表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
22/24

22.王命裁判

 

 ついにその日がやってきた。


 王命裁判が開かれるその日、レティシアは公爵家の大きな馬車を、王宮の前で降りた。


 貴賤問わず見物人が集まった状況で、レティシアはピンと背筋を張り、ただ前だけを見つめていた。


 周囲の声など聞く必要はない。


「レティ」


 レティシアをエスコートする兄が振り返る。


 その先にいる父も、振り返っている。その顔は、どこか心配そうで。


 父なりに娘を案じているのだろうか。それとも、王太子が王命裁判にかかるという前代未聞の事態に、国を憂いているのだろうか。


「大丈夫だからね、レティ」


 兄が優しく、強く手を握ってくれた。


 裁判所の雰囲気を呈した王宮の大広間には、たくさんの貴族たちが集まっていた。


 これは普通の社交界とは違うため、この場に入れる貴族たちも限られている。


 中に入れない貴族たちは、外で集まって噂話をするのだろうか。


 そして、結果を待つのだろうか。


 そんなことを考えながら、レティシアは席に着いた。




 ずらりと一同が揃う。


 国王、王妃に、名だたる貴族たち。


 その中には、エデルガルド公爵家の姿もある。


 そんな中で、朗々と述べるのは、国王が調査を命じた人間。


「このたび、国王陛下より調査を命じられました、アルバーニ子爵家のリベルト・アルバーニと申します。中立的に厳正な調査を行い、嘘を使わずに報告することを、国王陛下に誓います」


 宣誓の言葉を述べ、


「ロードリック王太子殿下は、王立アカデミーにて」


 まずは事実のみが並べられる。


 つらつらと並べられるものは、私情を挟まない、端的な事実のみ。


 これだけで、アカデミー内でおさめられていた出来事が、社交界の貴族たちに明るみになっていく。


「さらに王太子殿下は、アークヴィースト公爵令嬢に対して、手紙による脅迫、殺害予告、さらに襲撃を指示されました」


 膝の上で軽く重ねられた手に、自然と力が入った。


 本当に、よくこんな中で生きてきた、と思う。


 何度もくじけそうになりながら、それでも何度も周りに支えられながら、生きてきた。


「この件に関して、王太子殿下は黙秘を続けておられます」


 居心地が悪そうな彼は、じっと口を結び、うつむいている。


 まだ喋る気はないらしい。


「アークヴィースト公爵令嬢、証言台へ」


 アルバーニ子爵の言葉で、動揺を見せることなく立ち上がり、ゆっくりと会場中の視線を集めながら歩いて、証言台の前に立った。


「王太子殿下から手紙を受け取っていた、というのは事実ですか?」


「最初は、誰からかわかりませんでした。アカデミーの寮の部屋の前に置かれた手紙に、脅迫ととれる内容が書かれていました。のちの調査で、それが王太子殿下からのものだとわかりました」


「違う!」


「王太子殿下、お静かに願います」


 ようやく口を開いた王太子は、アルバーニ子爵から静かに睨まれる。


「その女は私を陥れようとしているのだ!これこそ反逆の」


「王太子殿下」


 それでもなお言葉を続ける王太子に、集まった貴族たちは冷めた目を向けていた。


 国王と王妃でさえ息子を庇おうとはしない。


「アイリス・コンラッド嬢、証言台へ」


 この場には、当然アイリスも呼ばれていた。


 レティシアと入れ替わるように、彼女が証言台に立つ。


「あなたは、王太子殿下に言われて、レティシア嬢に手紙を届けましたか?」


「はい。お茶会に誘う手紙や、謝罪の手紙と聞いていました」


 ためらわず、すぐに答えていた。


「それを信じていたのですか?」


「王太子殿下は、つねづねアークヴィースト公爵令嬢へのお気持ちを語っておられました。家が決めた婚約関係でも愛そうとしていると、仰られていました。そのために、協力をと思って……」


 それは嘘だ。彼にレティシアへの気持ちがなかったことは、幼い頃から感じていた。


 アイリスをも利用して、いったい何をしようとしていたのだろう。


「ありがとうございました」


 アイリスが一度礼をして証言台を降りる。


「では、王太子殿下、証言台へ上がってください」


「……っ」


 彼は一瞬躊躇した。


 アイリスが、彼に悲しそうな視線を送る。


 ぐっと覚悟を決め、彼は立ち上がる。


 そして、証言台の前に立った。


「アークヴィースト公爵令嬢に宛てられた手紙の封蝋印が、王太子殿下のお部屋から見つかりました。また、手紙の代筆人から王太子殿下に依頼された証言も得ました」


 アルバーニ子爵は堂々とそう告げ、


「あなたは、アークヴィースト公爵令嬢を、手紙で脅迫しましたか?」


 王太子にも容赦なく質問する。


「……あぁ」


 ロードリックは言葉に詰まりながらも頷いた。


 この場で嘘を吐くリスクを考えているのだろう。


「理由は?」


「気に入らなかった」


 思わず両手に力がこもった。


「あの女は、俺をたてることも知らない。不遜なふるまいが気に入らなかった」


「それで、襲撃まで?」


 ただそれだけの理由で、下手をすれば命を奪いかねないことまで指示したのか。


 矢が飛んで来た程度のことではあったが、ほんの一瞬気づくのが遅れれば、きっと当たっていた。


 それがレティシアだったらまだいい。一緒にいた友人たちに当たっていれば、レティシアはきっと彼を許すことはできなかっただろう。


「それは……何をしても、全く動じていなかったから……」


 レティシアが動揺しないことに焦れて、あんなことをしてしまったのだという。


 あまりにも無責任な言葉に、レティシアは呆れることもできなかった。


「では、その手紙を、反貴族派の者に代筆させたのは?」


「それは知らなかった!本当だ!」


「つながりはないと?」


「あぁ、そうだ!」


 この訴えに嘘はないと思った。それは何の理由もなく、なんとなく、ただ直感的なもの。


 それにこの場では、きっとレティシアの直感よりも確かな証拠が提示される。


「代筆はさせた。筆跡でわかるおそれがあると聞いたからだ。だが、代筆者はノエルの推薦で選んだ。その男が誰であるかは調べていない。ノエルが調べているものだと……」


 王太子が側近を信用しすぎていた。その信用を利用したものが、この場にいる。


「それでは、ヘーグルンド侯爵家次男、ノエル卿、証言台へ」


 ここで呼ばれたのは、騎士団長の息子だった。


 彼はバツが悪そうな顔をしていた。


 その理由を、レティシアは知らなかった。


「王太子殿下に代筆者を紹介したのは、あなたですね」


「……はい」


「なぜ反貴族派の者を選ばれたのですか?」


「知らなかったのです」


 嘘だ、と思った。


 わずかに視線が揺らいだのもそうだが、これもまた、直感的なものだった。


「王太子殿下に紹介する前から関わりを持っておられるようですが」


 アルバーニ子爵の言葉に、彼はぐっと押し黙った。


「それに、たとえノエル卿が知らなかったとして、王太子殿下に調べもしない者を紹介したことも問題ですね」


「ちが……っ」


 ノエルはとっさに反論し、しかしぐっと押し黙った。


「それから、ノエル卿は、アークヴィースト公爵家を快く思っていないようで」


「な……っ」


 これには会場の空気が揺れた。


 レティシアも、思わず息を飲んでいた。


「公爵令嬢を陥れ、アークヴィースト公爵家を没落させるのが、目的だったのでは?」


「……っ」


 ノエルは答えなかった。ぐっと唇を噛み、苦々しそう俯く。


「そのために王太子殿下を利用したのでは?」


「……そう、なのか……?」


 ロードリックの声が堅くこわばっていた。


「違うだろう?ノエル」


 騎士団長の息子であるノエルは、彼にとって唯一無二とも言える友人だったに違いない。


 王太子の取り巻きとして最も近い位置にいたのは、いつだって彼なのだから。


「……から」


 ノエルが小さな声で吐き出した。


 ゆっくりとあげられた目は、レティシアに向いていた。


「アークヴィースト公爵家が王家を見下しているから……っ」


 レティシアを、そしてその父を、睨むように見つめる彼は、


「騎士団長として、王家を支えてきたのは我がヘーグルンド侯爵家だ!」


 と続けて宣言した。


「……そのために、王太子殿下を欺き、利用したと?」


「それは……っ」


 それがどれほどの罪になるのか。


 王族を欺いた罪は、決して軽くはない。


 ヘーグルンド侯爵家がアークヴィースト公爵家とどんな関係にあったか。


 レティシアが知る限り、そんな険悪な関係でもなかった。


 アークヴィースト公爵家の方が格上で、しかし騎士団長の家系であるヘーグルンド侯爵家にも敬意をもって接するように教えられた。


 だから、彼らを下に見たことはなかったし、対等な関係だと思ってきた。


 それが、ヘーグルンド侯爵家の次男とはいえ、その一家の息子に、ここまで憎まれているとは。


「国王陛下、以上が今回の調査の結果でございます」


 アルバーニ子爵が壇上に座る国王を振り返る。


 深々としたお辞儀とともに告げられた言葉に、国王は王座から立ち上がった。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ