(19)
「最初は信じられなかったけれど、あの弦は姉さんの仇を討ってくれたわ」
男から貰った弦を張り直すと、琵琶は再び命を与えられたかのように震えた。その振動は柳羽の心の底も震わせて、まるで心が通ったようであった。
柳羽と琵琶は共に悲しみ、共に憎しみを募らせた。柳燕を死に追いやった者達を、柳燕と同じような目に遭わせてやると。
男の助言もあり、三人の内の一番身分の高い者から始末することにした。万が一、柳縁の敵討ちだと警戒されてしまっては手が出しにくくなるからだ。
まず郭子毅を柳燕の件で呼び出した。呼び出しに応じるかと不安ではあったが、さすがに柳燕の無惨な自害の件は郭子毅も気にかかっていたようだ。
弦をくれた男も協力してくれて、人気の無い荒れ寺に郭子毅を誘い出すことができた。そうして現れた彼を、琵琶は弦の一本であっさりと縊り殺し、切り落とした首を飲み込んでしまった。
目の前で起こった怪異と圧倒的な力に柳羽は少し恐れを抱いたが、これで柳燕の敵討ちが上手くいくとも思った。
ところが、二人目をと思った矢先に捕吏が精華楼を訪れ、柳燕の琵琶の行方を探し始めたことで焦りを覚えた。さらに女将の羅緋も皆に琵琶を探すように言い、琵琶を隠し持っていた柳羽は夜遅く楼を抜け出して、その足で高文新の邸に行って彼を殺害した。
三人目である張亮の邸にも行ったが、彼が琵琶の音に怯えて騒いだことで人が集まり、夜明けも近かったため諦めるしかなかった。夜が更け、再び邸に行った時には捕吏達が待ち伏せていて……。
柳羽の供述に、徐推官は「頭のおかしい娘だ」と憤慨した。
仕方のないことではある。実際にその場に居合わせた宇晨達は彼女の話が本当だと分かるが、志怪小説のような話を受け入れるのは難しい。
息子を殺された郭家や高家からは、下手人を早く処罰しろ、いや、こちらに渡せと、刑部を介して圧を掛けられ、府尹である孟開がどう決着をつけるか頭を悩ませる中――。
柳羽は、牢の中で自害した。
柳羽は拘束される前から、髪紐の中に弦を隠し持っていたようだ。深夜、看守の目が無くなった隙に木枠に結び付けて、柳燕と同じ方法で首を吊っている所を発見された。
看守がすぐに弦を外して助けようとしたが、すでに事切れていた。
白い弦は柳羽の首から溢れた血で真っ赤に染まっていた。外れた弦は静かに震え、最後に一度、琵琶も無いのに弦が鳴る音が地下に響いたそうだ。
下手人が死亡したことを、孟開は郭家と高家に報告した。当然、彼らは耀天府の怠慢だと殊更に非難したものだ。しかし孟開は臆することなく、柳羽の供述を彼らに告げた。
相手が妓女とはいえ、三人の男達の所業は非道なものだ。遊びで女性を脅して弄び、死に追いやった。もし息子らの所業が公になり、他の官僚や平民達に知られれば、彼らは息子を殺された気の毒な親ではなく、子をまともに育てることもできない情けない人間として見られることだろう。
両家はたじろぎつつ、しかし引き際悪く孟開を詰った。
「たかが妓女とうちの息子を一緒にするな」「妓女が勝手に死んだだけだ、ただの逆恨みだ」と罵る彼らに、孟開はとうとうその本領を発揮した。
孟開は、生き残った張亮からの証言も得ていた。
これは宇晨と景引によるものだ。柳羽の襲撃から守るために耀天府に匿っていた張亮を、そのまま尋問してすべてを話させたのである。
孟開は、張亮の証言を刑部ひいては陛下にも報告すると、大きな体躯で彼らに静かに詰め寄った。
怒りを滾らせ赤く染まった厳めしい顔で罪状を述べる姿は、まさしく生き閻魔のようだと、耀天府の者達は改めて思ったものだ。
さらに、柳燕をひいきにしていた客の中には、かつて宮廷で大臣を務めていた高官もいた。官職を辞して隠居した彼は風流を好み、精華楼で柳燕の琵琶を聞くのを楽しみにしていたそうだ。柳燕の身に起こった悲劇を知ると悲しみ、原因となった若者たちの所業に憤った。それにより、さすがに高家もそれ以上騒ぎ立てることができず、すごすごと帰るしかなかった。
そして事の次第は、張亮の父親である張英にももちろん報告された。
張英は、店の薬を勝手に使った挙句に女性を嬲りものにした息子を許さなかった。張亮は張香薬房の跡取りから外され、昊国の最北にある辺境、醒州の支店へ飛ばされることが決まったそうだ――。




