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  ***



 大蛇の身体は大部分が燃えてしまい、巨大な骨と焦げた肉の断片しか残らなかった。岩山の洞窟から縄を下ろし、巨大な空洞へと降りた耀天府の捕吏達や都の警備兵達は、その大きさに驚き、慄いたものだ。

 耀天府は、今回の天門観での失踪事件を以下のように結論付けた。


 ――天門観の岩山には巨大な洞窟があり、大蛇が棲んでいた。大蛇を飼っていたのは天門観の道長である宋金麟。彼は『仙人になれる』と言って道士達を集め、試練と偽って彼らを岩山の洞窟に送り込み、大蛇の餌にしていた。しかし耀天府によってその悪行が明らかにされ、大蛇は退治された。宋金麟は大蛇と共に燃えて自害し、骨も残らなかった……。


 本当は宋金麟も犠牲者の一人で、大蛇が彼に成りすましていたわけだが、おそらく信じてはもらえまい。宇晨は悩んだ末に少しだけ事実を変えて報告書を出した。

 報告書を読んだ(じょ)推官は「そんな化物が本当にいるわけない」「夢でも見ていたのだろう」と相変わらず皮肉を言っていたが、実際に大蛇の骨が耀天府に運ばれてくると押し黙ったものだ。

 耀天府は空洞にあった人骨もすべて回収し、天門観で行方が知れなくなった者達の身元を確認して、それぞれの親族に連絡した。

 親族の中には、残酷な事実に打ちひしがれる者もいれば、むしろ仙人なったという妄想よりも生死がはっきりとして良かったと、悲しげながらに安堵する者もいた。


 その中には、丁恩の妻である何芙蓉と息子の丁洋の姿もあった。芙蓉は泣き崩れていたが、丁洋は黙ったまま、並べられた幾つもの骨を見下ろしていた。

 大蛇に食われた犠牲者の数十人分の骨は、前庭の広場の端に広げられた白い布の上に並べられている。さすがに数が多く、破損されているものもあって、どれが誰のものか判別するのは難しい。今後、彼らの骨は一緒に埋葬される予定だ。

 どれが父親かも分からぬまま、死んだという事実だけ突き付けられた丁洋の拳は固く握りしめられ、細い肩は小さく震えている。

 事後処理で忙しく動いていた宇晨は、ふと、丁洋が身を翻して走り去る後ろ姿に目を留めた。側にいた部下に報告書の束を預け、少年の後を追う。

 耀天府の裏庭でようやく追いついて、丁洋の腕を掴んだ。


「丁洋」

「っ、ちくしょう……仙人になるとか言って俺達を捨てたくせに、結局化け物の餌になってさ……馬鹿だよ。父さんは、本当に馬鹿だ。勝手にいなくなって、勝手に死んで……俺は絶対に許さないからな……!」


 丁洋は言いながら、乱暴に宇晨の手を振り払った。大して力を入れていなかった宇晨の手は簡単に外れる。宇晨はしばらく丁洋を見下ろした後、静かに口を開く。


「そうだな、許さなくていい。今は、それしかできないだろうから」


 宇晨の言葉に、丁洋は赤くなった目を吊り上げて睨んでくる。


「あんたに何が分かるんだよ!」

「私も父を許せなかったことがある。なぜ家族を窮地に追いやるようなことをしたのかと、恨んで、責めて。父が亡くなった後も、恨んでいた」

「え……?」


 丁洋が戸惑いの色を見せる中、宇晨は言葉を続けた。


「そのうちに、恨むだけではなくて、悲しくなった。そんな時はちゃんと悲しんだ方が良い。無理に恨みに変える必要はない」


『宇晨、お前は本当に、父親を恨んだままでいたいのですか?』


 かつて、宇晨が祖母から言われたことだ。

 尊敬していた父親が亡くなって、黎家が落ちぶれて、周囲からの蔑みや好奇の目に晒されて。宇晨がやり場のない感情を持て余して怒りを見せた時、祖母は向き合ってくれた。

 悲しみも寂しさも辛さも悔しさも、すべてを怒りと恨みに変えて前に進もうとする宇辰の腕を引き、その歩み方でいいのかと何度も問いかけ、道を踏み外すことの無いようにしてくれた。


『お前は本当に、暁宇を……父親を敬愛しているから』


 厳格な祖母が見せた、優しくて、それでいて寂しそうな笑み。それを見て、宇晨はやっと己の抱いていた怒りの理由を知った。


「……恨むのも、悲しむのも、お前が父親をちゃんと好きだったことの証だ。それは否定しなくていい。悲しかったら悲しいまま、怒っても泣いても構わない」

「……」


 淡々と話す宇晨を見上げていた丁洋の目から、ついに大粒の涙が零れた。


「……お、俺……俺だって……!」


 しゃくりあげる丁洋の肩を、宇晨は軽く何度か叩いた。丁洋の肩は、あの頃の宇晨よりも小さくて、頼りない。だが、宇晨は力づけるように強く握る。


「丁洋、母親と共に支え合って前に進め。できるな?」

「あんたに……言われなくても……!」


 ボロボロと泣きながらも負けん気で返してくる丁洋に、宇晨は苦笑して「お前は強いな」ともう一度肩を叩いた。



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