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「……」


 冗談か真実か。いや、ここで事の真偽を問うても仕方がない。いまだに孤星が本物の『仙人』だと信じることはできないが、只者で無い事だけははっきりしている。

 宇晨は孤星を改めて見やった。

 見た目だけで判断すれば、宇晨とあまり変わらない、二十代半ばから後半といったところだ。五十年、百年と気軽に言っているが、本当は一体幾つなのだろうか。


「お前はいったい何歳なんだ? どうやって仙人になった? 生まれはどこだ?」

「おや、そんなに私のことが気になるかい?」

「答える気が無いなら別にいい」

「そう素っ気なくするものじゃないよ、小晨。……そうだね、私がまだ人間だったのは、中原が十六国に分かれていた時代だ」

「……」


 この大陸では、広大な中原を治めようと幾つもの国が争ってきた。一国に統一されたかと思えば、再び分断して争いが繰り返され……の連続だ。ここ四百年ほどは一つの巨大王朝が中原を支配しており、何度か王朝の移り変わりを経た後、今の大昊国(こうこく)となった。

 十六国に分かれていた時代は、確か五百年以上は前のことではなかったか。

 子供の頃に習った歴史学を思い返して唖然とする宇辰に構わず、孤星は話を続ける。


「私は、実は一国の太子でね。見ての通りの眉目秀麗のうえ、幼い頃から学問に秀でて武術も一流。国中の皆から愛され、稀代の名君になると言われていたくらいだ」


 なるほど、だから振る舞いの端々に育ちの良さが見えるのか。頭の隅で思いつつ、自画自賛する孤星を横目で呆れながら見やる。


「ならば、なぜ仙人になった? 一国の太子というなら、己の責を果たし、国を治めるべきだろう」


 思わず口を挟んでんでしまうと、孤星はわずかに目を見開き、やがて口の端だけを上げて答える。


「一国の太子でいるより、多くの衆生を救うことができる仙人になった方がよいと思ったんだ。……愚かにもね」


 孤星が浮かべた笑みは今までの軽薄なものと違い、どこか翳りがあるように見えた。頭上に生い茂る槐が落とす影のせいかもしれない。

 だが、宇晨は何かに踏み込んだような気がした。

 孤星は静かに言葉を続ける。


「供を連れて仙になるための修行に明け暮れ、遊歴をして戻ってみれば、我が国はすでに……」


 強い風が吹き、槐の葉を揺らす音が辺りを包む。やがて静けさが戻った時、孤星は口調を変えた。


「いけ好かない弟が王位を継いでいてね。そのまま厄介払いさ。国を追い出されてしまって、仕方が無いから仙になるしかなかった」


 軽く言われ、宇晨は呆気に取られた。孤星の話の内容が本当かどうかはさておき、一瞬暗い影を感じたのが嘘のように、今の彼は飄々としている。


「それより、君の方こそどうして捕吏に?」


 いきなり聞き返され、宇晨は一瞬言葉に詰まった。『捕吏』という言葉に、正体がばれやしないかと辺りを思わず見るが、見晴らしのいい広場の隅には孤星と宇晨の二人だけだ。とはいえ、念のため声を潜めて答える。


「……俺のことを噂で聞いたのなら知っているんじゃないのか」

「噂は噂だ。君の口から聞きたい」


 孤星が横目でこちらを見てくる。宇晨は口を開きかけ、やがて首を横に振った。


「別に、噂通りだ。捕吏になるしかなかったからだ。……それよりも、試練を行う洞窟へはいつ行けそうだ?」


 話を変えるように、広場からも見える大きな岩山を見上げて尋ねた。


「今行っても、岩山に登る道の入口までしか行けないよ」


 孤星はあっさりと答える。

 岩山は険しく、道らしき道はない。比較的なだらかな斜面に杭を打ち、繋いだ鎖を使ってよじ登るようになっている。

 最初の鎖がある麓の広場には掘っ立て小屋があり、見張りの道士が待機している。仙境に繋がる洞窟があると噂が広まったせいで、無断で岩山に入ろうとする者が増えたらしい。また、天門観内でもこっそりと岩山に登ろうとする者が現れたため、唯一の登り口である広場に見張りを立てるようになったという。

 また、昼間は宋道長がそこで修行することが多いそうで、皆あまり近づかないようにしていた。天門観の道士ですら岩山に立ち入ることはできず、試練に選ばれるのを心待ちにするしかない状況だ。


「入口を使わずに、お前の軽巧で行けないのか?」


 軽功は軽身功とも呼ばれ、その名の通り、気の訓練によって身体を軽くする武功のことである。

 宇晨も少しは使えるが、せいぜい人より速く走ったり、高く跳んだりできるだけだ。孤星の身の軽さはそれとは段違いで、屋根の上を軽やかに跳んで消えた姿は、物語に出てくる武功の達人に匹敵する。

 そう考えて尋ねたが、孤星は難色を示した。


「そうしようと思ったのだけど、昼間は目立ってしまうんだよ」


 岩山にはほとんど草木が少なく、岩肌が露出しているところが多い。身を隠す場所はなく、真っ昼間から岩肌を軽功で跳んでいれば確かに目立つことだろう。


「夜の闇に紛れようと思ったが、この数日はあいにく月が明るい日が続いて、行けずじまいさ」


 孤星が天門観に来た晩は十六夜月であった。その後も好天で月が明るい日が続いたことで、隠密行動には不向きの夜が続いたと言う。「それに」と孤星は息を吐いた。


「……実を言うと、私はこの場と相性(そうしょう)がよくない」

「相性?」

「この岩山には鉱物が多く含まれているようでね。私は(きのえ)の生まれで木の性が強いため、金の性は得意でないんだ」


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