13.おねがい
『レティ、一度帰っておいで』
兄からの言葉で、レティシアの帰省は決まった。
帰省といっても、学園から公爵邸までは馬車ですぐの距離。
学園を休んで帰ることもできる距離だ。
なぜ呼ばれたのか。
なんとなく、理由はわかる。
学園内で、レティシアを非難する噂が増えているからだろう。
どう言えば伝わるだろう。
兄はともかく、父は、どう感じているのだろう。
それが怖かった。
馬車の中で自然と両手が重なり、強く握りしめる。
どうか、どうか。
父に見捨てられませんように。
「レティ!」
たくさんの使用人たちの中で、兄は待っていたかのように飛び出してきた。
「ただいま戻りました、お兄様」
そう挨拶をしている間に、レティシアはもう兄の腕の中に収まる。
「よく帰ってきたね。待ってたんだよ」
「……もうすぐ卒業ではありませんか。卒業すれば、寮も出られますのに」
「兄なら、妹には毎日会っても足りないくらいなんだよ」
この大げさな愛情表現を、公爵家の使用人たちは目を細めて見守る。
「お兄様が特殊なだけですわ」
鍛えられた胸板をぐっと押して、レティシアは自由になった。
スカートと髪を軽く整えていると、父が出てくる。
「ただいま戻りました」
「……あぁ」
相変わらず口数が少ない父だ。
何を考えているのかもわからない。
しかし、前回と同じ失敗は、してはいけない。
「お話がございます」
レティシアから話さなければいけない。
きっと何もかも知っているのだろうが。
「……」
父は何を言うでもなく、静かに頷いて踵を返す。
「行ってまいります」
兄にそう言うと、
「僕も一緒に行くよ」
兄からはそう返ってきて、兄妹2人で父の後を追った。
「学園内で、アークヴィースト公爵家への反感が強まっております」
父を前に、レティシアはひるまずに告げる。
相手は父親。
娘を悪いようにはしないだろう。
「ご迷惑をおかけして申し訳ございません」
「迷惑じゃないよ。レティは何も悪くないんだろう?」
隣から兄ヴィルヘルムが妹の手を取る。
「わたしに不手際がなければ、こんな噂がたつこともありませんわ」
レティシアを責めるばかりの噂たち。
この国の王太子を悪く言えないからなのだろうが、レティシアの心はどうなるのだろう。
「レティは何も悪くないよ。学園での成績もいいし、こんなにできた妹は、他にはいないからね」
優しい兄に微笑み、レティシアは父を視界に入れる。
相変わらず何を考えているかわからない表情。
かつて怯えたこともあったその顔は、なぜか今日は、怖くはない。
「噂については、どうにか抑えてみます」
「レティ、無理しないで」
再び兄に阻まれる。
「学生の本分は学業だ。学業に支障が出るようなことは、しなくていいんだよ」
学生の時から父の仕事を手伝っていた人間に、言われたくはない。
公爵家の後継者ではないから。
そうはいっても、彼女はこの国の未来を担う人間でもあるのだ。
「お父様とお兄様には、別にお願いしたいことがあります」
「お願い?なんだい?」
だからレティシアは、ちゃんと準備をしてきていた。
「こちらです」
持ってきておいた鞄から、大量の手紙を取り出す。
あの脅迫状たちだ。
「……」
父の顔が歪む。
あからさまに公爵家を非難するものを読んだのだろう。
「……これは?」
兄の声が、いつもよりもずっと低かった。
「毎朝わたしの部屋の前に置かれていたものです」
レティシアは冷静に話した。
ここで取り乱したくはない。
「これは、立派な脅迫だよ。罪にも問えるレベルだ」
「わかっています。ですから、お父様にお願いにまいりました」
「……言ってみろ」
「この脅迫状を書いた犯人を、つきとめてほしいのです」
学生では限界がある。
レティシアはそう判断した。
学園内部が関係していることは明らかだ。
だから内部からはレティシアたちがさぐる。
しかし外からの視点も必要だと、父と兄に協力を依頼することにした。
「友人が言うには、この脅迫状の犯人が、噂を広めている可能性も高いようです」
「……無関係ではないだろうね」
悪質な噂に、脅迫状。
学園で起きたこととはいえ、あきらかな犯罪だ。
大人の力を借りれば、犯人もただの注意だけではなくなるだろう。
そう狙ってのことだった。
「わかった。これらは預かってもいいかい?」
「はい」
レスリーが大切に保管していてくれてよかった。
「さ、レティシア。この話はここまでにして」
明らかに兄の声色が変わる。
「学園はどうだい?お友達は増えた?」
「……子どもじゃないのですから。でも、……そうですね。増えました」
「どんな人?」
「騎士を目指す方と、食べることが大好きな方です」
「あぁ、前に手紙で言っていた、レシピを渡した子かい?」
「はい」
兄と2人とはいえ、父の前でこんな話をするのは、未だに緊張する。
くだらないと怒られないか、いつも不安だ。
「レティが楽しいならいいんだ。学園生活も残りわずかだからね」
卒業パーティーがせまっている。
準備もしなければ。
「卒業パーティーのドレスは殿下から贈られるかな」
「念のため準備しておきますわ。側妃候補の方に贈られるかもしれませんし」
「……まだ、変わらないのかい?」
ロードリックの態度が変わったことなど、一度もない。
「お茶に誘われたことはありますわ」
「そっか。どんな会話を?」
「特には、何も。ただわたしがそばにいると不快だと。アイリス・コンラッド嬢といた方が楽しいと、そうおっしゃっておられました」
兄の顔が悲しそうに歪む。
傷つけられたのは、レティシアなのに。
「お兄様、そんな顔をなさらないでください。わたしは大丈夫ですから」
「大切な妹を傷つけられたんだ。僕は大丈夫じゃないよ」
なんて優しい兄だろう。
「お兄様がそうおっしゃってくださるだけで、充分ですから」
レティシアは微笑んだ。
久しぶりの自宅でレティシアが眠りについた頃。
ヴィルヘルムは父の書斎を訪れた。
「父上」
そう呼びかけると、父は何も言わずに顔を上げる。
「何かわかりましたか?」
レティシアからの“お願い”からわずか数時間。
しかし、たった数時間でも、調査が終わることがある。
「……巧妙に偽装されている。だが、すぐわかるだろう」
「レティが学園に戻ったら、専門の魔力の鑑定士を呼びましょう。その手紙に誰が触れたのか、わかるはずです」
魔力を持つ貴族階級以上の人間が触れれば、すぐにわかる。
それを専門にして仕事をする人間も、国にいるのだ。
その中でも優秀な人間を呼べば、きっとすぐにわかるはず。
そうすれば、妹の今後のわずかな学園生活は、明るいものとなるのだ。
「……レティシアを除いて、5人はいるだろう」
父からの言葉に、ヴィルヘルムは驚いた。
「おわかりになるのですか?」
「正確ではないがな」
充分ではないか。
「それから、……」
「父上、何か気になることが?」
「……あぁ。気になる痕跡がある」
公爵はそう言って、再びその手紙を見た。
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「……はぁ……」
「珍しいですね、ため息なんて」
雇い主をからかうように、レスリーが微笑みを向ける。
友人が学園を休むと聞いて、今日は雇い主のそばで働くことにするのだ。
「彼女は今日、公爵家に帰っているんだろう?」
「そうですね。あの脅迫状の件を相談するそうです」
「だからだよ……」
そう言って、もう一度深いため息を吐く彼に、レスリーはきょとんと首を傾げた。
「なぜですか?なにか都合の悪いことでも?」
「彼女の父親、アークヴィースト公爵はきれる人だ。魔力検知にも優れているだろうと思うと、……僕が関係していることが知られるだろうね」
この国でも高い位にいる男を知っているとは。
レスリーがそこに驚くことはない。
この雇い主ならそれも不思議ではないと知っているからだ。
「あぁ、こんなことなら、僕は触れずに、レスリーに読ませればよかったかな」
「イヤですよ、あんなおぞましい文章を読みあげるなんて」
レスリーの正直な答えに、彼は再びため息をこぼした。




