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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

望まれたくて、望まれなくて

作者: 九JACK

 何故私が望まれなかったのかはわからない。ただ確かなのは、私の存在は両親に望まれていなかったということ。

 私の一番最初の記憶はトウルちゃんと遊んでいるところ。トウルちゃんは近所で年上のお友達。賢くて、三歳のうちからもう学校のお勉強ができたんだって。

 アイリーンはちょっと難しいけど、トウルちゃんとお話するのが楽しかったから、頑張ってトウルちゃんと一緒にお勉強した。

 これは一見すると幸せな記憶に見える。でも、違う。

 アイリーンがトウルちゃんのうちにいたのは両親がアイリーンを必要としていなかったから。難しい言葉で言うと、ネグレクト、というんだろうか。アイリーンはいつも共働きの両親におうちに閉じ込められて、一人でおままごとをしていると、合鍵でおうちを開けたトウルちゃんのお父さんお母さんが迎えに来てくれるのだ。

 そうして、トウルちゃんと一緒にお部屋して遊ぶのだ。それが幼い私の当たり前。

 トウルちゃんはアイリーンを見ていつも不思議そうにしていた。

「なんで腕輪と足枷をしているの?」

 トウルちゃんがそう聞いてきたことがあった。

 アイリーンには鋼鉄の小さい女の子がするには洒落っ気のないごつごつした腕輪と、漫画なんかで囚人がするような鋼鉄の足枷がついていた。足枷といっても、輪っかだけで、鎖とか重りはついていないけれど。

 アイリーンにとって、足枷と腕輪は当たり前だった。何故なら、

「これはね、取ったらめっなの。お父さんとお母さんに怒られちゃうの。アイリーンはいい子だからね、つけてるの」

「……大切なもの、なんだね?」

 トウルちゃんは首を傾げていたけれど、納得してくれた。

 外したらめっ、だった。一回、やったことがあるのだ。

 そしたら、トウルちゃんが言ってた難しい言葉で言うと「地に足がつかない」みたいな感覚がして、アイリーンは平然と壁を駆け上がって、天井からぶら下がることだってできた。幼い私はサーカスみたいって思ったけれど、腕輪と足枷に嵌めたGPSで気づいたお父さんとお母さんに怒られて、腕輪と足枷を重くされた。それからしばらく動けなくて、ご飯も食べられなくて泣いたのを覚えている。だから、腕輪や足枷を外すのはめってアイリーンは知っている。

 だんだん腕輪や足枷は重くされる。アイリーンは頑張って、その重さに慣れて、生活していた。

 アイリーンが手枷足枷で縛られていることで両親が私を忌み子と捨てないなら、それでよかった。

 アイリーンは忌み子と呼ばれた。もしかしたら、地に足がつかないみたいなあのヘンテコな状態がいけなかったのかもしれない。

 でも、本当のところはお父さんもお母さんも話してくれなかったからわからない。

 だって、アイリーンは六歳のときに両親と離れることになったからだ。

 *

 忘れもしない。それは初夏のことだった。あまり暑すぎず、水が冷たくて心地よいなっていうくらいの天気のとき。

 私は珍しく、お父さんお母さんとお出かけをしていた。「川を見に行こう」ってお父さんが提案したんだ。立派な滝のあるところなんだって。初めてのドライブだ! 家族旅行だ! って車に乗った私は興奮した。

 普段ネグレクト──私に構ってくれないお父さんとお母さんが私を連れてお出かけ。それだけで嬉しかった。

 初めてのお出かけで見た川は水位が増していた。たぶん、こないだ降った大雨の影響で川の増水がまだ引いていないのだろう。梅雨明けもまだ宣言されていないし。

 そのとき、気づけばよかったんだ。雨で濁った川になんて何しに行くんだって。常識で考えれば、危険だってことはすぐわかったはずなのに。私は、アイリーンは初めての家族のお出かけということにはしゃいで気にも留めなかったんだ。だって、まだ六歳だよ? トウルちゃんほど頭も良くないし、親の奸計なんて気づけるわけなかった。

 それに滝はこの辺りでは名所で、名所に連れていってもらえるなんて、なんて贅沢なんだろうって思ってたくらいだから。

 滝に着くと、両親はアイリーンにいつもは見せてくれない満面の笑顔を見せてくれた。それから言った。

「水遊び、してらっしゃい」

「はぁい」

 自由にしていいなんて滅多なことじゃ言われない。それにトウルちゃんはお勉強が好きだから、あんまり体を動かして、という時間は取れなかった。アイリーンは重りに慣れるためにも、体を動かす方が好きだった。

 水遊び。なんだかよくわからないけれど、さらさら流れる水を手で掬ってぱしゃぱしゃやるだけでも、楽しかったんだ。水遊びってそういうものでしょ? 幼い私は、行動に意味なんか求めていなかったし、考えてもいなかった。

 だから親がバーベキューの準備をする間、滝の手前で水遊びを楽しんだ。

 いや、楽しんでいた。

 私をとん、と突き落とす、お母さんの手があるまでは。

 最初、お母さんが、バーベキューの準備ができたから呼びに来たのだと思った。けれど違った。お母さんはお父さんに固定されながら、アイリーンの肩をあらんかぎりの力で突き飛ばしたのだ。

 落ちていく視界の隅で岸を見ると、当然のようにバーベキューの準備なんてされていなかった。

 濁流の中お母さんを支えたお父さんと、アイリーンを突き飛ばしたお母さんは落ちていくアイリーンをじっと見つめていた。そして、足の重りで踏ん張ってもどうにもならないアイリーンの様子を見て、滑稽だと言わんばかりに笑った。

 お父さんとお母さんが私を見て笑うのは初めてだった。

 それが嬉しくて、やっと必要とされたんだと思って、私も笑おうとし──笑顔を浮かべる前に滝に飲まれた。

 滝とは水の竜と書く、と前にトウルちゃんが小難しいことを言っていた。水の竜とは強そうだな、と思ったものだが、実際に巻き込まれてみると、強いどころの話ではない。重りがあるせいで水圧? の影響を受ける私の体は滝の各所にある岩に打ち付けられ、増水した川に落ちる頃には全身打撲。痛いけれど、ここは水の中。痛いと言おうとすれば、濁った水が口の中に入ってきて、意識を曖昧にする。

 増水しきった川は重りつきの私をいとも容易く流し、重りつきの私は浮かぶこともできず、本当に流れに身を任せるしかなかった。

 いつの間にか、アイリーンの意識は閉ざされていた。

 浮き上がりもしないアイリーンの体は誰にも気づかれないで、藻屑となるのだろう。

 それが両親の願いだったのだと気づいた。

本当は一人で勝手に流されればよかったんだろうけど……

 まあ、結果は変わらない。

 *

 そこから辿ったのは数奇な運命だった。まあ、言ってしまえば私の運命というのは数奇の連続だと思うけれど。

 さすがに巨大な岩に頭をぶつけたときは死んだと思った。

 それが今、目を開けて、少し褪せた白い天井を見上げている。当たり前だが、知らない天井。

「よう、餓鬼、生きてるか?」

 知らない男の人がそう問いかけてきた。知らない人に話しかけられたら答えると捕まっちゃうって聞いたけれど、もう捕まっているようなもんだろう、と私は楽観視して答えた。

「生きてるみたい」

 なんだか、拍子抜けだ。

 あれだけ死ぬような思いをしたのに生きているなんて。

 助けてくれた人には失礼だろうが、私はあのまま死んでいてもよかったと思った。

 だって私は、忌み子なんだもの。

 起き上がろうとするとずきりと全身が痛んで動けなかった。無理をするな、と言葉少なに言ったその人はミルクティーみたいな色の瞳を淀ませていた。

「全身打撲、頭部挫傷。生きているのが不思議なくらいだ。だったら黙って──生きとけ」

 その人の「生きとけ」という一言が手足の枷よりもずしりと重く心に響いた。

 そういえば、トウルちゃんと読んだ本の中に「命あっての物種」やら「命があるだけでもめっけもん」やらといった言葉があった。命があるのはいいことだという意味合いの言葉だ。どうやらその言葉は忌み子である私にも適用されていいものらしい。

 それに点滴や心電図、呼吸マスクまでつけられている。つまり私は抵抗のできない状態で生かされてしまっている。ならば、生きるしか選択肢はなかった。

 けれど、意識が覚醒したのだから、現状くらいは理解したかった。今度は私が男の人に問いかける。

「貴方はだぁれ? ここはどぉこ?」

 すると、その人はちょっとだけ苦笑いをして、答えた。前髪を掻き上げた右の手首に紫水晶の腕輪が見えた。アイリーンにつけられた鋼鉄の腕輪より綺麗でいいなあ、と純粋に思った。

「俺は……迅。片桐迅。……ここは裏組織。マフィアと言ったらわかりやすいか」

「なんでマフィアがアイリーンを助けるの?」

 アイリーン? とジンは首を傾げたがまたすぐ答えをくれる。

「お前を助けたことを言っているなら……たまたま散歩中にお前が流した血が見えたからだ。マフィアってのは表で語られるほど物騒なだけの組織じゃない。お前は変な重りがつけられていたから最初は不審に思ったが……どう見ても堅気の人間で女子供だ。そういうやつは救う質をしているのさ。マフィアってやつは」

 どうやらアイリーンは堅気だから助けられたらしい。単純な理由はわかりやすくて好みだ。

「アイリーンとはお前の名前か?」

 今度は私が問いに答える番。首を縦に振ったらいいのか横に振ったらいいのか微妙にわからなくて、私は言葉だけを連ねる。

「私の名前はアイリッシュ・ワーグナー。アイリーンは愛称。可愛いでしょ?」

 少し呼吸に余裕がなかったけれど、笑ってみせる。暗く淀んだ瞳をしているその人を笑わせようとして。だがその目論見は失敗する。

 その人は私の自己紹介を聞いて、目を見張っていた。まるでそこにあるはずがないものを見るように。

「確か水難事故で死んだとされた少女がアイリッシュ・ワーグナーと言わなかったか……?」

 そこからだんだんと辻褄を合わせていく。私が意識のない間、何があったかを。

 私は二週間もの間眠っていたらしい。身元不明だが、堅気の人間ということで、ジンを始めとするマフィアの人たちは必死に命を繋ぎ止めようと奔走してくれたらしい。その結果が延々と終わらない点滴と規則正しく鳴り響く心電図、呼吸の助けとなる酸素マスクらしい。

 心臓は動いていたし、飲み込んだ水も早期に吐き出し、回復の兆しが見られる、と希望を持って二週間。随分待たせてしまったものだと私は思った。

 ただ、マフィアという裏社会の組織で請け負ってしまったため、簡単に表社会に返すことはできないらしい。複雑な事情があるのだろう。

 しかも目覚めたら、自分は社会的には死人扱い。戻すものも戻せない。

 私の捜索願いを一応誰かが出してくれたらしい、が、警察やら消防やらの捜索開始から48時間が経ってしまうと生存の確率ががくんと下がってしまうらしい。そのことから、両親は捜索一週間で私を死んだという現実に塗り替えたらしい。

 つまり、私は一週間前に表の社会では死んでいるのだ。葬式もお通夜も済んでしまったらしい。まあ、近頃は生前葬という概念があるくらいだ。六歳とは生前葬には六十年くらい早いかもしれないが、まあ早めに経験したということにしておこう。

 葬式は身内でひっそり行われたそうだ。下手にマスコミに掘られるとボロを出しそうで怖いから、早めのこの対処なのだろう。

 役所に死亡届が出されたとはいえ、一応警察なんかでは私はまだ行方不明扱い。まあ、戻れなくはない。

 だが、きっと今戻っても同じことだろう。きっとまた突き落とされる。そんなループが続くのなら、トウルちゃんに会えないのは寂しいけれど、ほとぼりが冷めるまで雲隠れというやつをした方が得策だ。私はジンの組織に匿ってもらうことになった。

 裏社会ながら、適度な教育を受け──時々表では使わない知識もつけられたが──私はおよそ七年の時をその組織で過ごした。

 ジンのこともいつの間にかボスと呼ぶようになっていた。ジンは組織のトップだから。

 けれど、まだ裏の表舞台には出ていない私を「まだ引き返せる」とジンは私に失われたはずの「アイリッシュ・ワーグナー」の戸籍を寄越してきた。

 調べた結果、私を一度死なせた両親は事故で他界していた。そのため、私を繋ぐ鎖はもう、表にはない。

 「会いたいやつがいるだろう」と言われて、 私は迷わず頷いた。

 そして十三歳、私は外に出た。

 トウルちゃんとの再会を果たし、政府の協力を得て、戸籍を取り戻した私は学校に通うこともできるようになって。

 表社会で明るく気さくに振る舞う普通ライフが私を歓迎した。

 ──かに思えた。

 けれど、私には知らず知らず、鎖がいくつか巻きついていた。

 一つ。親が残した手枷足枷。GPSは当の昔に壊れたけれど、私はそれなしでは普通には生きられない体になっていた。

 一つ。ジンという裏組織との繋がり。戸籍を取り戻してもらうのに協力してもらったため、恩返しをしなくちゃなぁ、と思っていたのだ。──何せ裏組織は表が思うより義理がたいのだから。

 一つ。これもマフィアと同じだが、戸籍を取り戻すのに協力してもらった政府との繋がり。政府はなかなか悪どくて、ある程度の教育期間を終えたら私を利用するつもりらしい。誰も口に出していないが、暗黙下でそういう動きがあるのを普通より聡明な私は察していた。

 まあ、政府に利用されるのは仕方のないことだ。一度死んだ身を生き返らせてもらったのだから、その恩は計り知れないだろう。

 ……ただ、堅気のトウルちゃんから離れてしまうのは嫌だなぁ、と思った。

 トウルちゃんがどう思っているか知らないけれど、私だって、一丁前に恋心くらい抱くのだ。

 私にはトウルちゃんしかいなかったから。会えなかった七年間は想いを募らせるには充分すぎる時間だった。

 *

 だが、なんという偶然だろうか。

 政府は私をとある研究室とマフィアのスパイに仕立て上げた。

 そのとある研究室というのが、トウルちゃんの所属する研究室だったのだ。

 私は当然喜んだ。立場を盾にトウルちゃんの傍にいられるのだ。

 ……けれど、人生とは上手くいかないもので、研究室に就任したときにはもう、トウルちゃんには想い人ができていた。当人同士は無自覚の両片想い。

 強い絆で結ばれてしまっていることを悟ってしまった私は、その想い人に地味な嫌がらせをするしかできなかった。

 それは罪悪感が増すばかりの行為だった。

 マフィアに関してもそうだった。三重スパイ。なんて不義理なことをしているんだろう、と苦しんでいる。

 けれど、私が生きるには、この苦渋だらけの生活を受け入れるしかない。

 それを一時でも忘れようと、私は体術を覚えた。重りつきのブーツはもはや相棒。

 そんな規格外の戦闘能力の私は次第に裏社会でも恐れられる存在になった。戦闘狂にもなったと言われる。仕方ないだろう。

 戦っている間は全てを忘れられるのだから。

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