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 ***



 それから数日後の夕餉の席のことである。


「次の新月の晩に、小洞天にて試練を行う」


 唐突に宋道長が告げると、食堂に集まっていた道士達はざわめいた。彼らの視線を受けながら宋道長は口を開く。


「本来はふた月に一度ですが、前の望月が普段よりも大きかったことを皆覚えているでしょう。その反動で次の新月はより闇が深くなり、気が増すのです。ここに集まった皆の修練も日々の修行で高まっており、この機を逃すのは勿体ないと考えました」


 彼の言葉に、道士達は期待に満ちた目線を交わす。


「選抜した者の宿坊を後で訪ねます。その際に試練を受けるか否かの返答を」


 それだけ言って、宋道長は食事を再開した。皆も同じように箸を動かすものの、食堂には浮き立った空気が漂う。

 宇晨が隣の孤星を見やると、彼はしたり顔で、茸入りの包子(パオズ)を上品に齧った。




 その晩遅く、孤星と宇晨の部屋の扉が叩かれた。静かに入ってきたのは宋道長だ。


(バイ)道士、夜分に失礼いたします」

「これは宋道長、どうされましたか」


 孤星が卒なく招き入れる。蝋燭を付け、「小晨、白湯を」と用意させようとする孤星に、宋道長は手を軽く振って断った。


「結構です。お話が済みましたら、すぐに戻りますから」


 扉を閉めた宋道長は、孤星と宇晨を交互に見る。


「お二人とも、次の新月の試練を受けませんか?」

「……それはとても有難いお話ですが、私達はまだこちらに来たばかりで修練が足りません。もっとふさわしい者が他にいるのではありませんか?」


 孤星が困惑しながら答えると、宋道長は「ご謙遜ならさずに」と笑む。


「お二方とも、かの有名な『白月観』の門弟であり、十分な資質があります」

「とはいえ、まだこちらに来てひと月も経っていないというのに、他の皆さんを差し置いて試練を受けるわけには……」

「修行の時間は関係ありません。ここでは、よりふさわしい者が仙境へと行けるのです」


 熱心に言う宋道長に、孤星はなおも遠慮するように目を伏せていたが、やがて頷いた。


「ならば、せっかくの貴重な機会です。ぜひともお受けしたい。わが愚弟にも機会を与えて下さったことに、感謝申し上げます」


 孤星が頭を下げる隣で、宇晨も頭を下げる。宋道長は穏やかな笑みを深め「ああ、それはよかった」と頷き、部屋を出て行った。




 遠ざかる足音を聞きながら、宇晨は詰めていた息を吐き出す。自分でも知らぬうちに緊張していたようだ。


「……まさか本当に、お前の言う通りになるなんてな」


 洞窟に入る方法を思いついた――。

 数日前、孤星はそう言った後、宇晨にある事を命じた。


 それは、耀天府の者を白月観からの使者に装わせて、小晨こと宇晨を呼び出させるというものだった。

 理由はともかく、その夜、宇晨は急いで暗号文をしたためて、回廊の灯籠の一つに入れておいた。そうすれば翌日、耀天府の者が回収してくれる。

 そうして二日後、天門観に来客があった。白月観の使者を名乗るのは、変装がすっかり堂に入った様子の景引だ。白と黒の白月観の道着とよく似たような服装を纏い、険しい顔を作った景引と共にその場を離れて、前庭の隅で話すふりをする。その後、景引は帰り、宇晨は孤星の元へ急いで向かう……というのは一連の小芝居である。

 そして、孤星は宋道長の元へ向かってこう告げるのだ。


『小晨が勝手に道観を抜け出して他の門派に入ったことを知った白月観の道長が、憤慨して連れ戻せと言っている。そのため、小晨が白月観に戻ることになった』――と。


 宇晨は最初耳を疑った。あれだけ協力すると言っておいて、天門観での捜査を中断させる気かと思っていたが、孤星は「私に任せなさい」の一点張りだった。

 どうなることかと冷や冷やしていたが、まさか宋道長が二月に一度のはずの試練を早めてまで、孤星と宇晨を参加させるとは。


「……いったいなぜ、宋道長はそこまでして俺達に試練を受けさせようとする?」


 考えられるのは、すでにこちらの正体がばれていて、試練と称して始末するための罠だということだ。

 罠であれば、誘いに乗るのは危険だ。しかし、人が消える絡繰りを知るためにもこの機会は逃せない。上手くいけば、事件に関与している者達を一網打尽にできる。


「これが罠なら好都合だな。人がいなくなる仕掛けも分かるし、行方知れずになった者を見つけることができればいいが……」


 罠だと恐れている場合ではない。意気込む宇晨を、孤星はゆったりと扇を動かしながら眺めやる。


「やれやれ、君は罠だと思っているのかい?」

「他に何の理由がある?」

「罠ではなく、君に本当に資質があるからだよ。宋道長に選ばれる資質がね」

「馬鹿言え。そもそも道士ではないし、仙人になるつもりもないのに、なんの素質があると言うんだ。それが本当なら、宋道長はよほど見る目がないことになるぞ」

「ふふ、それはどうかなあ」


 孤星は意味ありげに見てくるが、宇晨は馬鹿馬鹿しいとそっぽを向いた。くだらないやり取りをするつもりはなく、試練当日の計画を練ることに集中する。

 だから、孤星が白い扇に隠れた口元で呟いた声は彼に届くことはなかった。


「まあ……ある意味、罠ではあるね」


 それは、喉から手が出るほど欲しい獲物を手に入れるための罠である、と。



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