(13)
ぎょっとする張英に、景引は畏まった口調で続けた。
「彼らが関係していた者による犯行かもしれぬ。二人と親交のあったご子息にも話を聞きたく、こちらへ参った次第だ」
「は、はあ……」
突然の話に張英は顔色を無くし、狼狽えた様子で頷く。息子の友人二人が急に亡くなったことに張英の顔は強張り、その目には言い様の無い不安があった。見咎めた宇晨はすかさず問う。
「張殿、何かあったのか?」
「実はその……張亮ですが、部屋に閉じこもって出てこないのです」
張英は額に滲んだ汗を手巾で拭きながら答えた。
「夜中に……四更を過ぎた頃(午前三時)に幽鬼が出たと騒ぎ、ひどく取り乱して……今は薬を飲ませて落ち着かせております。捕吏殿の用件にちゃんとお答えできるかどうか……」
「構わない。会わせてもらえるか」
即答した宇晨に、主人は諦めたように頷いた。
店の奥には中庭を囲むように広い屋敷があり、張一家や使用人達が暮らしている。宇晨達は中庭を抜けて回廊を進み、右奥の裏庭に面した張亮の部屋に案内された。
部屋の窓や扉はすべて閉め切られて薄暗く、室内は静まり返っているようだ。先導していた張英が固く閉められた扉を叩き、中にいる息子に声を掛けた。
「張亮、起きているか? 耀天府の方々が話を聞きたいそうだ」
返事は無い。だが、かすかな物音が聞こえる。
困ったように振り返る張英に、宇晨は目線だけで中に入る旨を伝えた。扉には内側から閂がかかっていたが、景引が細い簪を扉の隙間に差し入れて器用に閂を外す。
扉が開くと室内に籠っていた空気が流れ出て、焚かれていた薬草の香りが辺りに漂った。
有名な薬房の跡取り息子の部屋らしく、室内に飾られた調度品はどれも品が良い。それらを見回しながら進むと、部屋の奥の牀榻で動く影が見えた。
薄い紗と厚い帳のかかる牀榻の奥には、一人の青年が掛布に包まり、膝を抱えて縮こまっている。宇晨と景引が近づくと、びくりと身を震わせた。薄暗い中でも彼の顔色は悪く、ひどく怯えている様子が見て取れる。
宇晨は牀榻の前で立ち止まり、張亮を見下ろした。
「張亮。郭子毅と高文新について、聞きたいことがある」
「……」
張亮は掛布に包まったまま目線を動かして、宇晨と、そして奥にいる父親の張英を交互に見やる。張英が心配そうに張亮の方へ近づこうとするが、景引がそれを遮った。
「張殿。少しの間、我々だけで息子さんと話をさせてもらえないだろうか? なぁに、大丈夫。黎捕吏が無茶なことをしないよう、この私が見張っておくから」
優し気で人好きのする顔立ちの景引は、こういう時に役に立つものだ。仏頂面の宇晨は相手を恐縮させることが多い。普段は景引と一緒に組み、彼が場を和らげる役割を担っていた。
景引の言葉に、張英は不承不承ながらも頷いて、控えていた使用人を連れて部屋を出て行った。
三人だけになった室内で、宇晨はおもむろに張亮に告げる。
「郭子毅と高文新が、何者かに殺された」
牀榻の奥で縮こまっていた張亮が、はっと目を見張る
「殺された……?」
「ああ。二人ともお前の友人なのだろう。誰か二人に恨みを持つ者はいないだろうか?」
宇晨の問いに、張亮は狼狽えたように目線を彷徨わせた。
「……し、知らな――」
「そういえば、三人でよく妓楼に通っていたそうだな。特に、精華楼の柳燕の元へ」
「!」
「その柳燕が先日亡くなったことは知っているか? 部屋で首を吊ったそうだ」
淡々と宇晨が告げる中、張亮の顔からはますます血の気が引いていく。宇晨は近くにある棚に近づき、重ねてある書物を捲りながら言葉を続けた。
「柳燕の華札まで貰うような間柄だったそうだな。それはさぞかし、彼女が亡くなって辛かったことだろう。精華楼の女将が言っていたぞ、柳燕が客に華札を渡すのは珍しいと。……ところで、この部屋にはどうも楽に関するものは置いていないようだが、お前は柳燕の琵琶を目当てに通っていたのでは? 楽に興味が無いのに、琵琶を心から愛する彼女から華札を貰えるとは、よほど熱心に口説いたのであろうな」
「そ、それは……」
「郭子毅と高文新も、柳燕の華札を渡されていた。不思議なこともあるものだ。柳燕が亡くなり、彼女の華札を持つ二人が殺されてしまった」
「……」
張亮は青ざめた顔でがたがたと身を震わせている。宇晨は書物から手を離し、彼へと向き直った。
「張亮。お前は……いや、お前と郭子毅と高文新は、いったい柳燕に何をした?」
睨み下ろす宇晨に、張亮は観念したのか、震える唇を開いて話し出した。




