(7)
「ここの岩山の洞窟にも、洞天に通じる気脈が流れているそうでね。新月の晩に、選ばれた十人の道士がそれぞれ洞窟に籠って、試練を受ける。そうして洞天への道を見つけることができた者は、二度と外に出てこないらしいよ」
酒を呷り、どこか他人事のように言う孤星に、宇晨は眉を顰めた。
「その言い草だと、まるで信じていないようだな。お前だって仙人なんだろう。たしか泰山にいたと言っていたが」
「おや、覚えていたのかい? 黎捕吏は意外にも人の話をちゃんと聞いている。……ああ、茶化したわけではないよ。君の言う通りだ」
孤星は空いた杯に酒を満たしながら、薄い唇の端を上げる。
「私はこの道観の小十洞天を信じていない。岩山にもこの地にも、仙境に通じる気脈は流れていないからね。あるのはただ、妖しい嫌な気配だけだ」
「……」
孤星の言葉が正しければ、今までに消えた道士達は仙人になったわけではないということだ。
本人の意思で消えたか、何者かに攫われたか。ひょっとすると、洞窟の奥には都の外に通じる抜け道があるのでは……。
どちらにしろ、まだ情報も証拠も足りない。
「その洞窟は調べたのか?」
「普段は人が入らないよう、岩山の入口は封鎖されている。それだけでなく、入口にも試練の洞窟の周辺にも常に見張りがいて、厳重なことさ」
それはますます怪しい。詳しく調べるとなれば次の試練の時が一番良いのだろうが、一か月以上先、しかも十名の中に選ばれなければ無理そうだ。ひとまずは道観内を探り、隙を見て洞窟を調べるしかない。
「そういうわけで、私もまだ調べている最中だ。いやあ、黎捕吏が来てくれて心強いよ」
ぬけぬけと言った後、孤星は卓に身を乗り出した。
「黎捕吏、わざわざ流れ者に扮装してきたのは内偵のためだろう? せっかくだから協力しようではないか。私の師弟ということにしておけば、怪しまれずに天門観に滞在できて、自由に内部を探れる」
孤星の弟弟子というのは少し癪に障るものの、たしかにいい隠れ蓑であった。
しかも、自称仙人である孤星なら、道士について詳しいのは当然だ。仙人や道士についての知識がない宇晨にとって、頼らざるを得ない存在である。
「……分かった」
不承不承に頷いてみせた宇晨に、孤星は何がそんなに嬉しいのか、ぱっと表情を明るくする。
「よし決まりだ! それでは私のことは『師兄』と呼んでくれ。ああ『孤星兄さん』でもいいね。君のことは『小晨』と呼ぼう。宋道長の前でもそう呼んだのだしね。ふふ、同門の兄弟ともなれば、仲良く振るわねば。そうだ、替えの道服があるから着るといい。部屋は私と同室でかまわないね? いざというときに私がいた方が安全だ」
何やら楽しそうに事を進める孤星に、宇晨は呆れつつ溜息をついた。
***
思わぬ形で天門観を内偵することになった宇晨は、孤星と宋道長に断りを入れて、いったん道観を出た。ここに来る前に泊まっていた客桟に荷物を取りに行くと言えば、怪しまれることもなかった。
念のため尾行されていないかを確認しつつ、少し遠回りをして目的の客桟に向かう。天門観から少し離れた場所にある、なかなか賑わっている客桟だ。ここに、適当に作った旅の荷物をあらかじめ預けていた。
客桟の一階は食事や酒ができるようになっており、宇晨は店員に頼んで奥の仕切りがある席を取ってもらった。細かく刻んだ豚肉と野菜の餡が包まれた包子や、木の実の餡が詰まった月餅を茶と共に摘まんでいると、一人の男が入ってくる。
頭頂部で結った髷を布で包んで髭を生やした職人風の若い男は、断りを入れずに、卓の向かいの席にどかりと座った。月餅を一個丸ごと口に放り込んで咀嚼し、宇晨の前にあった茶杯を奪って一気に飲み干す。
ぷはあっと一息つく男に、宇晨は呆れた表情を浮かべた。
「……何もお前まで変装してくることはないだろう」
「何事も用心に越したことはない。……というのは建前で、お前の扮装ぶりを見たら俺もしたくなったんだよ」
職人風の男、もとい景引はにやりと笑った。




