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2.夢

 時は半年前、レティシアの体感では1年前に戻る。


 ロードリックと歩くアイリスの姿を目撃した日。


 許婚者のそんな姿を見て、レティシアはショックを受ける。


 ……はずはなかった。


 生まれて間もなく決められた婚約など、感情が伴っているはずがない。


 現国王に王妃以外の妻はいないが、国王のみは後継者のために側妃を持つことが許されている。


「殿下」


 素早く考えたレティシアは、許婚者に声をかけることにした。


「お話を遮ってしまい、申し訳ございません。そちらの女性をご紹介いただけないかと」


「なんだ。お前に妬まれる筋合いはない」


「もちろん承知しております。ただお友達として親しくしたいだけにございます」


 側妃候補となる彼女は、正妃となるレティシアが良き友人となって支えてあげたい。


 そう思ってのことだった。


「そうか。それなら」


「あ、あの!」


 気を良くしたロードリックが喋り出した直後、少女が立ち上がる。


「アイリス・コンラッドといいます!殿下を責めないでください!殿下はわたしに勉強を教えてくださっているんです!」


「……元気なお方ね」


 この場合、紹介を待つのがマナー。さらに王太子であるロードリックの言葉を遮るなど、もってのほかだ。


 彼女はそのマナーすら知らないのだと、レティシアは知った。


 教えていかなければ。側妃となった時、彼女が困らないように。




 アイリスはそそっかしい、悪く言えばドジな女子生徒だった。


 何もないところで転ぶし、お茶会でお茶をひっくり返しスカートを汚したこともあった。


 さらに、卒業を目前に控えていながら成績は落第ギリギリ。


 これでは側妃として認められるはずがない。


 だからレティシアは彼女を教育した。


 食事や挨拶のマナーから、必要な知識に至るまで。


 勉強に関してはロードリックがカフェテリアで教えているという情報も掴んでいたため、それほど関わらなかった。


 その甲斐あってか、アイリスは無事に卒業試験に合格。


 しかし事件はその後、卒業パーティーで起きた。




「見苦しいぞ、レティシア!」


 アイリスの努力を労おうと近づいた瞬間、許婚者にかみつかれたレティシアは、驚きで何も言えなかった。


 なんだかんだと理由を並べたてられたが、ほとんど耳に入らない。


 そんな耳であっても、


「婚約は破棄する!」


 という堂々たる宣言だけは、耳に残った。


 破棄?なぜ?


 わからない。


 何か重大な罪を犯してしまったのか。


 そうでなければ、あらかじめ決められた婚約を解消することなどできない。


 視界の隅に父と兄の姿が驚く。


 アークヴィースト公爵家の証である美しい銀髪。


 それは、レティシアもそうだ。


 この銀が、彼女の誇りだった。


 早くに亡くなった母も、銀の髪を持っていた。


 だから兄妹揃って銀髪。父と同じ銀髪。


 婚約が解消されられればどうなるのか。


 レティシアにはわからない。


 一気に銀が霞む。


 物心つく前から始まった王太子妃教育。


 それは決して簡単なものではなかった。


 常に最上級を求められ、さらに更新し続けることを要求された。


 血を吐く思いで、時に高熱にうなされながら、それでもレティシアは王太子妃教育を受け続けた。


 それが産まれ持った銀に相応しいと信じていたから。


「……殿下、御前を失礼させていただきたく……」


 震えそうになる声を、最後の気力で気丈に保ち、


「消えろ」


 その冷たい言葉に追い出されるように、ホールを後にした。


「レティ」


 すぐに兄が後を追ってきた。


「申し訳ございません、お兄様」


 見慣れた銀を見た瞬間、彼女は反射的に頭を下げる。


 父ではなく兄だったと気づいたのは、その後だった。


「レティが謝ることじゃないよ。陛下には父上から話をしてもらうから」


 そうだ。この場には国王夫妻もいたはず。


 パーティーが始まって間もなく挨拶に伺っていたが、あの瞬間、ロードリックが婚約破棄を告げた瞬間に彼らがいたかすら覚えていない。


「レティ、少し外を歩こうか。おともするよ」


「……申し訳ございませんが」


 声が震える。これ以上は、失態を見せてしまうかもしれない。


 厳しい王太子妃教育を受けた者にとって、それは絶対に許されないこと。


「しばらくひとりにしてはいただけないでしょうか」


「……わかったよ」


 少し寂しそうな、そして心配そうな兄を気遣う余裕もなく、レティシアはその場を後にした。


 その後、レティシアの姿は、アカデミーの噴水広場で見つかった。


 護身用の短剣で胸を突きさした、変わり果てた姿で。




 死んだと思っていた。人生に絶望したレティシアは、自らその命に終止符を打った。


 しかし、


「……え……?」


 目が覚めた。変わらない、アカデミーの寮の自室で。


「……これ……どうし……」


 あのすべては夢だったのだろうか。それとも、こちらが夢なのだろうか。


 真っ白な手の甲をつねってみる。


 じわりと広がる痛みと、ほのかに赤く染まる皮膚。


 夢ではない。少なくともこちらは。


 枕元に置かれた短剣。寝る時以外肌身離さず持っていた、家紋付きの短剣。


 その重みさえも感じる。夢ではないのだ。


 慌ててベッドを飛び出し、そばの机の引き出しを開けて、魔法石を取り出す。


 そこにわずかな魔力を込めると、


『おはよう、レティ』


 立体的な映像となって現れた、兄ヴィルヘルム。


 2年前にアカデミーを卒業してから、公爵である父の手伝いをしながら、後継者として勉強している兄。


 その姿を見た瞬間、レティシアの目に涙が溢れてきた。


『レティ?泣いてるの?』


 もう会えないと思っていた。あれが最後だと。


 しかし、また会えた。元気そうな姿で。


『どうしたの?レティ、大丈夫?悪い夢でも見たのかな』


 おろおろと心配する兄の映像が、涙に歪む。


 レティシアは白い指で目元を拭った。


「早朝から申し訳ございません、お兄様。少し夢見が悪くて……、お兄様のお顔を見たくて通信機を使ってしまいました」


『こちらは大丈夫だけど……、レティは?体調が悪いなら、アカデミーはお休みして帰ってきてもいいんだよ。馬車ですぐの距離なんだ』


 相変わらず優しい兄だ。


『卒業試験までもうすぐだろう?頑張らなきゃいけないのはわかってるけど、レティは成績もいいんだし、頑張りすぎないでね。ちゃんと食べて、ゆっくり休むんだよ』


 兄だって忙しいはずなのに、妹を気遣ってくれる。


「大丈夫です。卒業試験の準備も問題ありません」


 兄の顔を見られたことで安心し、レティシアは最後の雫を指で拭う。


「お父様もおかわりないですか?」


『相変わらずだよ。陛下とは仲が良すぎて、見てるこちらがひやひやするくらいだ』


 寡黙な父が2歳年下の国王と友人のように仲がいいことも、国王とは親しく話すということも、今のレティシアには信じられない。


 王太子の許婚者として何度か王宮に参内しているが、娘の前での父は変わらず寡黙なままだからだ。国王にからかわれても黙然としている。


「ありがとうございました、お兄様」


『元気になったみたいでよかった。でも無理はしないでね』


「はい、お兄様も。お父様にもよろしくお伝えください」


 笑顔で通信を切った瞬間、まだ寝間着姿のままだったことに気づく。


 兄も教えてくれればいいのに。


「……いじわるだわ」


 唇を尖らせながら、クローゼットを開いて制服を取り出した。




 授業を終え、今日も図書館に向かう。


 勤勉な彼女にとって、図書館は絶好の勉強スペースだった。


 カフェテリアのように賑やかでもないし、教室のように人が多いわけでもない。


 寮の部屋は静かで人もいないのだが、それでも逆に集中できない。


 だからレティシアは、寮の部屋で勉強することはほとんどなく、図書館で勉強を終えて寮に戻るようにしていた。


 長い外廊下を歩いている時、ふと噴水が目に入る。


 その前の広場で、許婚者の姿を見つけた。


「……」


 声はかみ殺した。が、驚いた。


 金髪碧眼で長身のいろいろな意味で目立つ王太子ロードリックが、黒髪に黒目という珍しい出で立ちの少女と笑いあっていたのだ。


 それは、あの夢の中と同じ光景。


 彼女が誰かも、レティシアは知っている。


 この後、夢の中での自分は話しかけに行っていた。


 ただの夢だったとしても、あのような結末にはしたくない。


 彼女が側妃候補であるなら、いずれロードリックから紹介されるだろう。


 だから彼女は無視して図書館に向かった。




 ―・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-


 その日、男は知った。


 愛する人がこれから辿る残酷な運命を。


 そして自らに訪れる悲しい宿命を。


 なぜ?それは天啓だと答えるしかない。




 男は一度死んだ。愛する人を失い、たったひとりで一生を終えた。


 充分な責務は果たした。後継者も指名した。


 それでも、心に空いた隙間は塞がらなかった。


 いつか彼女が迎えに来てくれる。そのことだけを信じていた。


 そして、彼は頼もしい後継者にのみ見守られながら、息を引き取った。


 最期に見た景色に、彼女はいなかった。




 そして、目を覚ますと若い頃に戻っていた。まだ彼女が生きている時代に。


 実家の権力を使って様々な文献を読み漁り、自分が回帰という現象にあったのだと知った。


 なんでもいい。今度こそ彼女を救ってみせる。


 彼はそう決意して、さっそく動き出した。




 最初に目を付けたのは家の貧しさに困る少女。


「キミの家を助けてあげよう。その代わり、僕に力を貸してほしい」


「仰せの通りに」


 その少女は、強い光を瞳に宿し、その手紙を受け取った。




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