(8)
宇晨は報告と情報交換のため、ここで景引と待ち合わせしていた。
捕吏の制服や官帽を脱いで、普段着を着てくるだけでよかったのに、景引は興に乗ってわざわざ変装してきたようだ。
とはいえ、用心は必要だ。尾行の気配はなかったが、誰に見られているとも限らない。
天門観は都の外れにあるわりに、道士や信者の数が多く、周囲も賑わっていた。この客桟は離れた場所にあるとはいえ、道観に通っている信者と顔を合わせることもあるかもしれない。どちらも捕吏であることを気づかれない方がいい。
宇晨は空になった杯に茶を注ぎ、ついでに景引の分も注ぎながら尋ねる。
「そちらの首尾は?」
「役所にあった記録とあまり変わらないな。必ず登仙できる道観でご利益があると、ここ数年で信者も増えている。おかげで街道沿いの屋台も人も増えて、そのうち町でもできそうな勢いだ。
それに天門観の道長……宋って奴の評判もなかなかだ。宋金麟が廃寺となっていた場所に天門観を開いたのは十五年前。最初は小さな道観で、細々と活動していて道士も信者も少なかったが、九年前に道観を改修し大きくしていった。六年くらい前からは昇仙できるという話も出てきて、名が知れるようになった。人が増えればいざこざも増えるが、仲介して上手く収めている。何事にも動じず、公平で優しく、徳の高い彼こそ、実は仙境を行き来できる仙人様じゃないかって噂もあるな」
たしかに、宋道長は物静かで穏やかな物腰の割に存在感があり、なおかつ見た目も年齢よりもずっと若い。物語の中の仙人を彷彿とさせる泰然とした佇まいを、宇晨は思い返す。同時に、自称仙人の孤星の笑みも思い返してしまって、うんざりと月餅を咀嚼した。
一方、景引は包子を頬張りながら、逆に尋ねてくる。
「で、そっちはどうだ?」
「ああ、実は……」
宇晨は天門観に無事に潜り込み、道士と偽って滞在し、内情を探る旨を告げた。
景引は目を丸くし、慌てて口の中の包子を飲み込む。
「はあ!? お前が道士って……大丈夫か?」
ひどい言い草ではあるが、自分でも道士に成りすませるとは思えなかったので、景引を睨むだけに留めておいた。
彼らを否定する気は無いが、宇晨自身、仙人にも仙境にも興味は無かった。
人は皆いつか死ぬものだ。自分が仙人になって、永遠の命を得たところで何になると言う。母や妹、自分の近しい、大切な家族や恩人、友人達が先立っていくのを見送ることになるだけだ。すでに父を亡くし、大事な者を喪って残される哀しみや苦しみを知っている分、そんなのは御免だった。
自分に与えられた生をまっとうに生きて、与えられた使命をできる限り良い結果になるように遂行していくだけで、精一杯である。
そんなわけで今まで道観と関わったことが無く、知識が皆無に等しい門外漢が潜入するのだ。景引が心配するのも無理はなかった。
「協力者がいるから大丈夫だ」
「ああ……話に出ていた『白孤星』か」
景引は眉間に皺を寄せた。
「この間の琵琶の化物の事件に関係しているらしいな。牢番の話じゃあ、とんでもない美男子だと聞いたが、自分のことを仙人だとか言っていたそうじゃないか。胡散臭いにも程があるだろう」
耀天府で白孤星を知っている者は少ない。あの夜、琵琶を破壊した後に姿を消してしまっていて、その場にいた部下達が彼の人間離れした力を見ることは無かった。壊れた琵琶から転び出た生首に気を取られたせいもあっただろう。
宇晨もまた、白孤星の事は報告書に記せなかった。孟開や景引には、差し障り無い程度で、事件解決に助力してくれた彼のことを伝えておいたが、他には牢番くらいしか知らないだろう。
景引は口をへの字に曲げて、嫌そうに吐き捨てる。
「まさかまた、化け物が出てくるなんてことはないよな?」
「……」
そうでないことを願いたいが、つい先日体験した奇怪な出来事や孤星の存在がある以上、否定できない。
「原因が化物であれ人間であれ、人が消えるには理由があるはずだ。ああ、そうだ。景引、天門観で姿を消した者に共通点がないか調べてみてくれ」
「分かった。……宇晨、本当に大丈夫なんだろうな?」
「いざとなれば白孤星が守ってくれるらしい。協力する以上、こちらも彼の力を借りるまでだ。まったく……本当に心配性だな」
肩をすくめて言うと、景引は大仰に首を振ってみせた。
「当たり前だろ。目を離したら、お前はすぐに厄介ごとに首を突っ込んで、余計なやっかみを買っちまうんだから」
「まるでお目付け役だな。一応俺はお前の上官なんだぞ」
宇晨が冗談交じりに言うと、景引は一瞬真面目な顔をした後、「とにかく気を付けろよ」と再度言い、一つ残っていた包子を宇晨の皿に載せた。
「道観じゃ、まともな食事も出ないだろうからな。ちゃんと食っておけ!」




