カウント32 まさかの三人目
これは……一体全体、何が起こったんだろう。
オレは渡された書類を半ば思考停止状態で眺め、次にそれを持ってきた張本人を見上げた。
「何、その珍獣でも見たような顔。」
「いや、その……意外で。」
オレは、自分の手に収まる異動願に再び目を落とす。
アイロス先輩の異動をきっかけに、オレは隊員の未来を預かろうと胸に決めた。
だから、アイロス先輩のように国防軍からドラゴン殲滅部隊へと来てくれる人がいるなら、快く迎え入れるつもりだ。
でもまさか、この人が来ちゃうなんて……
「意外って、失礼しちゃうな。」
特に怒ってもいない様子で、ジョー先輩は両手を腰に当てた。
「ミゲルの異動が決まったから、それに合わせて異動願を提出しに来ただけなんだけど、違和感ある?」
確かに、おっしゃるとおりです。
ドラゴン殲滅部隊の隊長に就任して、早くも数週間。
執務室の大掃除と状況整理から始まった任務の傍ら、オレは国防軍の奴らから手痛い歓迎を受けている。
ミゲル先輩はその最中でオレの味方につき、早くもドラゴン殲滅部隊に飛ばされることになってしまった。
本当は辞令の決定には時間がかかるのだが、ミゲル先輩を目の敵にしていた奴が政治家の息子だったらしく、総督部も下手に機嫌を損ねられなかったとのことだ。
軍事大学でも一際実力が高かった、戦国世代。
そのトップを走り続けていた〝覇王〟であるミゲル先輩をオレにやるなど、本当ならかなり嫌だっただろうに。
まあ、オレは割と初めからミゲル先輩を狙ってたんで、美味しい思いをさせてもらってますけど。
そんな事情を汲むなら、ミゲル先輩の親友であるジョー先輩がこうして異動願を持ってくるのは至極当然の流れ。
―――普通なら、ね。
「違和感ありありなんですけど。」
オレの答えはこれだった。
違和感だらけ。
もはや、違和感しかないのだ。
「えー? なんでそうなるかなぁ?」
「言っていいんですか?」
「どうぞ? 僕も、君の天才たる目に興味があるし。」
「じゃあ……」
オレはハンコを取り出すために机の中を探りながら、ジョー先輩に違和感の理由を述べた。
「気に障ったらすみません。でも、ジョー先輩は友情がどうのこうので動くような人じゃないですよね? オレはてっきり、ジョー先輩がそういう人だから、ミゲル先輩が安心してつるんでるんだと思ってましたけど。」
この人は、ちょっとオレと似ている。
興味が湧けば動くし、興味がなければあっさりと見捨てる。
オレはそこまで感情を割り切れないが、ジョー先輩はそこの辺りを徹底している節がある。
自分は自分。
友人であろうと、他人は他人。
そんな風に綺麗に割り切れる人だから、あのミゲル先輩が一緒にいられるのだろう。
自分しか信じないジョー先輩なら、重たい期待をかけてミゲル先輩に取り入ろうとしないから。
ミゲル先輩の家庭の事情に巻き込まれても、ミゲル先輩と彼の母親を他人と割り切って、ミゲル先輩本人とだけ向き合ってくれるから。
そんな理性的かつドライな人が、親友の左遷に影響されて道を共にするとは到底思えないのだ。
「…………ふぅん?」
しばらくきょとんとしていたジョー先輩が、ふいに口角を吊り上げる。
「よく分かってるじゃん。さすがはミゲルが肩入れしてただけあるよ。見抜いた……っていうよりは、同じ匂いでも感じた?」
「あはは。やっぱ、同類の匂いがします?」
「……どうだろうね。君は、僕と違って優しいから。」
「………?」
なんか、今のは引っ掛かった。
「……類は友を呼ぶってやつですかね。」
気付いた時には、そう言い放った後。
まあ、この人に突っ込んだ話ができる機会もそうそうないので、ちょうどいいか。
「急にどうしたの?」
「いやねぇ…。ミゲル先輩も大概矛盾してる人だなーとは思ってたんですけど、ジョー先輩もジョー先輩で、なんか引っ掛かる人なんですよね。」
「引っ掛かる、というと?」
「オレの目でも、先輩の本質が見えないんです。常に腹の内でいくつもの策略を巡らせてて、情報と損得で利己的に物事を判断する怖い人……の、はずなんですけど、なーんか納得いかない。」
オレは腕を組んで唸る。
「なんて言うんですかね。裏がありまくりだって見せつけるその姿こそ―――心の奥底にある何かの隠れ蓑なんじゃないかって気がするような…?」
この人は、自分に裏があることを隠さない。
それを武器にして鉄壁のガードを作り、情報と知略を網羅して他人を黙らせる。
それは、誰の目からも明らかな彼の本性のはずだけど―――彼という人間の本質からは、どこかずれている気がする。
だって、おかしいじゃん?
本当に偽りも無理もないなら……オレやミゲル先輩と接する時に、寂しさや羨ましさを滲ませる瞬間なんて生まれないでしょ?
傲慢不遜な物言いで敵を煽り、攻撃を逆手に取って敵を蹴落とすジョー先輩。
そうやって堂々と裏を探らせることで皆の注目を逸らしてまで、この人が本当に隠したいことは何なんだろう。
たまに、そんなことを思ったりもする。
だけど、どんなに注意してこの人を見ても、引っ掛かりの正体は見抜けないままで……
まさに、雲のように形が掴めない人だ。
こんな人はオレも初めてなもんで、ミゲル先輩の時みたいに自信を持って指摘できないんだけどね。
「……そう。君には、僕がそんな風に見えるんだね。」
薄く開いたジョー先輩の唇から、ひどく冷めた声が零れる。
それに突っ込むよりも先に、ジョー先輩は笑顔で何もかもを隠してしまった。




