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 天門観での修行は、午前中は広い敷地内の掃除や建物の修繕、裏手にある畑の手入れなどを行う。その後、各々瞑想や鍛錬に励むようだ。

 ここでは統一された修行というものがないらしく、各地から訪れた道士達の門派を尊重し、食事以外の修行はそれぞれのやり方で行ってよいと言う。

 大らかで自主性を重んじる――と言えば聞こえは良いが、宇晨にはどうも大雑把というか、放置しているようにも見えてしまう。

 天門観の修行場の一つである広場の一角。大きな(えんじゅ)の影の下で座禅を組んだ宇晨は、遠くで何やら逆立ちをしている道士の姿を横目で見やった。


「……道士の修行というのは、こういうものなのか?」

「ふむ、私も我流ではあったけれどね」


 宇晨の隣、同じく胡坐で座した孤星は曖昧に答えた。


 孤星の師弟『小晨』として、天門観で修行、もとい偵察を始めた宇晨は、彼の隣で同じような姿勢を取っている。身につけているのは孤星から渡された白い道服と黒い布靴だ。髪は一つに結って、髷を黒い布で包んでいる。

 いつもなら、この時間は仕事に明け暮れて都中を駆け回っているせいか、こんなにゆっくりと過ごすのはどうにも居心地が悪い。だが、道士の修行法を知らない宇晨は孤星の真似をするしかなかった。

 そういえば、いなくなった丁恩も、元々は道士ではなく織物店の店員であった。彼もまた、他の道士の修行を見様見真似で行っていたのだろうか。それで本当に仙人になれるものなのか。

 胡散臭いと思わずにいられない宇晨をよそに、孤星は背を伸ばした綺麗な姿勢で、ゆったりとした口調で話し始める。


「修行法にもいろいろある。大きくは、体内の気を制御する『内丹(ないたん)法』と不老不死の霊薬を用いる『外丹(がいたん)法』の二つだ。

 万物は気によって成り立っていて、『丹』はその気を損なうことなく活用し、永遠の輝きを持った特殊な様態になったものをいう。内丹法では、呼吸や瞑想で体内に丹を創造して不老不死を得る。外丹法は、自然に存在する鉱物などを用いて物質としての丹を創造し、服用することで不老不死になる。

 内丹法は、穀物を断って三尸虫(さんしちゅう)を駆除し、心身を浄化する『辟穀(へきこく)』に始まり、草や木、金属や岩石など様々な材料から作った薬を飲んで仙人になるための肉体を作る『服餌(ふくじ)』。体内の気の流れを妨害する障壁を取り除き、全身に滑らかに気が流れるように肉体を動かす『導引(どういん)』。その際には、呼吸の仕方も重要になる。

 万物を取り立たせている生命の根源の気を元気(げんき)と呼ぶが、これは人間にも備わっており、内気(ないき)と呼ばれる。この内気が外に漏れるのを防ぎつつ、体内に気を満たすための呼吸法が『胎息(たいそく)』だ。内気を摂取する服気(ふっき)、内気を循環させて練り上げていく行気(ぎょうき)練気(れんき)、その他にも調息(ちょうそく)、閉気、吐故納新といった呼吸法がある。

 そして、身体に宿る神々を呼び覚ますための『守一(しゅいつ)』では、瞑想により全身に宿る神々の活動を維持して……どうしたんだい、小晨」


 まじまじと宇晨が見てしまっていたせいか、視線に気づいた孤星が首を傾げた。


「いや……本当に詳しいんだな。本物の道士みたいだ」

「まだ疑っていたのかい? そもそも私は道士どころか、それを越えて仙になったと言うのに」


 孤星は軽やかに笑った。


 『私は仙人だ』なんて言われて、信じる者が何人いるだろうか。


 あの夜、妖琵琶を圧倒的な力で破壊した孤星はたしかに不可思議な力を持つ仙人に見えたものだが、こうして近くで見ると普通の人間と変わらない。

 考えてみれば、そもそも仙人も元は人間だ。この天門観の道士達だって、仙人になることを目指して修行しているのだ。

 元が人間なら、何をもって仙人とするのか。不老不死になり、超人的な力を持てば、それが仙人なのだろうか――。

 そこまで考えて、宇晨は軽く首を振った。まともに仙について考えてどうすると思い直し、孤星がさらに説明しようとするのを止める。


「お前が道士について詳しいことは十分分かった。だが、俺は道士になる気も、ましてや仙になる気も無い。それよりも『白月観』について教えてくれ。そもそも、その道観は本当に存在するのか?」


 孤星は『白月観』から来た道士としてここでは知られている。彼の師弟である設定の宇晨がその道観のことを何も知らないというのはおかしい。他の者に聞かれたときのために教えを乞う宇晨に、孤星は「真面目だねえ」と笑いながらも答える。


「北東の斉州(さいしゅう)にある、二百年以上の歴史ある道観さ。白月観は、張陵(ちょうりょう)が創唱した五斗米道(ごとべいどう)を元にした宗派だ。内丹法による修行を行い、符術を用いて魔を祓い、善行を積む。五十年ほど前に少し滞在して、符術を幾つか彼らに教えたことがあってね。当時世話役をしてくれた見習いの子が、今や立派な道長になっていた。都に来る前に少し立ち寄ったら、とても驚かれたものだよ」


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