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17.会いたい

 

「レティシア!」


 レティシアの許婚者であり、この国の王太子、ロードリックが強い声で呼びかける。


 レティシアはゆっくりと振り返り、その場でお辞儀をした。


「王太子殿下」


 それにならって、レスリーとサミュエル、そしてジェレミーも頭を下げた。


「最近の貴様の行動は目に余るぞ!」


「……どういうことでございましょうか」


 冷静なレティシアに、ロードリックは目を吊り上げる。


「婚約者がいながら、他の男とつるむとは……。王太子妃の自覚を持て!」


「お、落ち着いて、リック……」


 その隣でアイリスがロードリックを落ち着かせようとする。


 彼の側近たちは、レティシアに冷たい目を向けるだけで、主を諫める気もないらしい。


「おそれながら、殿下。わたくしはまだ、王太子妃ではありません」


 レティシアがそっと訂正を入れてみるが、


「お得意の屁理屈か……。まったく、見苦しい」


 と冷たい言葉が返ってくる。


「リック!」


 荒れ狂う猛獣をなだめるように、アイリスが王太子を愛称で呼んだ。


「大丈夫。わたしがお話するから」


 レティシアの目の前で、ロードリックの腕に抱きついてなだめる。


 その様子は、決して良くは映らない。


「あ、あの……レティシア様……」


 許しを得ることなくレティシアに、ファーストネームで呼びかける。


「リックは毎日、わたしに勉強を教えてくれていて……。わたしのような者にも優しくしてくださるお方なんです」


「……だから?」


「だから……レティシア様も、彼のことを想ってくださるなら……、もう少しだけ、リックに寄り添ってもらえませんか?」


「おかしなことをおっしゃるのですね」


 そう言ったのは、ジェレミーだった。


「お許しください、レティシア様」


「え、えぇ……」


 彼はレティシアに許しを得ると、一歩前に出る。


「平民である貴女が、恐れ多くも王太子殿下のお名前を呼び、その許婚者であるレティシア様にも意見する。こんなことが、許されると?」


「み、身分を笠に着るやり方は間違っています」


「社交界の常識的なルールを前に、身分をかざすなと言われても……」


「黙れ!」


 これにはロードリックが声を荒げた。


「アイリスを愚弄するな!」


 ジェレミーも王太子には言い返せない。


「もういいわ。ジェレミーさん、ありがとう」


 レティシアが微笑み、ロードリックを再び見据える。


 しかし、何も言わない。


 堂々としたその姿に、ロードリックがたじろいだ。


「こ、このことは、父上に報告するからな!」


 それが、ロードリックの捨て台詞だった。


「……はぁ……」


 ロードリックたちが立ち去ると、レティシアは深く息を吐く。


「大丈夫?レティシア」


 すかさずレスリーが声をかけた。


 そっと手を支え、背中をさする。


「大丈夫よ、レスリー。ありがとう」


 レティシアは笑顔を作ってみせた。


「ジェレミーさんも、ありがとうございました」


「逆に引っ掻き回したようになってしまって……。すみません」


「いいえ。あなたが言ってくれてよかった。わたしたちから言ったところで、彼女には届かないようですから」


 レティシアに女神のような笑みを向けられ、ジェレミーは微笑んだ。


「レティシア嬢、今日はもう休んだ方がいいのでは?」


「え、えぇ……そうしようかしら」


 サミュエルにまで言われ、レティシアは素直に受け入れる。


「では、ボクはこれで」


 ジェレミーはうやうやしくお辞儀をして離れていった。


「サミュエル様も、今日はありがとうございました」


「寮の前まで行きますよ」


 レティシアはレスリーに支えられながら、寮まで移動した。


 もう一度サミュエルにお礼を伝え、部屋に行く。


「レティシア、大丈夫?」


 友人の手を借りながらも、なかば倒れこむようにしてベッドに横になる。


 そんなレティシアを、レスリーは心配そうに見つめた。


「大丈夫。少し疲れただけよ」


 レティシアはそう答えるも、その顔に笑みを浮かべる余裕はない。


「ねぇ、レスリー」


「なに?」


 レスリーはベッドにこしかけ、友人の声に耳を傾ける。


「あの手紙の差出人は、わたしに会いたくないのかしら」


「え?」


 レスリーにとって予想外だったのだろう。


 驚いたような声に気づかず、レティシアは続けた。


「当然よね。わたしは王太子殿下の許婚者。いずれは王太子妃になるんだもの。誰だって近づきたくないわ」


「そんなことないわよ、レティシア」


 レスリーはそう励ますが、どうやらレティシアには届いていないらしい。


 どことも言わず、ただ宙を見つめて、静かに涙を流す。


「……レティシアは、『押し花の君』が好きなのね」


「……え?」


 これにはレティシアがハッと目を見開いた。


「恋をしているんでしょう?」


「……違うわ。わたしには、そんなことは許されない」


「許されないなんてことはないじゃない。ただの許婚者。婚約が内定しているわけでもなければ、恋人でもないんだもの」


 確かに、傍から見れば、レティシアとロードリックの関係は破綻している。


 始まることもなかった関係だ。


「ゆっくり休んで」


 レスリーはそう声をかけて、出ていった。


 自分は間違っていたのか。


 サミュエルもジェレミーも、レティシアにとっていいお友達に過ぎない。


 レスリーと同じだ。


 やましい気持ちがあるわけでもなければ、やましい関係にあるわけでもない。


 いつか王太子妃になる人間。


 それを忘れたことはなかった。


 だから辛くなる。


 王太子妃なんていらない。


 望んだこともない。


 ただ幸せになりたかった。


 夢の中と同じ、胸を締め付けられる思い。


 どうしてこんなことになるのだろう。


 どうしてこんなにも苦しいのだろう。


 宝箱を取り出し、押し花たちを抱きしめる。


 この時間だけが、レティシアの癒しだった。


 会いたい。


 会って、直接励ましてほしい。


 慰めてほしい。


 それなのに、会うこともできないなんて。


 苦しい。


 甘くて苦い、チョコレートのような気持ち。


 許されない感情は、大きく揺れ動く。


 コンコン


 その時扉がノックされた。


「はい」


 レティシアは慌てて指先で目元を拭い、扉を開ける。


 そこに人影はなかった。


 ハッと足元に目を向ける。


 やっぱり、手紙が置いてあった。


 トリテレイアの花を添えた、いつもの手紙が。


 慌てて手紙を取り、部屋に入って開ける。


 いつものように香る、かすかな香水の香り。


 そして、その中には、


『もうすぐ会いに行くよ』


 短い文章。


 しかし、この言葉を、どれだけ望んでいたか。


 この言葉に、どれだけ慰められるか。


 トリテレイアの花の匂いで、肺いっぱいを満たす。


「……待っています」


 レティシアの静かな返事は、そっと溶けていった。




 ・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・


「彼女は喜んでくれたかな」


「さぁ」


 彼の声に答えたのは、ジェレミー。


「気味悪がられないといいですね」


「彼女は思い詰めているようだったからね。きっと効果的だ」


「計算なのが気持ち悪いです」


 従者の素直な気持ちに、彼は苦笑いを浮かべる。


「心優しいご令嬢でよかったですね」


「なんのことだい?」


「アークヴィースト嬢が本気を出せば、花屋でトリテレイアの花を買い占めている人物を調べることもできるでしょうから」


 確かに、筆頭公爵家の権力に逆らえる人間など、この国にはそうそういない。


「花屋の主人には口止めしているよ」


 それでも彼は余裕を持っていた。


 彼女はそんな権力をふりかざすような真似はしない。


 なにより、思いつかないのだから。


「それで?調査の方はどうなっている?」


「進めていますが、やはり動機と、確実と言える物的な証拠がありません」


「……やっぱりそうか」


 思うように進まない。


 こんな時に、彼女がそばにいてくれたら。


 励ましてくれたら。


 そう思わない日はない。


 しかし、今の状態で会っても、彼女はきっと拒んでしまう。


 だから、タイミングを見計らう。


 いつか彼女に受け入れられたい。


 トリテレイアの花言葉、その1つは


『受け入れる愛』


 なのだから。




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