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(3)


  ***


 ふっと目が覚めた。

 外から何か音がしたような気がしたのだ。

 気のせいだと再び寝付くことはできず、宇晨は牀榻から降り、緊張した面持ちで戸口に向かった。

 今夜、父は不在だ。いつも通り朝に宮殿に出仕したが、急な任務が入って今夜は戻れないと夕方頃に下男が伝えに来た。

 もしも賊の類が侵入しているのなら、黎家の長子であり、唯一の男子である自分が、家族を守らなければならない。


 ――大丈夫。禁軍将軍の父に日頃から鍛えられているのだ。賊の一人や二人、どうってことない。


 宇晨は己を鼓舞し、護身用の剣を手に外へ出た。

 音は家の裏手からするようだ。建屋を繋ぐ回廊を、足音を立てないように進む。音がするのは、奥庭にある厩からのようだ。

 黎家では二頭の馬を飼っていて、宇晨も時折彼らの世話をしていた。月明かりを頼りに厩に近づく中、ふと、厩の建屋に身を寄せるように、黒い塊があるのが見えた。

 輪郭からして、人が蹲っているようだ。それほど大きくないことから、おそらくは子供だろう。

 もしかしたら、物乞いの子供が勝手に入ってきたのだろうか。

 とはいえ、黎家がある区画は都でも良い立地であり治安は良く、物乞いの姿もほとんど見かけない。それに、家は石塀に囲まれて戸締りもしているから、入り込むのは難しいはずだ。

 少し不思議に思いながらも、相手が賊でもなく大人でもないことから、宇晨はわずかに肩の力を抜いた。

 蹲る子供に近づくと、子供がはっと顔を上げた。

 暗いからはっきりとは分からないが、自分と同じ年頃か、少し下くらいだろう。黒い外套に包まれた小さな身体がびくりと震える。随分と怯えた様子と、鼻を掠める血の臭いに宇晨ははっとした。


「どうしたんだ、怪我しているのか?」

「あ……」

 

 目深に被った外套の下から覗くのはまだ幼い顔立ちで、恐怖に満ちていた。宇晨は「心配するな、何もしない」と言って、ゆっくりと身を屈める。子供は相手――宇晨が同じ子供であることに気づいたのか、表情からわずかに強張りは解けたものの、大きな目には怯えがあり、不安げに瞬く。

 宇晨は安心させるように笑みを浮かべた。


「怪我の手当てをしよう、薬を持ってくるから……」


 そう言って、子供に触れようとした時だった。

 強い力で肩を掴まれて、後ろに引き戻される。咄嗟に持っていた剣を振ろうとしたが、止められた。素早い動きで剣を取り上げられ、声を上げようとした宇晨は目を見張った。


「……父上?」


 父が、険しい顔で宇晨の後ろに立っていた。

 外套の下には禁軍の鎧を付けたままだ。そして、そこからはより強い血の臭いがした。


「ち、父上……一体どうなされたのですか? 怪我を……?」

「宇晨、部屋に戻れ。お前は何も見なかった、知らなかったと答えるんだ」


 冷たく固い声が、宇晨の耳朶を打つ。

 今まで見たことも無いような父の表情に足が竦んでいる間に、部屋に戻るよう肩を押された。宇晨の横を通り過ぎた父は、持っていた荷を馬に括りつけた。さらに、蹲ったままの子供を抱き上げて馬の上に乗せる。


 父上、どこに行くのですか。その子は誰なのですか。


 問いかけることもできないまま宇晨が立ち尽くしている間に、父は手綱を引いて馬を進め、裏門から出て行ってしまう。

 馬上の子供がこちらを振り返る。父は振り返らず、門はゆっくりと音もなく閉じられた――。


 そして瞬きをした後には、今度は父の牀榻の前に立っていた。天蓋の帳の下がった向こうにいる父に、宇晨は話しかけている。


「父上、どうして、あのようなことをしたのですか。どうして逆賊を庇い、家族を苦境に追いやったのですか」


 帳の暗闇の向こうにいる父はやけに小さく見え、「すまなかった」と謝る声だけが響く。

 宇晨の憧れる強い父とかけ離れた姿が、悔しくて、悲しかった。

 だから宇晨は残酷に問い詰めたのだ。

 諸刃の剣のように、互いを傷付けるだけの言葉を、子供の宇晨は口にしたのだ。


「父上は、私よりもあの子供の方が大事だったのですか――」



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