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(5)


 声の方を振り向くと、すらりとした体躯の若い男が立っている。

 白を基調とした道士服と丸い道帽を纏った彼は穏やかな笑みを讃えてはいるが、何となく威圧を感じた。男は宇晨の隣にいる男を見て、困ったように眉根を寄せる。


(フー)さん……またあなたですか。あまり我々の修行について言いふらさないでいただけますか。神聖な試練の場に我が観以外の者まで入り込むようになり、困っているのです」

「あっ……す、すみません、(ソン)道長」


 男は慌てて頭を下げる。宇晨は『宋道長』と呼ばれた道士を横目で見た。

 この男が道観の長だ。

 報告書によれば、名前は宋金麟(ソン・ジンリン)。四十を超えた齢のはずだが、滑らかな白い頬に髭を生やしていないせいもあってか、ずいぶんと若々しく見える。

 宇晨が黙ったまま様子を窺っていると、傅と呼ばれた男はぺこぺこと宋道長に頭を下げた後、逃げるように立ち去ってしまった。

 その場に一人残された宇晨を、宋道長が振り向いて見やった。


「さて……初めて見る顔ですね。もしや、我が道観に修行に来られたのですか?」

「あ、ああ、いや……ここには仙人様がたくさんいらっしゃると噂で聞いたものでして……それならさぞかしご利益があるのではと思い、参拝に来ただけですよ」


 軽く流そうとしたが、宋道長はこちらの意図を読み取ろうとするようにじっと見つめてくる。


「……」


 探ろうと思っていた矢先に目を付けられてしまったようだ。

 これ以上踏み込んで、警戒されてしまっては元も子もない。扮装した分、もう少し内部を探って情報を手に入れたいところだが、ここは引くのが賢明か。あるいは、何も知らないふりして宋道長にいろいろと聞いてみるか。

 考えつつ、宇晨は慣れない、若干引き攣った愛想笑いを浮かべてみせた。


「道士様もお忙しいでしょう。お邪魔になるといけないので、私はこれで……」


 踵を返そうとするものの、宋道長は「お待ちください」と引き止める。


「参拝に来られたのでしたら、本殿までご案内しましょう」

「いいえ、道士様にそんなお手間をかけさせるわけには……」

「信者の方々の世話も修行の一環ですから、どうぞ遠慮なさらずに」


 宋道長はにこやかに答えて近づいてくる。物腰は柔らかいのに、どこか有無を言わさぬ迫力があって、宇晨は内心で怯んだ。


 ……ここで無理に断れば怪しまれるだろうか。いや、もう怪しまれているのかもしれない。


 宇晨が焦りを覚えて一歩後ろに下がった時、その肩が誰かに当たって思わず息を呑んだ。


「っ……」

「こんなところで何をしているんだい?」


 背後から聞き覚えのある声と台詞が降ってきて、宇晨は勢いよく振り返った。

 ぶつかった宇晨の肩を支えるように立っているのは、白地に黒い(えり)、黒い袴の道服を纏った麗しい青年だった。

 切れ長の目に紅を刷いたような薄い唇。見覚えのある白皙の美貌に、柔らかな笑みを湛えている。

 相変わらず気配を感じさせない男だ。心臓に悪すぎる。

 いや、それよりも、なぜここにこいつが――白孤星(バイ・グーシン)がいるのだ。


(バイ)……っ」

「これは、白道士」


 名を言いそうになって咄嗟に口を噤む宇晨の代わりに、宋道長が呼ぶ。


 『白道士』? こいつが道士だと?


 一体どういうことだと疑問は浮かぶが、それよりもこの状況はまずい。

 今の宇晨は流れ者の扮装はしているが、孤星の表情には明らかに知人に向ける気安さがあった。自分が耀天府の捕吏、黎宇晨であることはとうに気づかれているのだろう。そして、孤星は宇晨が捕吏であることを知っている。ここで名を呼ばれれば、正体が宋道長にも知られてしまう。

 頬を強張らせる宇晨を見て、孤星がゆるりと目を眇めた。

 宋道長の視線もこちらへと向き、万事休すかと身を竦めた宇晨の肩を、孤星が強く掴んで、己の正面へと向き直らせる。


小晨(シャオチェン)、なぜお前がここにいるんだ? 答えなさい!」

「…………は?」

「大人しく『白月観(はくげつかん)』で修行するように言っただろう。どうして師兄(しけい)の言いつけを守らないんだ!」

「はあ?」


 小晨と呼ばれたことへの驚きや、孤星の口から飛び出てくる言葉の意味が分からずに宇晨は狼狽える。そんな宇晨をよそに、孤星はやれやれと首を横に振った。聞き分けの悪い弟を見るように厳しい目をした後、宋道長に向き直って拱手する。


「宋道長、失礼しました。こちらは私の師弟(してい)の小晨です。まさか私の後を追ってここまで来るとは……」

「おや、『白月観』のお弟子さんでしたか。それならそうと、早く言ってくれればよいものを」

「いえ、実はこちらの道観への修行は、私一人で来ることになっていたのです。だというのに、天門観の評判を聞き、この未熟者は早く仙人になりたいと横着な考えを持って、こっそりついて来たのでしょう。私に見つかるのを恐れ、宋道長に嘘を語るとは……まったく、兄弟子としてお恥ずかしい限りです」


 さらさらと流れるように孤星は作り話をする。

 どの口が人を噓つきだと詰るのか。そう思うが、宇晨は口を挟むこともできなかった。



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