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(18)


 広間の中央で、黎明を構えた宇晨と、同じく直刀の剣を構えた李将軍が向かい合う。

 二人は互いの動きを見ながら、ゆっくりと足を運んだ。二人で陰陽図の円を描くように動きながら、間合いを取りつつも少しずつ距離を詰めていく。


「……」

「……」


 静寂の中、緊張は高まり、広間に集まった者達は固唾を飲んで二人を見守っていた。

 やがて張り詰めた糸を断ち切るように、李将軍が先に動いた。鋭く突き出された剣先を宇晨は黎明で弾いて流し、手首を返して白い刃を振るう。李将軍は向かって来た白刃を素早く引き戻した剣で受け、力強く弾き返した。

 二人の刃がぶつかる度に、高い金属音が広間に響く。

 老齢ながら辺境の地で国を長年守ってきた李将軍。

 耀天府で捕吏の任を務めて功績を上げている若き宇晨。

 立場も年齢も異なる二人が剣を打ち合う姿は、まるで師匠が弟子に稽古をつけているようにも、剣舞の練習のようにも見えた。

 最初は短く、互いの力を試すように断続的に打ち込まれていたが、次第に金属音は連続して響き、不思議と緩やかな流れを作る。気迫に満ちていても焦りはなく、どこか戯れのような余裕が垣間見えてきた。

 都を離れていた名将軍の腕前をこの場で見ることができ、幽鬼騒ぎも忘れて感動する者もいる。そしてそれ以上に、父親の形見である黎明を巧みに操る宇晨の姿は見ものだった。在りし日の暁宇を知る武官達は目頭を熱くする。


「まさか、黎明をまた見ることができるとは……」

「ふむ、李将軍はもちろんだが、宇晨もなかなかの使い手ではないか」

「おい見ろ、あの剣捌きを! 手首の返しなど、暁宇殿とまったく同じだ」

「ああ、懐かしい……」


 李将軍の一撃を受け流しながら、手首を返して迅速に反撃する。その手は、暁宇と手合わせした者達が幾度も見てきた彼の癖のようなものだ。

 そして剣の扱いもさながら、宇晨が相手をまっすぐに見据える目は暁宇そのもので、いつしか皆が、宇晨に彼の姿を重ね合わせていた。

 剣戟(けんげき)の風を受けた蝋燭が揺れて、宇晨の足元の影を揺らす。すると不思議なことに影は二つに分かれて、宇晨の細い輪郭を一回り大きな影が覆った。影と共に、実際に宇晨の周りにもゆらゆらとした陽炎のようなものが立ち、身体を覆う。


「あれは一体……?」

「何と……暁宇殿ではないか!」


 宇晨を覆う陽炎が、みるみる内に人の形を取る。うっすらと透けてはいるが、それはまさしく暁宇の姿であった。

 角ばった頬骨に逞しい体躯、禁軍の鎧を身に纏った彼の姿に一同は目を見張る。だが、以前のような悲鳴は上がらなかった。

 なぜなら、暁宇の顔には喜びの笑みが浮かんでいたからだ。

 実直な彼が親しい者に見せる気さくな笑みは、剣を交わす李将軍に向けられていた。それを見返す李将軍の目尻の皺も深くなる。

 互いに真剣な目をしながらも、時折笑みを零して心底楽しそうに手合わせをする姿は、ただただ皆の胸を熱くした。

 今まさに、二人が交わした約束が果たされているのだ。

 それを境に、決着をつけるためか、剣戟の音が激しくなる。

 笑みが消え、決死の顔で二人は打ち合う。激しい剣舞のような打ち合いは最初こそ互角だったが、やはり年の功か経験の差か。李将軍の勢いが、宇晨――もとい暁宇を圧倒する。

 やがて李将軍が大きく振るった剣が、黎明を弾き飛ばす。黎明は回転して宙を舞い、刃が蝋燭の灯りを反射して光った。


「……腕が鈍ったな、暁宇」


 李将軍は手厳しく言うが、その顔には、泣いているようにも見える穏やかな笑みを湛えていた。

 そんな李将軍に、暁宇は「降参だ」と困ったように笑う。そうして黎明が床に落ちた後、皆が見守る前で、暁宇は再び陽炎のように姿を消したのだった――。



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