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 もっとも、孤星は奥を塞いでいた大蛇の胴を難なく吹き飛ばして、ここへ降りてきた。それに伴って、穴を塞いでいた大蛇の身体が剥がれて、他の道士達にも知られることとなったのか。

 大蛇を見た道士達の悲鳴が上がっては、声が遠ざかっていく。皆、洞窟の外に逃げていったのだろう。

 ひとまずこれで他の犠牲者は出なさそうだと、宇晨は少しほっとする。


「それにしても、なぜふた月に一度、わざわざ試練の名目を立てたんだ? 人間を食いたいのなら、いつでも試練で洞窟を使わせればいいだろうに」

「頻繁に人が消えれば、さすがに疑われる。さっきも言っただろう、大蛇が自分の存在を知られ、圧倒的に多い数の人間に退治されては敵わないからね。それに、しょっちゅう誰かが仙人になっては、ありがたみも無くなるというものだ。希少にすることで人はより集まるし、何より自分好みの者を選ぶことができる――」


 孤星はそこでいったん言葉を切り、宇晨の腰に素早く手をかけて引き寄せる。大蛇がようやくこちらに気付いて襲ってきたのだ。

 孤星は宇晨の腰を片腕で抱え、再び軽々と飛び上がった。荷物のような扱いに宇晨は文句を言いたかったものの、目の前を過ぎる巨大な鱗の波に息を呑み、口を閉じた。


「大蛇は人間なら誰でも食べたいわけじゃない。選んでいるんだよ。……君のように『(ひのえ)』の年の生まれの、陽の火の気が強い人間をね」


 孤星は大蛇の背後に降り立ち、傍らに下ろした宇晨を間近で見下ろす。


「この岩山は金の気が強い。闇の中で大蛇は陰の金の気をたっぷりと浴び、吸収してきた。だから陽の火の気を欲したのさ」

「おい、おかしくないか? お前が以前言っていただろう。火は金に強い、金は木に強いと。お前が岩山の金を苦手にしたように、大蛇も火の気を持つ俺を苦手とするはずだ」

(ハオ)! 小晨、よく覚えていたな。えらいえらい……っと、危ないじゃないか」


 頭を撫でてくる孤星の白皙の顔に向かい、宇晨は無言で拳を振るった。

 あっさりと避けられてしまったが。


「こんな時にふざけている場合か!」

「余裕があると言ってくれたまえ。まあ、そろそろ片を付けた方がいいのは確かか。逃げた者が人を呼んできたら、邪魔になるだけだ。

 五行において、たしかに火と金は相克の関係だ。しかし十干(じっかん)においては、陽の火の気を表す『(ひのえ)』と陰の金の気を表す『(かのと)』は、実はとても相性がいい。まったく逆の気を持つ二つの干支(かんし)が出会った時、干合(かんごう)が起こって調和するんだ。

 大蛇の陰の金の気は強すぎた。そこで、陽の火の気の強い、丙の生まれの人間を食べることで気を調整していたのだろう。男ばかりが犠牲になっていたのも、男が陽の気を内包しているからだ。夕餉の時に宋道長が語っていたように、大蛇も『食事』で五行を整えていたわけさ」


 登仙を餌に多くの人間をおびき寄せ、集まった中から丙の年の生まれの者を選び、試練を受けさせる。

 元々道士でもなかった丁恩もまた、その犠牲になった者の一人だ。


「そして小晨、君は男で、丙午(ひのえうま)の年の生まれ。……ひょっとして、夏の生まれかい?」

「あ、ああ。なぜ知って……」

「夏もまた、『火』の気の強い季節だからね。生まれた日や時間、季節、方角……条件が揃い、とても強い陽の火の気を持つ君を宋道長……もとい大蛇は逃したくなかった」


 道観の偵察に来た宇晨に声を掛けて滞在を勧め、試練を早めてまでも、宇晨を己の元へと引き寄せた。

 大蛇にとって、宇晨はとても魅力的な『食事』だったのだ。


「新月の晩は、もっとも陰の気が強くなる。その時に陽の気を取り込むのが一番良い。大蛇にとって、今宵は最高の一夜になるはずだったが……」


 寸前で目の前のご馳走を奪われた大蛇は、怒りに全身をくねらせて、先ほどよりも早く背後の宇晨達に気づいて攻撃を仕掛けてくる。

 孤星に小脇に抱えられ、荷物のように移動させられる宇晨は怒鳴った。


「丙だとか陽の気だとか、それはもういい! どうすればあいつを倒せる? 前に琵琶を壊した時のように、何とかできないのか⁉」


 孤星の片手に握られた扇を示すが、首を横に振られた。


「あそこまで大きくなった妖魔では、傷はつけられても仕留めるのは難しい。木は金に弱いと言っただろう。おまけにこの靄は金の気に満ちていて、私の本来の力が出せない」

「お前……肝心な時に役に立たないな。扇が駄目なら刃物はどうだ? 小刀なら……」

「刃物は金。金と金で相殺されるだけだ。それでは小さすぎて、文字通り刃が立たまい」


 どうしようかねぇとのんびり呟きながら、孤星が跳んだ。宇晨の足元を、大蛇の尾が掠めて岩を抉る。今や大蛇は、全身を使って宇晨達を壁際に追い詰めようとしていた。

 先ほどよりも荒っぽい着地のせいで、宇晨の腹に回っていた孤星の腕が食い込んで一瞬息が詰まった。


「っ……おい! 金は火に弱いんだろ。さっきも、大蛇は火を怖がって近づいて来なかった。何か燃やすものはないのか? お前、袖にいつも何か入れているだろう!?」

「ああ、酒と杯、つまみの堅果と、符と木札が少々……」

「役に立たない仙人だな!」


 悪態をつきながら、宇晨は自分が持っている物を取り出す。油の入った筒、畳んだ天灯、火折子、細縄……。

 孤星は目を見張り、破顔した。


「さすが(リー)捕吏、如意乾坤(にょいけんこん)袋よりも有能じゃあないか! ……うん、これがあれば上手くいきそうだ」


 孤星はにやりと笑った。



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