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23.断罪そして

 

「国王陛下、以上が今回の調査の結果でございます」


 アルバーニ子爵が壇上に座る国王を振り返る。


 深々としたお辞儀とともに告げられた言葉に、国王は王座から立ち上がった。


「ヘーグルンド侯爵家の次男が、アークヴィースト公爵家に対する個人的な恨みを晴らすために王太子を利用した、と解釈してよいか」


「はい」


「しかし、ロードリックが、私怨のためにアークヴィースト公爵令嬢を貶めたこともまた、事実なのだな」


「……はい」


 ノエルとロードリックが、揃って顔を歪める。


「ヘーグルンド侯爵」


「はっ」


 国王のそばに立っていた騎士団長が、その場にざっと跪く。


「そなたの息子、どうしようか」


「愚息のいたしたことは、決して許されるものではないと存じます。陛下によるお裁きを受け入れるつもりです」


 彼ひとりが背負えるものだろうか。


 それは、この国の勢力図を大きく変えてしまうものなのではないか。


「国王陛下」


 レティシアはその場に立ち上がった。


「発言をお許しください」


「許す」


 国王の許しを得て、レティシアはロードリックを見る。


 そして彼自身には何も言わず、その隣に立つノエルを見た。


「わたしは、あなたを傷つけましたか?」


 ただこれだけは聞きたかった。なぜ彼が、ここまで公爵家を恨んだのか。


 レティシアが何かしていたのか、ただ彼が個人的に公爵家を恨んでいただけか。


 それによって、レティシアの言動も変わってくるから。


「公爵令嬢は、いつでも完璧な淑女でいらっしゃいました。あなたに対する王太子殿下のお気持ちを利用させていただきました」


 ロードリックがぎりっと歯を噛みしめる。


 劣等感とも言える、王太子とは思えない幼い感情。ノエルの言葉があったとはいえ、感情に流されたのは彼自身の責任だ。


「わたくしにできるのは、ロードリック王太子殿下をお許しすることだけです」


 そして、レティシアの目が王太子に向く。


 彼はハッと目を見張ってレティシアを見ていた。


「あなたがわたくしにしていたすべてのことを、許します」


「レティ……!」


 隣から兄の声が聞こえたが、ためらうことはなかった。前方、国王の方を向き、


「国王陛下、王太子殿下の減刑を求めます」


 と真っ直ぐに伝える。


「……それでいいのか」


 国王が意外そうな声を出す。


「アークヴィースト公爵」


「はっ」


 レティシアの父が、国王の声に答える。


「お前の娘はこう言っているが、公爵はどう思う」


 レティシアの視線の先で、公爵はそっとノエルを見る。


 ただひとりの青年の思想など、彼にはどうでもいい。


 そんなもので没落するほど、公爵家を支える地盤は弱くはない。


 続いて彼が視線を向けたのは、ロードリック王太子。


「……娘にしたことを、許すことはできません」


 彼は、王太子への、王家への忠誠よりも、娘への感情を取った。


「娘は殿下に傷つけられました。娘が許しても、私は許せません」


 父の言葉を、レティシアは信じられなかった。


 どんな時も仕事が、王家が優先だった父が、娘を取ってくれたのが。


「……そうか」


 国王の低い声で、ハッと王の方へ目を向ける。


「裁きを言い渡す」


 全てが決まる。レティシアの全身に力が入る。


「今回の件の主犯であるノエル・ヘーグルンド卿は、身分剥奪の上国外追放とする。王太子をそそのかした罪に関しては、レティシア嬢の申し出により減刑とする。よって、ヘーグルンド侯爵家への罰はないものとする」


 王太子を利用した事実は消えないが、王太子は彼に利用されていないとして、ノエルの減刑が成った。


「ロードリック・ラッセル・ラ・エインズワース」


「……はっ」


 王太子が押し殺した声で答える。


「王太子位を返上せよ」


 剥奪ではなく、自主的な返上とは、かなり譲歩されている。


「レティシア嬢を傷つけた罪は減刑しても、アイリス・コンラッド、そのほか多くの者を利用した罪は消えない。王太子位を返上し、王宮を出ていけ」


 レティシアはすぐ後ろの椅子に座った。


 これで終わりか。


「レティ?」


 力の抜けた妹に、兄から心配そうな顔が向けられる。


 レティシアは力なく首を振り、大丈夫と伝えた。


「次の王太子として、エデルガルド公爵家のテオドリック・ティモシー・ラ・エデルガルドを王家の養子とし、王太子に任命する」


 会場中の視線、レティシアの視線をも、たった1つに向いた。


 堂々と背筋を伸ばし、ほんの少しも驚くことなく、ただ凛とした姿が、そこにあった。


「よいな?」


 国王からの確認の言葉に、


「……はい、国王陛下」


 彼はゆっくりと立ち上がる。金色の髪がサラリと揺れた。


「つつしんで拝命いたします」


 こうして、前代未聞の王命裁判は終わりを告げた。




「レティ」


 右手が暖かい。椅子に座り込んでいた彼女は、そっと右側を見た。


 そこには、いつもと変わらない兄の姿。


「もう、全部終わったよ」


 心配そうな、それでいていつも通りの、優しい兄の顔。


「よく頑張ったね」


 兄の優しい笑顔が、ようやく現実味を帯びてくる。


 レティシアの視線が揺れた。


 会場はもう既に空いていて、集まっていた高位貴族たちも外に出ていることがわかった。


 それは彼も同じなのか、もうそこに彼の姿はなかった。


 その瞬間、一気に戻ってきた。


「レティ?!」


 慌てて立ち上がり、駆け出していた。


「レティ、ま……っ」


 驚いて手を伸ばしてくる兄の手から逃れ、


「申し訳ございません、お兄様、お父様。すぐに戻ります」


 振り返って2人に告げて、走り出した。


 どこに行けばいいかもわからないのに。


 それなのに足は、まっすぐどこかへ、向かっている。


 貴族のための休憩室に、長い廊下。どこに行っても、彼の姿はない。


「エデルガルド小公爵様……」


 小さな声で呼んだところで、彼は出てこない。


「テオドリック様!」


 気品とかマナーとか。そんなことを考える余裕はなかった。


 ただ精一杯呼ぶことしか、できなかった。


「テオドリック様……!」


 その願いのような叫びに答えるように、そばの扉が開いた。


「レティシア嬢?」


「テオドリック様!」


 一も二もなく飛び出していた。彼は、飛び込んできた彼女を受け入れてくれた。


「どうしたんですか?」


「お、したい……」


 息が上がる。肩を上下させながら、言葉を紡ぐ。


「お、落ち着いてください、レティシア嬢」


 早く答えたかった。彼が向けてくれた好意に、返す言葉を。


「お慕い申し上げております」


 呼吸の隙間を縫ってあっという間に言ってしまった。


「どうかわたしを、あなたのおそばに置いてくださいませ」


 次の瞬間、レティシアはテオドリックの腕の中に抱かれていた。


「ありがとうございます」


 耳のそばで、彼の声がした。


「レティシア嬢、ありがとうございます」


 彼の肩ごしに、扉の向こうの光景が見えた。


 国王と王妃、そしてエデルガルド公爵夫妻。


 この面々の前で、自分は……。


 一気に顔に熱が集中する。


「て、テオドリック様……っ」


 両手に力を込めて、彼の体を押す。


「レティシア嬢?」


 不思議そうに彼が離れたことで、レティシアを追ってきた父と兄の姿も見えた。


 この状況に、ますます顔が赤くなる。


「もう一度、お伝えしてもよろしいですか?」


 彼の声に、レティシアはハッとそちらに目を向ける。


「……え?」


 真っ直ぐな目が、レティシアを見ていた。


 テオドリックはその場に片膝をつき、レティシアの片手にキスをする。


「私の求婚をお受けください」


 もう迷う必要はなかった。涙に瞳を濡らし、そっと微笑む。


「はい、お受けいたします」


 レティシアの返事に、テオドリックも笑った。



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