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  ***


 小休憩の後、孟開は茶杯を置いて尋ねてくる。


「それで、事件の方は? 奇妙な遺体が出たと聞いたが……」


 今朝早くに耀天府に届けられたのは、都の郊外の荒れ寺で妙な遺体が見つかったという連絡だった。荒れ寺を棲み処にしていた浮浪者が見つけて、慌てふためいて役所に届けにきたのだ。

 動転した浮浪者から聞かされる話は半信半疑であったものの、難事件を幾つも解決し捜査に慣れた宇晨の班が担当することになり、朝から急いで荒れ寺へ向かった。

 そこで宇晨達が見たのは――。


「首無し遺体か」

「はい。荒れ寺の裏庭に、頭部の無い男の遺体がありました」


 その不思議な遺体の姿は、今も目に焼き付いている。捕吏になってからというもの、宇晨は多くの死体を見てきたが、今回はその中でも特に奇妙なものだ。

 庭の中央で仰向けに倒れた男の遺体には、頭が無かった。

 首は骨まで綺麗に切断されていて、断面の赤い血肉の中に見える白い骨が作り物のように見えたくらいだ。


「周囲を隈なく探しましたが、頭部は見つけられませんでした。遺体は新しく、移動させられた様子もない。昨晩遅く、あの荒れ寺で何者かに襲われ、首を切られて持ち去られたのでしょう。荒れ寺にいた浮浪者も、昨日、陽が落ちる前には遺体は無かったと言っていました」


 首を切られた時の血の跡以外、遺体は綺麗な状態であった。

 他の場所で殺されてから移動し、荒れ寺に置かれたとしたら身体や着物に必ず痕跡は残る。さらに周囲にも跡が残るはずだが、地面には本人の足跡以外に目立った物はなかった。


「身元は?」

「確認中です。何しろ頭が無いので顔が分からず……医師の見立てでは二十代の若者だと。中肉中背で栄養状態は良く、着物も装飾品も質が良い。手足の皮膚の固さや痕を見ると、労働をしたことがない裕福な家の公子かと。懐に入っていた財嚢に『(グオ)』の刺繍があったので、該当する家を回らせています」


 裕福な商人や官吏で『郭』の姓である家に、遺体が身につけていた着物や装飾品を持つ公子がいるか、景引含む班の者達が手分けして探している。


「財嚢や装飾品が残っているのなら物盗りではないな。まあ、物盗りがわざわざ死体の首を切り落とす理由も無いか。怨恨か?」


 なぜ首を切ったのかも謎だが、一番の謎はどうやって首を切り落として持ち去ったかだ。


「医師は、首は刃物で切られたわけではないだろうと……」


 刃物で切る場合は、片側から力が加えられる。しかし切り口は両側……というより首の周り全面から力が加えられて、内側に皮膚が食い込んだ状態で切られていたのだ。

 そう、例えば糸のような物を首に巻き付けて(くび)り、そのまま切り落としたのではと検死をした医師は言っていた。

 だが、柔らかな豆腐やゆでた卵ならばともかく、人の首の骨まで断つ糸など見たことも聞いたことも無い。弓の弦のように丈夫なものであれば可能かもしれないが、それには相応の力を必要とすることだろう。人の力でできるとは到底思えなかった。


 宇晨の言葉に、孟開は訝しげに太い眉を顰める。


「奇妙なことだな。しかも首をわざわざ持ち去ったとなると、よほどの怨みがあったのか、他の理由があるのか……」

「ひとまず、身元が分かれば犯人の動機も見えるやもしれません」


 身元を調べる景引達の聞き込みの結果はまだ出ていないが、あと一つ、大きな手掛かりがある。


「遺体の着物の袂に、妓楼の『華札(はなふだ)』がありました」


 宇晨は懐に入れていた布を取り出す。

 机の上に乗せて開くと、中から縦三寸(約十センチ)、横一寸(約三センチ)の木の板が現れる。漆塗りの黒い艶のある板には『精華楼(せいかろう)』と金色の文字が書かれ、裏には柳と燕の絵が描かれていた。

 これは華札といい、ここ数年、都の妓楼で流行しているものだ。

 華札を持つ客は、妓楼で特別な待遇を受け、お気に入りの妓女を待たずに呼ぶことができると評判である。妓楼遊びに興じる者達はこぞって通い詰め、華札を手に入れることが彼らの自慢となっていた。また、それぞれの妓楼も趣向を凝らし、美しい彫り物や絵を入れた華札を売りにして客を集めている。

 よほどの常連、しかも上客でなければ持てないものだ。また、華札にはお気に入りの妓女を表す印――華印があるので、どの妓女の常連客だったか分かる。

 辿れば身元に繋がるだろうし、被害人の詳しい話も聞けるに違いない。

 孟開は華札をしげしげと見る。


「ふむ……色好みの者であれば、女の怨みを買っているやもしれん。奇怪な死に方をしたのであれば、幽鬼に祟り殺されたのかもな」

「……」

「どうした宇晨、顔が青いぞ。はは、お前は幼い頃から怖い話が苦手だったものな。夜に厠に行けなくなっては母上を起こして……」

「孟府尹、冗談が過ぎます。人が亡くなっているのですよ」

「そうだな。すまん、許せ」


 すぐに非を認め、太い眉を下げて謝る孟開に、宇晨は小さく苦笑交じりの息を吐く。

 孟開と二人で話していると、ついつい昔と同じ感覚で接してしまうのが双方の悪い癖だ。いくら気を許せる間柄でも、今は耀天府で働く上司と部下であり、適度な距離を保たねばならない。

 ……こう考えていることを知られれば、また『堅物』と称されてしまうのだろうが。

 宇晨は気を引き締め、華札を布に包みなおして懐にしまい、立ち上がる。


「日が暮れる前に、精華楼に行って参ります。聞き込みが終わり次第、ご報告を」

「うむ。遅くなるようであれば、報告は明日の朝で良い。他の者にもそう伝えよ」


 孟開の言葉に拱手を返し、宇晨は精華楼に向かった。



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