフェテリアの住人

 

「レスリー、どこに行くの?」


 レティシアはレスリーに手を引かれていた。


「いいから」


 レスリーはレティシアに説明もなく、彼女を連れていく。


 この数日で何度そこを訪れただろう。


「サミュエル様!」


 変わらず剣を振る男に、レスリーはレティシアを連れて近づいていく。


 声をかけられた彼は、剣を振る手を止め、驚いた顔でこちらを見た。


「どうされました?」


「サミュエル様、お願いがございます!」


 レスリーがつかつかと歩み寄っていく。


「レティシアの護衛をお任せしたいのです!」


「……!」


 これに驚いたのは、サミュエルだけではなかった。


「レ、レスリー!」


 レティシアが、レスリーの手を引く。


「何を言い出すの?突然」


「だって、この前のようなことがまたあったらどうするの」


 レティシアの非難に、レスリーは当然のように答えた。


「大丈夫よ。この前だってなんとかなったわ」


「次また同じ手とは限らないじゃない」


 確かにあの時感じた敵意は簡単なものだった。


 だから事前に察することができたのだろう。


 しかし、あの時、ほんの少しでも判断が遅れていたら。


 はっきりとした殺意はなかったとしても、事故で命を落とすことはある。


「……少し、よろしいでしょうか」


 そこでサミュエルが口を開いた。


「アークヴィースト嬢が学園内で襲撃されたという噂は耳にしましたが、事実なのですか?」


「事実です! 目撃者だってたくさん……!」


「レスリー、やめて」


 熱弁するレスリーを、レティシアがなだめる。


「申し訳ございません、サミュエル様。レスリーったら何を考えているのか……」


「自分は事実を知りたいだけです」


 いつもの笑顔で誤魔化そうとする心を見透かしたかのような言葉。


 レティシアはドキリとした。


 真っ直ぐにこちらを見る視線が、全てを知っている気がする。


「……事実です」


 気づくと、口がそう動いていた。


「あ、で、ですが」


 レティシアが慌てて弁明する。


「わたしも護身術くらいは心得ております。兄に教わっておりますので。ですから、サミュエル様のお手を煩わせることなんて」


「レティシア!」


 レスリーが止める。


「大丈夫よ、レスリー。あまり続くようだったら、お父様かお兄様にお願いしてみるわ」


「……でも」


 それでも友人を心配するレスリーに、サミュエルが動いた。


「それでは、こういうのはどうでしょう」


「……え?」


 レティシアは首を傾げた。


「アークヴィースト嬢が、護衛としてではなく友人として、自分をそばに置いてくださるのです」


「……ですが、そんなこと」


「もちろん、王太子妃候補であるアークヴィースト嬢のそばに男がいることを、良く思わない連中につけこまれるでしょうが」


 当然その危険性もある。


 護衛としてそばに置く方が、どれだけ安全か。


 それがわかったうえで、なぜこんな提案をするのだろう。


 レティシアの、護衛として彼を利用したくないという気持ちを、読み取ってのことだろうか。


 それなら。


 レティシアの答えは決まっていた。


「喜んで」


 レティシアの顔に笑みが浮かぶ。


「サミュエル様のお申し出、喜んでお受けいたしますわ」


 レティシアは大袈裟なまでにカーテシーをしてみせた。




「レティシア、『押し花の君』は相変わらずご執心みたいね」


 別の日の朝、レスリーが扉の前に置いてあったという手紙をレティシアに手渡した。


「いつもありがとう」


「今日はなかったの?」


 それだけで、レスリーが望む言葉はわかる。


「あったことにはあったけれど……。いつも通り、襲撃予告みたいなものかしら」


「もらっておくわ」


 相変わらずその手紙はレスリーがもっていってしまう。


「レスリー、そんなものを集めて、いったい何をするつもりなの?」


「そんなの、決まってるじゃない」


 レスリーはニヤリと笑った。


「こんなゴミより、そっちよ。今日はなんて?」


 レスリーに急かされ、レティシアは『秘密の協力者』からの手紙を開く。


「……まぁ」


「どうかした?」


 レティシアの口から出た驚いた声に、レスリーが首をかしげる。


「カフェテリアに行くといい、と書いてあるわ」


「カフェテリア?どうして?」


「それが……シャーロットという女子生徒に会いに行くように、と……」


 シャーロット、シャーロット、と名前だけを頭の中で検索する。


 見つけた。侯爵家の一人娘だ。


「この方がそう言われるのだもの。今日、行ってみましょう」


 レティシアは微笑んだ。




 授業の後、いつもなら図書館で勉強する時間に、レティシアとレスリーはカフェテリアに向かった。


 今日はそのそばにサミュエルも一緒にいる。


「今日一日で集めた情報によると、シャーロット嬢は『カフェテリアの住人』と呼ばれているらしいわね」


 レスリーが言う。


「そんなにカフェテリアが好きなのかしら」


 レティシアが楽しそうに笑う。


 サミュエルはひとり、口にも出さずに思った。


 図書館に通い詰めるこの2人に、きっと彼女も言われたくないだろう、と。


「サミュエル様、何か言いたげですね」


「……いいや」


 レスリーからの意地悪な声に、サミュエルは首を振って答えた。


 図書館とは反対の外廊下を歩き、ようやくカフェテリアに到着した。


 この時間、そこにはたくさんの学生たちが集う。


 その中でもひとり、明らかに浮いている人物がいた。


 たくさんのお菓子に囲まれた、ひとりの女子生徒。


 氷のように青い髪を肩の上で切り、夢中になって食べる姿。


「ねぇ、あなた」


 レスリーが声をかける。


 彼女は口いっぱいにほおばった姿で、顔を上げる。


「とても美味しそうなおやつね」


「……あげませんよ」


 まずその心配なのか。


 レティシアはふふっと笑った。


「いらないわ」


 レスリーが呆れる。


 その横から、レティシアは一歩踏み出した。


「シャーロット様、ですよね?」


「……アークヴィースト様……」


 シャーロットの顔が驚く。


「わたしが学園内で攻撃を受けた。その噂は、聞いていらっしゃいますか?」


「は、はい……」


 いくら彼女でも、筆頭公爵家の力には逆らえない。


「その件、実は事前に襲撃の予告を受けていたのです。わたしの部屋の前に置いてあった手紙で……」


「……あ……」


 その瞬間、シャーロットは何か思い当たることがあるように、声を漏らした。


「何か知っているの?」


 レスリーが尋ねる。


「……何をくれますか?」


 ただでは教えてくれないらしい。


 レティシアは、レスリーと目を合わせて頷く。


「わたしたちに協力してくれたら、王家にのみ伝わる秘密のお菓子のレシピをあげるわ」


「……!」


 これにはシャーロットも目を輝かせる。


 王族とその近しい親族にしか伝わらないレシピがあることは、誰もが知っていることだ。


 王族からの降嫁や王族への嫁入りが多い筆頭公爵家アークヴィースト家が、そのレシピを知らないはずはない。


 というのも、当然の認識だった。


「実は……」


 その甲斐あって、シャーロットは話し始める。


「わたし、見たの。アイリス・コンラッドが、アークヴィースト様のお部屋の前に手紙を置くのを……」


「……!」


 予想通りであり、予想外。


 レティシアはまず戸惑いを示した。


「ありがとう。レシピは届き次第渡すわね」


 レスリーが早口でそう言って、レティシアをその場から引き離した。




 ・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―


「アークヴィースト嬢がシャーロット嬢に接触したようです」


 彼はさっそく報告を受けた。


「さすが彼女だ。行動が早いね」


「……しかし、よかったのですか?」


「なにがだ?」


「心優しいアークヴィースト嬢がショックを受けないとは思いませんが」


「だからレスリーを彼女のそばに置いているんだよ」


 金髪の主は、その日も楽しそうに笑っていた。




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