(17)
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三日後の夜。
麗景殿には、先の宴に参加していた者が揃っていた。さすがに宴の用意はされておらず、皆立ったままで不安げな顔つきをしている。
体調が回復した皇帝も、奥の高い段に設けられた席に座していた。顔色はいつも通りながらも、表情はやはり少し硬い。
その帝の視線の先にいるのは、広間の中央に跪いて拝礼する若い男だった。
帝に面を上げるよう促された男が顔を上げる。その美しく整った風貌は、月光のように静謐で冷たく冴えていた。古風な深衣を纏い、装飾は地味な玉の簪一つだけ。美しい黒髪を垂髪にして背に流した姿は、俗世から離れて隠居する風流人のようだ。
彼は数多の高官や武官達に囲まれながらも泰然と構え、宮廷の礼にのっとった挨拶を述べる。その堂々たる姿は、若さに似合わず落ち着いたものだった。
彼の名を白孤星といい、最近都を騒がせた奇怪な事件を解決に導いた道士だという。孤星は再度拝礼した後、目線を下げたまま厳かに陛下に告げた。
曰く――
黎暁宇の幽鬼が現れた理由は、かつて深い親交のあった李将軍との約束を果たせなかったせいである、と。
遠く離れた夏州から李将軍が都に戻り、さらに暁宇の話が出たことがきっかけで、幽鬼は彼への恩義と未練を抱いて現れたのだと、孤星は続けた。
帝は胡乱な表情で尋ねる。
「約束とは?」
「手合わせの約束でございます。高名な将軍で武勇に優れたお二人は、度々手合わせをされていたと聞きました。そして、李将軍が夏州の任から戻ったら勝負をしようと、そう約束をされていたとも」
孤星の言葉に、帝は武官達の横で一人佇んでいた李将軍の方を見やる。彼は拱手して頭を下げ、「はい」と言葉少なに答えた。
「そこで黎暁宇殿の未練を晴らすため、今宵、李将軍にその約束を果たしていただきたく思います」
孤星は何事もないように言うが、すでに片方は鬼籍に入った身だ。手合わせなどできるはずがない。
皆が戸惑う中、来訪を知らせる宦官の声が響いて、第四皇子の楊凌が広間に入ってくる。その後ろには楊凌の侍従だけでなく、一人の青年が連れられていた。
現れた青年に、その場にいた一同はわずかにざわついた。なぜなら彼は、亡き暁宇の息子である、黎宇晨だったからだ。
立ち止まった楊凌の斜め後ろで、宇晨は跪いて拝礼した。
「臣、黎宇晨、陛下に拝謁いたします」
「……面を上げよ」
宇晨は帝に感謝を述べて立ち上がる。その宇晨に、侍従が一振りの剣を差し出す。受け取った宇晨は、それを両手で掲げた。
それはまっすぐな刀身の直刀だった。古いながらも手入れされた鞘に納められ、刀身は細く、長さ三尺(九〇センチ)ほどの片手剣である。剣の柄の先端には刀環と呼ばれる輪っかの装飾がついており、精巧な彫り物がされ、その輪の中には白く輝く玉が嵌め込まれていた。
よく見覚えのあるそれに、帝は目を瞠る。
「それは……」
「『黎明』でございます」
楊凌が言葉を引き継ぐように答え、剣を掲げたままの宇晨を示す。
「陛下。黎暁宇の代わりに、息子であるこの黎宇晨に李将軍の相手をさせてはどうでしょうか?」
楊凌は、暁宇の形見である『黎明』を息子である宇晨に使わせ、李将軍の相手をさせるよう進言した。
「暁宇殿も、息子の勇姿を見ることができれば、なおさら未練を残すことなく、この世を旅立つことができるかと思われます」
「ふむ……」
帝は口髭に手をやり、しばらく思案した後に宇晨に声を掛ける。
「宇晨、そなたはどうだ?」
「陛下、お答えいたします。私は父には到底及ばぬ腕ではございますが、父の御霊のためにも、ぜひともこのお役目を任せていただきたく存じます」
揺るぎない声で答えた宇晨に、帝は目を閉じて息を吐いた後、重々しく頷いた。
「……では、其の方らに任せるとしよう」




