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1.はじまり

 

 豪華なシャンデリアに、豪華な装飾品があしらわれた会場。賑やかな卒業パーティー。


 王立アカデミーの卒業式といえば、エインズワース王国内の貴族たちの関心を集める行事の1つ。


 それ故、卒業生の保護者はもちろんそうでない貴族家も集まり、盛大なパーティーが催される。


 今年は特に、卒業生に王太子がいるということで、例年以上に盛大だ。たくさんの貴族たちが集まり、それぞれがにぎやかにパーティーを楽しむ。


 その中で、彼女はシャンパングラスを手に、静かに佇んでいた。


 彼女の名前はレティシア・ル・アークヴィースト。国王に並ぶ権力を持つアークヴィースト公爵を父に持ち、この卒業パーティーが終われば王太子妃として王宮に上がることが決まっている少女だ。そんな彼女の表情は、決して明るいものではなかった。


「怖い顔」


 そんな彼女の頬に、横から人差し指を突き刺す人物。そんなことをするのは1人しかいない。


「やめてちょうだい、レスリー」


 おそろいのドレスを着た親しい友人の手から身を引きながら、レティシアは答えた。


「あら、どうして?せっかくの卒業パーティーなのよ。楽しまなきゃ」


 この友人はわかっているのだろうか。この後に起きることを。


 レティシアは知っている。だからこそ、行動するのだ。もう二度とあんな悲劇を起こさないために。


 パーティーホールの隅で居心地悪そうに縮こまっている少女を見つける。


 本来彼女のそばにいるはずの男は、少し離れたところで友人たちと談笑中。レティシアが動くのを待っているのだ。許婚者とはいえ嫌な男だと、わずかに眉を寄せる。


 仕方がない。レティシアの方から動いてあげることにしよう。ゆっくりと一歩を踏み出した。


 彼女の言動は、その全てが人の目を惹きつける。筆頭公爵家の一人娘であり、王太子の許婚者というその立場もさることながら、美しい立ち居振る舞いが、人の目を惹きつけずにはいられないのだから。


「アイリスさん」


「ひゃっ、はいっ」


 壁の模様に同化していた少女アイリスに声をかける。王太子の髪色と同じ黄色のドレス。パートナーとしての証のはずなのに。


 彼女は緊張しているのか、それとも誰にも見向きもされない中で突然声をかけられ驚いたのか、あるいは両方か。声を裏返して返事をした。


「楽しいパーティーね」


「はい……」


 どこか複雑そうな表情をするアイリス。彼女は平民だ。こういう場には慣れていない。そしてそれ以上に、レティシアは彼女に負担を強いている。それが少しだけ心苦しかった。


「レティシア!」


 そしてそこに現れる男。現国王エドワード3世の一人息子である王太子、ロードリック・ラッセル・ラ・エインズワース。レティシアの幼い時から決められた許婚者だった。


 許婚者といっても、この国では親同士が決めた仮の婚約を意味する。いわゆる婚約者の候補、という状態だ。


「見苦しいぞ!」


 即座に切り替えて王族への礼をするレティシアに、ロードリックが荒い言葉を向ける。


「殿下、それはどういう意味でしょう」


「わからないのか?平民とはいえ、我が国の大切な国民の一人だ。そのアイリスをいじめるなど言語道断、国母に相応しいとは言えない!」


 あぁ。


 なんて得意げな声。


 自分が誤ったことを言っていることも、ちょっとしたミスさえも、気づいていないのだろう。


 頭を下げているせいで見えていないのに、鼻高々にした様子が目に浮かぶ。


「貴様との婚約は破棄する!」


 まだ正式に婚約が内定したわけではなく、許婚者という名の仮の婚約だというのに、その違いもわからないのか。レティシアは王太子妃になる前提で教育を受けてきたが、まだ断定した婚約ではないとわかっているのに。


「何の騒ぎだ」


 そこへ、息子の卒業を祝いに来ていた国王夫妻まで登場する。


「レティシア、頭をあげなさい。それでは話ができん」


「恐れ入ります」


 もう一度深く頭を下げ、国王の言葉に従う。


 レティシアの父である公爵よりもいくらか若いはずだが、白髪が混ざり始めていながらも美しい金色の髪を短く切り揃え、どっしりと構えることに特化したやや大柄な体格が目の前にそびえる。


「陛下におかれましては」


「挨拶はいい」


 せっかく覚えた挨拶の定型文も省略されてしまった。


 そんな夫の隣で、アイリーン王妃は穏やかに微笑む。息子にはほんの少しも遺伝していない優し気な瞳は翡翠、そして髪も瞳と同じ美しい色をしていた。やや痩せ気味なのは心配なところではあるが、大柄な国王の隣にいるからだろうと推察する。


「それで?いったい何の騒ぎだ、ロードリック」


「お騒がせして申し訳ございません、父上。この者の罪を暴いていたところでございます」


 顎をツンと突き出した、得意げな言葉。


「レティシアの罪だと?」


 それに対し、国王の声は冷静だった。


 罪なんて犯した覚えはない。が、ロードリックにとっては、レティシアが罪人でなければいけないらしい。


「この者は国民をいじめたのです!父上は日ごろから国民を大切にせよと仰っておられます。つまりこの女は、父上の言葉に反した行いをしています!」


 なぜレティシアを貶めたいのか。その理由はわかっている。


「レティシア、説明を」


「身に覚えがないことにございます」


「まことか?」


「陛下に嘘は申しません。殿下は、わたくしがアイリスさんに話しかけたことが、お気に召さないようでございます」


 お気に入りの、とつけなかっただけ偉いと褒めてほしい。


 少し離れたところから、レティシアの家族が心配そうにこちらの様子を伺っている。しかし、出てこないでほしいと伝えているからか、駆け寄ってくることはしない。ここで公爵やその後継者まで現れては、ややこしくなることに違いないからだ。


「殿下にそのようなご不満を抱かせてしまったことは、わたくしの不徳の致すところ。婚約破棄については、わたくしの父も含めて話し合った上で、それしかないとなれば受け入れましょう」


『どうか堂々と』


 あの手紙をくれた主は今もどこかで見守ってくれているのだろうか。


 今はあの手紙と家族の存在が、レティシアの心を支えてくれる。


「そして陛下、わたくしからもご報告がございます」


 レティシアはまっすぐにロードリックを見つめた。


「ロードリック殿下は、陛下のご期待を裏切っておられます」




 ―・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-



 ホールが大修羅場となっている外で、たったひとり、佇む男。彼を包む立派な衣服は、彼もまたホールに集う人々と同じ世界の住人だとわかる。ホールから漏れる明かりにのみ照らされたその姿は、シルエットさえもぼんやり滲んでいた。


 彼の手にはあるのは、大きな花束。彼は花束の匂いをそっと嗅ぎ、満足気に口元に弧を描く。


 彼の周囲には誰もいなかった。誰もがホールの中で行われる前代未聞の事態に目を奪われ、ホールから出る者もいなかったから。


 背中を預けていた壁からそっと離れ、花束を優しく握る。


 喜んでくれるだろうか。そんな期待に胸を膨らませた彼は、まるでダンスのような軽い足取りで、ホールに入っていった。



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