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李将軍と暁宇――正確には暁宇の幽鬼と一体になった宇晨だが――の麗景殿での手合わせは、宮中でしばらく語られることとなった。
幽鬼となってまで朋友との約束を果たそうとした暁宇。その愚直さはいかにも彼らしく、かつての暁宇を知る者達を懐かしませたものだ。
二人の見事な手合わせと固い友情を目にした帝もまた、今までの頑なだった態度を軟化させた。口に出すことさえ憚られていた黎暁宇の名は、李将軍と共に西戎から国を守ったとして、再び歴代将軍の列に加わることになった。
また、暁宇の息子の宇晨は、父の御霊を慰め騒動を収めたことで、帝から特別に褒美を授かることになった。その際、宇晨は褒美として黎家の祠堂の修繕を願った。帝は宇晨の孝行ぶりに感心し、ならば特例として官位を与えようという話を出した。
しかしながら宇晨は、これを辞退した。
『陛下の御厚情には感謝の言葉もございません。しかしながら、私はすでに捕吏の身であり、官位を頂くことはできません。これ以上の過分な褒美は我が身に余ります。それに私のために陛下御自ら法律に背くことがあっては、父は大いに嘆き、きっと私を叱ることでしょう。官位の件は、どうかご辞退させて頂きたく』
その堅物さと愚直さに、せっかくの申し出を断られながらも帝は怒ることはなかった。やはり暁宇の息子だと、帝を含む宮中の者や武官達は苦笑したのだった。
一連の騒動が収まった宮城の一室で、楊凌は長い溜息を吐いた。
閉じられた窓の、細い格子の外を眺める。
「せっかくの好機だったというのに……宇晨め」
宇晨が官位を断った時、その場にいた楊凌は内心で歯噛みしたものだ。
――楊凌が李将軍の計画に協力し、さらに宇晨を騒動に巻き込んだのは、ひとえに宇晨が官位を得て宮中へ戻れるようにするためであった。
もっとも楊凌の計画では、ひとまずは己の父であり帝である楊威に宇晨の存在を思い出させ、印象付けることが目的だった。
時の流れは過去を遠くして感情を薄め、心身の老いは人を寛容にも頑固にもする。この十年の長い年月と多忙な政務の中、楊威の頑なさは消えることはなかったが寛容さは増えた。いつしか黎暁宇へ抱いていた怒りや悔しさも薄まってきたのか。時折、耀天府から上がる書状に載った『黎宇晨』の名に反応することがあった。
とはいえ、かつて黎暁宇に処罰を言い渡したのは楊威自身だ。己の尊厳もあり、彼が自ら黎暁宇の話を出すことは無い。だからといって楊凌が口を出して、父の不興を買っても困る。
そうして過ぎる日々の中、李将軍の帰還と彼を労う宴の話が出た。
李将軍といえば、かつて黎暁宇と共に西戎との大戦で活躍した一人だ。何かきっかけを掴めるのではと、楊凌はそれとなく宴の主催が自分に回ってくるように采配しておいた。
そうして李将軍に近づこうと思っていた矢先、蠟燭の話が出たのだ。
聞けば、李将軍は『黎暁宇のことを皆に思い出させるため』に幻覚を見せる蝋燭を持ち込もうとしていた。楊凌は苦渋の決断と思わせつつ、内心では好機を得たとばかりに李将軍の計画に乗ることにした。
開かれた宴で黎暁宇の幻が皆の前に現れ、その後騒ぎが起こることも予測はしていた。黎暁宇が幽鬼となって恨みを果たそうとしている、と皆が思うだろうことも。暁宇に対して、後ろめたい思いを抱く者は少なくないからだ。
予想通りに事は進み、皆が狼狽える中、楊凌は幽鬼騒ぎの解決のために宇晨の名を出した。
楊凌の提言は、不審に思われることは無かった。宇晨は暁宇の息子であるし、近頃都で起こっている怪奇事件を彼が解決していることも後押しとなった。
これで、宇晨が幽鬼の調査で宮中へ入ることが許された。彼がここにくれば、後はこちらから接触するだけだ。李将軍と共に、今回の騒動の原因を告白するのも一つの考えだった。楊凌は幼い頃から宇晨をよく知っている。優しく義理堅い宇晨なら、楊凌や李将軍を責めることなく許すことだろう。
そもそも、宴に現れたのは暁宇の幽鬼ではなく幻だ。蝋燭に火を付けなければ、もう二度と姿を見せることはない。幽鬼でも幻でもどちらでも暁宇が現れなくなれば、事件は解決したようなものだった。




