(11)
二人目の犠牲者もまた、若い男であった。
こちらも裕福な家の公子と思われる身なりで、同じようなやり口で首を切断されている。二日続けて奇怪な死体が発見されたことで、報告を受けた徐推官が激昂した。
「どうなっている、黎捕吏! 貴様がこの事件を調べていたのだろう。非道な殺人者を野放しにしおって、耀天府の面目が丸潰れではないか!」
詰られるものの、一人目の身元の確認――やはり柳燕の得意客の郭子毅であった――がようやく済んだばかりだった。
昨夜遅く、宇晨は精華楼からの情報をもとに郭家を訪れた。首の無い遺体の確認を頼んだ際、郭家の主人は激昂するわ夫人は卒倒するわで、何とか本人であると確認が取れたのは今朝の事だ。
そして一息つく間もなく、二人目の死体が出た。さすがに宇晨にもどうしようもないことだ。だが徐推官の言う通り、新たな犠牲者が出て、犯人を野放しにしているのは確かだ。
「申し訳ございません」
「口先だけの謝罪ならいくらでもできるわ! いいか、また犠牲者が出たら貴様の責任だぞ! 早く犯人を見つけよ‼」
興奮状態で罵声を飛ばす徐推官に、宇晨はただ頭を下げるしかなかった。
「――いやはや、黎捕吏のご心労お察しする」
耀天府の牢の中。孤星は昨夜と同じように、粗末な筵の上に悠然と座していた。
彼の傍らには美しい朱塗りの瓢箪と小さな杯、堅果の入った袋があり、わずかな酒精の香りが漂ってくる。どう持ち込んだのかは分からないが、牢の中で酒盛りとはずいぶんと余裕である。
「ここまで怒鳴り声が聞こえていたよ。あんな無茶な上官がいるなんて、実に災難なことだ」
同情する視線を寄越してくる孤星を一瞥した宇晨は、牢の鍵を開ける。
「釈放だ」
「え」
孤星は意外なことを言われたように目を丸くする。
「ねえ、出してしまっていいのかい? 私はとても怪しいだろう?」
小首を傾げる孤星に、宇晨は「自分で言うな」と返しながら、扉を大きく開いた。
「さっさと出ろ」
「ええー……そちらが無理やり牢に入れておいて、その言い草は無いのでは?」
「そんなに居心地がいいなら、一生そこにいるか?」
「ああ、分かった、分かったよ」
やれやれと仕方なさそうに溜息を吐いて、孤星はすくりと立ち上がる。瓢箪やら杯やらをささっと袂に入れて、冷たい石床の牢で一晩過ごしたとは思えぬ軽やかさで牢から出てきた。
空になった牢の扉を閉める宇晨の横で、孤星は白い扇を取り出して広げる。一つ扇げば爽やかな香りの風が舞い、牢の湿った黴臭い空気を吹き払う。
「釈放するということは、私を信じて協力を仰ぐというわけだね」
「違う。お前が疑わしいことに変わりはないが、犯人で無いことがはっきりしたから釈放するまでだ」
「確かに。君が牢に閉じ込めてくれたおかげで、私の無実が証明されたわけだからね。黎捕吏には感謝しなければならないかな?」
「……」
くすくすと可笑しそうに笑う孤星を、宇晨は横目で見やる。
宇晨は重い息を吐いた後、眉間に深い皺を寄せて孤星の方を向いた。姿勢を正して両手を前に出し、拱手して頭を下げる。
「この度は不当な拘束をしてすまなかった。だが、貴殿もそのふざけた言動を改めるべきだ。妄言を口にして、人心を惑わすことの無きよう」
「……」
「それから、貴殿の申し出はありがたいが御心だけいただく。これは耀天府が解決すべき事案であり、協力は不要だ」
宇晨がきっぱり言うと、孤星は美しい目をぱちぱちと何度か瞬かせた。そして、「んぐふっ」と妙な音を喉の奥で立てたかと思えば、開いた扇で口元を押さえる。
冷えた牢に一晩いたことで体調でも悪くなったのか。宇晨は一瞬心配したが、孤星は小さく肩を震わせて――笑いを堪えていた。
「……何が可笑しい」
「いや、だって、こ、こんなに馬鹿真面目って、君ってば、ずいぶんと生き辛そう! 好、好! 実にいいね!」
孤星の堪えきれない笑いは、ひぃひぃと喘鳴となって牢に響いた。いったい何の騒ぎだと、牢番や勾留中の者達が好奇の目を向けてくる中、宇晨はこめかみに青筋を立てる。
「……とっとと出て行け! この似非仙人‼」
その日、久しぶりに響いた黎捕吏の怒声に、かつて彼を怒らせた者達は一斉に背筋を震わせたのだった。




