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20.卒業パーティー

 

 華やかに飾り付けられた会場。卒業パーティーが始まる。


 王立アカデミーの在校生、卒業生、その親たち、そしてその他の貴族たち。


 広い会場を埋め尽くす勢いの、たくさんの人たち。


 レティシアはその中で、じっと佇んでいた。


 表情は明るくもなく、かといって暗くもなく。


 いつも通り、感情を押し隠した表情だ。


 この場で、自分はとんでもないことを起こそうとしている。


 筆頭公爵家が後ろについていてくれるとはいえ、一歩間違えば反逆罪だ。


「怖い顔」


 つん、と横から頬に指をつきさす人物。


「やめてちょうだい、レスリー」


 穏やかにその手を払った。


 レティシアにこんなことをする人物は、彼女しかいない。


「あら、どうして?せっかくの卒業パーティーなのよ。楽しまなきゃ」


 レスリーの顔は明るい。


 この後に起こることを知っているはずなのに。


「ねぇ、ドレス、どう?」


「似合ってるわ」


 おそろいの白いドレス。淡い水色のサラサラの生地が綺麗だ。


「レティシアのおかげね。こんなに高価な生地、縁のないものだと思ってたわ」


「最後だもの」


 この卒業パーティーが終われば、友人とも離れてしまう。


 これが最後。


 最後に、もう大丈夫という姿を、レスリーに見せてあげたい。


 会場の隅で、居心地が悪そうなアイリスを見つけた。


 彼女がどちらを選んだのか、結局わからないまま。


 彼女に選択を迫るのは酷だった。


 大丈夫。アイリスに頼らなくても、この計画は破綻しない。


 父と兄、そしてあの手紙の主が、それだけの場を用意してくれた。


 彼女にドレスを贈った人物は、彼女のそばにはいない。


 少し離れて友人たちと談笑中。


 レティシアが罠にかかるのを待っているのだろう。


 もう既に冷めてしまった感情は、呆れることもできなかった。


 そうしなければ進まないなら、罠にかかってあげよう。


 シャンパングラスを手に、そっと彼女に歩み寄った。


「アイリスさん」


「ひゃっ、はいっ」


 アイリスの背筋がぴんっと伸びる。


 まだまだ王太子妃にふさわしいとまではいかなくても、この半年で随分成長した。


 きっとこれから勉強を続ければ、いい王太子妃になっただろう。


 問題は、あの男の手綱を握れるかだけだ。


「楽しいパーティーね」


「はい……」


 つい数日前。彼女に決断を迫ったレティシアに、なんとなく複雑そうな表情をする。


 味方につけないことを申し訳ないと思っているのだろうか。


「レティシア!」


 それを待っていましたとばかりに、王太子がつかつかと歩み寄ってきた。


 たくさんの取り巻きたちを連れて。


「見苦しいぞ!」


 ゆっくりと振り返り、彼に王族への礼を示す。


「殿下、それはどういう意味でしょうか」


 冷静に。それだけを心がけていた。


「わからないのか?平民とはいえ、我が国の大切な国民の一人だ。そのアイリスをいじめるなど、言語道断。国母に相応しいとは言えない!」


 得意気な声。


 この場に集まる全ての貴族に見せつけるかのような。


 彼の思惑通り、注目が集まる。


 頭を下げていて見えないが、鼻をつんと突きだす様子が目に浮かぶ。


「貴様との婚約は破棄する!」


「何の騒ぎだ」


 ついにその騒ぎは、息子の卒業を祝いに来ていた国王と王妃の耳に届いた。


「レティシア、頭をあげなさい。それでは話ができん」


「恐れ入ります」


 国王に言われたレティシアが、一度深く頭を下げて、ゆっくりとあげる。


 最後に会ったのはかなり前だが、あの夢の中とは変わらない姿。


「陛下におかれましては」


「挨拶はいい」


 幼い頃にたたきこまれた挨拶の定型文は、省略されてしまった。


「それで?いったい何の騒ぎだ、ロードリック」


「お騒がせして申し訳ございません、父上。この者の罪を暴いていたところでございます」


 相変わらず、王太子は得意げに答える。


「レティシアの罪だと?」


 国王が眉を寄せた。


 レティシアは罪なんて犯した覚えはない。


 が、王太子にとっては、レティシアが罪人でなければいけないらしい。


「この者は国民をいじめたのです!父上は日ごろから国民を大切にせよと仰っておられます。つまりこの女は、父上の言葉に反した行いをしています!」


 なぜレティシアを貶めたいのか。


 理由はわからない。


 それでも、彼の目的はわかっている。


「レティシア、説明を」


「身に覚えがないことにございます」


 国王の言葉に、レティシアは淡々と答える。


「まことか?」


「陛下に嘘は申しません。殿下は、わたくしがアイリスさんに話しかけたことが、お気に召さないようでございます」


『お気に入りのアイリス』と言わなかっただけ、褒めてほしいくらいだ。


 アイリスまで馬鹿にしているとは思われたくないため、我慢した。


 視界の隅に、心配そうな兄の姿が映る。


 ここで公爵家が出てきては、話がややこしくなるだけだ。


 だから、あらかじめ出てこないようにと頼んでいた。


「殿下にそのようなご不満を抱かせてしまったことは、わたくしの不徳の致すところ。婚約破棄については、わたくしの父も含めて話し合った上で、それしかないとなれば受け入れましょう」


 あの手紙をくれた主は今もどこかで見守ってくれているのだろうか。


 今はあの手紙だけがレティシアの心を支えてくれる。


「そして陛下、わたくしからもご報告がございます」


 レティシアはまっすぐにロードリックを見つめた。


「ロードリック殿下は、陛下のご期待を裏切っておられます」


 ざわっと空気が揺れた。


「どういう意味だ」


 国王の顔が険しくなる。


「れ、レティシア!勝手なことを……っ」


「まず」


 慌てて反論しようとする王太子を遮る。


「王太子殿下は、アイリスさんを貶めようとしています。これは、殿下がさきほど仰られた、陛下の意向に反するのではないでしょうか」


「しょ、証拠がないだろう!」


「順番にお話いたします」


「ロードリック、黙れ」


 やはり、国王の威厳はすごい。


 実の息子でも、あっさりと黙り込んでしまう。


「わたしは、いくつかお手紙を受け取っていました。それは、わたしや、公爵家に対する脅迫でした。差出人はわかりませんでしたが、その手紙を置いていたのが、アイリスさんです」


「……ほう。その生徒が手紙を置いたという証拠はあるのか?」


「アカデミーの女子生徒が、何度となく彼女の姿を目撃しておりました」


 レティシアが振り返ると、そこにはシャーロットがいた。


「事実か?」


「はい、陛下。確かに、アイリスさんが手紙をレティシア様の部屋の前に置くのを見ました」


 シャーロットは落ち着いた様子で答えた。


「では、アイリスという生徒が反乱分子か」


「わたしもそのように思いました。しかし、彼女は王太子殿下に指示されて、内容のわからない手紙を置いていただけだと証言しました」


「それは事実か?」


 国王がアイリスを見る。


 彼女は言葉に詰まり、わずかに目を閉じた。


「……はい」


 と頷いた。


「リック……ロードリック王太子殿下からは、レティシア様への謝罪のお手紙だとお聞きしておりました」


「アイリス!」


 王太子がその名を呼ぶ。が、アイリスは彼の方から目を背けていた。


 国王の前で嘘を吐く勇気はなかったらしい。


「その手紙は?」


「こちらにございます」


 あらかじめより過激なものを選んでおいた。


「ほんの一部ですが」


 レスリーが持ってきたトレイにのせられた手紙を1つ手に取り、ぴらっと開く。


「……これは……」


 そして、眉を寄せた。


「……ロードリックの筆跡ではないな」


「はい。その手紙は、殿下が代筆させたものにございます」


 さすがに目ざとく気づいた。


「手紙を代筆したのは、皇帝陛下と貴族制度の排除を求める勢力の者です」


 王国の貴族にとって、明らかな敵。再びざわざわと会場がどよめく。


「証拠は?」


「父が調査し、手紙に残された指紋から判明しました」


 兄を通じて送られた報告書を提示する。


「違う!知らなかったんだ!」


 王太子が抗議の声をあげた。


「知らなかった?では、この手紙をレティシアに出したことは認めるのか?」


「あ……ちが……」


 国王に睨まれた王太子は、あわてて口ごもる。


「嘘を吐くと自分が追い込まれるだけだ。この件は、私の権限で裁判を開くこともできる」


「お、王命裁判……!」


 王太子にとって、この場はきっと、許婚者との婚約破棄をするための場。


 国王が命じて開く王命裁判などと、ここまでおおごとにする予定はなかったはずだ。


「……手紙は、書きました」


 王太子が悔しそうにつぶやいた。


「ですが!本当に知らなかったんです!代筆は……、ノエルが、そうした方がいいって紹介して……っ」


 王太子の名ざしを受けた騎士団長の息子が、ハッと身体を固くする。


 慌てて踵を返そうとしても、もう遅い。騎士が彼の行く手を遮った。


「詳しく調査する必要がありそうだな」


 国王が低く唸るように告げた。


「この件、私が預かり、調査する」


「はい」


 レティシアはすっとお辞儀をした。


「ロードリックは、レティシアを脅迫していた罪を認めた。婚約関係は解消してもよい」


「ありがとうございます、陛下」


 これでレティシアの名誉が汚されることなく婚約が破棄される。


「ロードリック」


「ち、父上……」


 情けない声。父親にすがるような。


「公爵令嬢を脅迫した罪、他人にその罪を着せようとした罪、それから、反逆に関しても、詳しく調べる。全てが明らかになるまで謹慎するように」


「父上……!」


「……このまま今の地位にいられるとは思わないことだな」


 息子を見限るように、あっさりと。


 国王は言い放った。


 王太子の廃嫡。それをほのめかす国王に、会場でさわさわとささやく声がする。


 ロードリックは一人っ子。王位継承権1位ではあるが、それは唯一のものとされていた。


 一応の順位は決められているが、それはあくまで対外的なものだと。


 しかし、そのロードリックが廃嫡となれば。王位争いが起きかねない。


 そんなざわざわとざわめく中で、コツンと、小さな足音が響いた。


 コツン、コツン。


 革靴が、大理石の床を打つ音。


 ざわざわと騒がしいのに、その音がいやに響く。


 レティシアはゆっくりと振り返った。


 人の波をわけるよう、ゆっくりと歩いてくる人影。優しい、柔らかい微笑みで、近づいてくる人物。エデルガルド公爵家の長男で、国王の弟の息子。


 そんな知識は、レティシアにもあった。


「アークヴィースト公爵令嬢」


 彼は、ふっと目を細め、レティシアの前で膝をつく。


 次の瞬間、目の前には淡い紫色が広がっていた。


「……!」


 トリテレイアの花を中心に据えた、大きな花束。


「迎えに来たよ」


 小さな声で、レティシアの耳にのみ届く言葉だった。


「私の求婚を受け入れてくださいませんか?」


 今度は、会場に聞こえるように、大きな声。


「なん、で……」


 レティシアの言葉は、声にならなかった。


「あなたが好きです」


「……っ」


 胸がドクンと鳴った。熱がカッと顔に集まる。まるで、その言葉に喜ぶように。


「とりあえず、考えていただければ」


 すっと花束を差し出される。たくさんのトリテレイア。あの手紙に添えられていた花。


 言われなくてもわかった。『秘密の協力者』は、この人だ。


 そっと花束を受け取った。それだけで、彼は少年のように、嬉しそうに笑う。


「レティ!」


 兄の声に、ハッと意識を取り戻す。そこに、もう彼の姿はなかった。


「レティ、大丈夫?」


 代わりに見えた、兄の顔。


「エデルガルド小公爵とは、知り合いだったのかい?」


「あ……」


 手元に残ったトリテレイアの花束は、あの瞬間を夢ではなかったと思い知らされる。


「お、兄様……」


「ん?」


 兄の優しい眼差し。


「もう……帰りたいです」


「うん。疲れたね。帰って休もうか」


 今は、そう言うだけで精一杯だった。


 この1日、たった数時間だけで、いろいろなことがあった。


 いろいろあって、疲れた。




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