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 宇晨はすぐに、後ろにいた部下達に命じる。


「離れろ‼ 身を隠せ!」


 宇晨の声の間にも、ビンッ、ビンッ、と弦が続けて外れる音が聞こえてくる。禍々しい赤い光を宿した弦が宙に揺らめき、宇晨や部下に襲い掛かった。

 弦が当たる前に庭の灯篭に身を隠した部下の一人が、困惑の悲鳴を上げる。


「黎班長! 何ですか、これは……⁉」


 襲い掛かる弦を何とか鉄尺で打ち払い、ぎりぎりで避ける宇晨にだって分かるわけがない。

 だが、石の灯篭に巻き付いた弦が上部を簡単に切り落としたことで確信できた。柳燕の琵琶の弦こそ、二人の男を殺害した凶器だ。

 柳羽のような細腕の非力な娘がどのように首を切り落としたのか、それだけが分からなかった。

 いまだに信じられないが、こうして目にした以上、受け入れざるを得ない。男達の首に巻き付いた弦自体が、肉を断ち、骨を断ち、切り落としたのだと。

 そして同じように、弦は宇晨達の首でも腕でも脚でも切り落とすに違いない。三本の琵琶の弦は自在に伸びて縦横無尽に動き回り、容易に近づくことができなかった。

 苦戦する宇晨達など眼中にないかのように、琵琶を抱えた柳羽は張亮の部屋へと足を向ける。

 弦の一本が戸を破壊するのを見た宇晨は、急いでそちらに駆け付けた。室内へと伸びる弦を下から打ち払って、侵入を阻む。

 だが、柔らかくしなやかな弦は逆に鉄尺を絡み取って、宇晨の手から奪った。素手となった宇晨に弦が襲い掛かる。


「くっ……!」


 首元に迫る弦を、宇晨は皮製の手甲で跳ね上げ、身を沈めて転がった。その間に、柳羽は部屋に足を踏み入れる。琵琶に残っていた一本だけ白い弦が、奥の牀榻に布団を被ってうずくまる人影に向かって伸びた。


「張亮! 燕姐さんの仇よ‼」


 柳羽の声と共に、弦が布団ごと人影に巻き付いた。ぎりぎりと締め付ける白い弦が布団に食い込んでいく。布を破られて中に詰められた綿がぶわりと宙に舞う中、とうとう弦が頭の部分を縊って切り落とす。

 床にごとりと音を立てて落ちたのは――。


「……え?」


 ころころと床を転がってくるそれを見て、柳羽が目を瞬かせる。

 しばらく転がって止まったのは人の頭――ではなく、人の頭の形に粗く削られた木片だった。

 牀榻にあった布団がばらりと解けて、中にあった丸太が倒れる。千切れた白い綿と布が、雪のように辺りに漂った。


「なんで……」


 牀榻にいたのが木で作られた偽物だと柳羽が気づいた時には、部屋の隅に隠れていた景引が飛び掛かっていた。隙を突いて柳羽から琵琶を取り上げようとするが、直前で赤い弦に阻止される。


「うわっ……‼」

「気を付けろ、景引!」


 景引は床に転がるようにして避け、掠めた弦が側の棚を両断した威力に顔を青ざめさせる。


「おい宇晨! こんなの捕まえられるのか⁉」

「捕まえるしかないだろう!」


 ――宇晨と景引は、昼の間に張亮を使用人に変装させ、邸からこっそりと抜け出させていた。念のため張一家や使用人達にも、今夜は客桟に避難するように伝えてあった。張亮は耀天府で保護し、どちらに柳羽が来ても待ち伏せできるようにしていたのだ。

 張亮がいないことにようやく気づいた柳羽は、わなわなと唇を震わせた。


「っ……よくも……よくも騙したわね!」


 憤怒で真っ赤に染まった彼女の目が、宇晨に向けられる。

 背筋が寒くなるほどの怒りを向けられた宇晨は、反射的に身を逸らす。目の前を赤い弦が掠めていき、頭の上の官帽を跳ね飛ばされた。他の弦も一斉に向かってきて、避ける宇晨の頬や手に傷をつけていく。


「宇晨!」


 景引が庇うように宇晨の前に出るも、細い弦は大の男を簡単に弾き飛ばしてしまう。そのまま牀榻の奥へ叩きつけられて呻く景引に狙いが定められ、弦が迫った。

 宇晨は側にあった椅子や置物を投げて、弦の進路を阻む。

 剣を持って来ればよかったと後悔するも、石をも断ち切る弦を果たして剣で切れるかどうか。丈夫な黒檀の椅子も高そうな金属製の置物も弦で縊られて、真っ二つにされている。


「このっ……邪魔なのよ! あんたから殺してやる‼」


 柳羽の声と共に、再び標的が宇晨へと変わった。宇晨は迫る弦を躱して、窓に体当たりして中庭へ転がり落ちる。

 いつの間にか空の雲が切れて、白い月の光が庭を照らしていた。光に一瞬気を取られた時、宇晨の首の周りに、弦が大きく弧を描いた。

 咄嗟に宇晨は左腕を上げて喉に当て、首を守る。しかし弦は前腕の手甲ごと宇晨の首を捕らえた。

 巻き付いた弦の絞めつけが強くなり、庇った腕ごと喉を締め上げられて呼吸ができない。細い弦はぎりぎりと音を立てて、無防備な首の後ろの皮膚へと食い込んだ。

 ぶつり、と皮膚が切れる感触がする。


 ――このまま、自分も首を落とされるのか。


「っ……」


 息苦しさと恐怖で、宇晨の視界が霞みかけた時だ。暗闇を裂くように白いものが飛んできて、宇晨を戒める弦を断ち切った。



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