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 楊凌は『宇晨が宮中に戻ったことで、息子の不遇に嘆いていた暁宇の幽鬼が慰さめられた』など、暁宇の幽鬼が現れなくなった理由を適当に付けるつもりだった。さらに、宇晨の黎家への孝行ぶりなどを帝に知らせ、士官が許されなかった宇晨の待遇を改善し、宮中に呼び戻す一歩となればと考えていたのだが――。

 そこにとんだ横やりが入った。宇晨と共にやってきた自称仙人の胡散臭い道士が、すべて上手く納めてしまったのだ。

 本来、楊凌が道士の白孤星も一緒に連れて来させたのは、怪奇事件を解決した実力を見込んでというよりは、いざ計画が失敗した時に一番罪を被せやすいと考えたからだ。

 しかし、幽鬼騒動は孤星によって、楊凌の予想よりもはるかに円満に収まってしまった。


 ……あの男はどうにも気に食わない。黎家に居つき、宇晨とずいぶん親しくしているようだ。


 さらに宇晨もあろうことか、せっかくの帝の厚情を無駄にした。あのまま素直に官位を受け取っていれば、賤しい捕吏の身分から抜け出せたものを。

 楊凌は宇晨を詰りたかったが、何とか堪えたものだ。代わりに、城壁の外まで彼を見送る際、できるだけ軽い口調になるよう努めて苦言をした。


『まったく、お前は相変わらず頭が固い。せっかく士官できる機会だったのだぞ。お前は私と共にこの国を支えてはくれないのか?』

『殿下……』


 宇晨は目を伏せた後、静かに答える。


『官位が無くとも、私はこの国を支えたいといつも思っております。それに、捕吏になることを決めた私を孟府尹や皆が支え、一人前の仕事ができるように育ててくれました。その恩を返したいのです』

『……』

『官位を頂かずとも、陛下や殿下の恩情を頂けただけで十分です。私はどこに居ようと何者であろうと、この国を思い、殿下と共に支えていきたいと強く願っております』


 穏やかな声に虚勢は無い。伏せた目はどこか憂いを帯びていて、幼い時分の宇晨とは違う大人びた姿に、楊凌は少しばかり戸惑った。

 かつて共に学び、遊び、負けん気の強い子供だった宇晨。まっすぐな性格で、正義感が強くて心優しく、人のために怒ることができる。

 年上の皇子達に楊凌が理不尽な言いがかりをつけられた時、真っ先に宇晨が怒り、自分よりも身体の大きい皇子に飛び掛かっていった姿には呆気に取られたものだ。当時は子供同士で宇晨の方が小さかったから大事にならなかったが、さすがに周囲から強く叱られ、宇晨とひと月ほど会えなかった時にはとても寂しかった。

 目の離せない弟であり、頼りになる味方。

 ずっと可愛がっていた彼が、急に成長して手が離れてしまったようで、寂しさと悔しさを覚えた。

 面白くない気分になり、楊凌は手に持っていた扇を奥に向かって投げつける。

 宙を回転した扇は、奥に控えていた侍従によって受け止められた。


「殿下、八つ当たりはお止め下さい」


 いつもと違う侍従の声に、しかし楊凌は気にすることなく、ふんと鼻を鳴らした。


「そういうお前は、ずいぶんと機嫌が良さそうだな」

「滅相もございません。私の心は常に殿下と共にございます」

「戯言を。……これでまだしばらくは、耀天府で宇晨と共に働けるだろう。よかったな、景引」

「……」


 侍従の青年が顔を上げ、不敬にもにやりと笑った。きっちりと髷を結って官服を纏った彼は、汪景引だ。


 ――汪家の三男坊。

 高官を輩出する汪家において、優秀な兄二人と違い、怠け者で遊び人の彼は異端児だった。そんな不出来な息子をどうにかしてほしいと汪家の家長に密かに頼まれた楊凌は、初めはただの下級官吏として彼を使うつもりだった。

 しかし実の所、汪景引は兄二人に負けず劣らずの才の持ち主であった。厳しい家柄や親族の家督争いに嫌気がさし、わざと怠惰に振舞っていたようだ。

 思わぬところで彼の有能さに気づいた楊凌は、ちょうど考えていた案を実行することにした。

 当時、宇晨が耀天府で見習いからようやく捕吏となった頃であり、楊凌は景引を耀天府に送り込んだ。宇晨を近くで見守り、その様子を報告させるためだ。

 良くも悪くも良家の息子らしからぬ景引は、すぐに耀天府に馴染み、そして宇晨との距離を縮めていった。六年も経てばすっかり宇晨に信頼されるようになったようだ。飄々とした性格で、皇子である楊凌に対しても臆さない所は気に入っているが、毎回自慢げに宇晨のことを報告してくるのは少し気に食わない。

 ……黎宇晨という存在は、何かと人を惹きつける。

 愛想笑いも社交も上手くできない愚直な気質は、清い水に棲む美しい魚のようで、どろどろとした宮中ではきっと息もできまい。だが、息もできないくせに、決して折れることなく足掻くのだ。

 彼の生き辛さはいとしく見え、困難に負けない強さは眩しく感じる。荒涼とした大地に根を張って花を咲かせる野草のように、気高く儚げで守りたくもあるし、その逞しさに憧れることもある。

 幼い頃から宇晨を見て来た楊凌は、いつか必ず彼を手元に置きたいと願っていた。


 そう――かつて帝が黎暁宇を信頼し、重用したように。


 今回は最後の方で思惑が外れてしまったものの、宇晨の立場が以前よりも良くなったことは確かだ。


「……引き続き『報告』を続けろ。宇晨に気づかれぬようにな」

「はい」


 短い返事の後、景引は身を翻してその場を去った。その後ろ姿を眺めながら、楊凌は次の策を練るのだった。



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