こんにゃく先生の弟
星屑による、星屑のような童話。
お読みいただけると、うれしいです。
【ひだまり童話館第28回企画「たぷたぷな話」 参加作品】
勉強する意義って何だろう――。
教室の窓から見える緑の濃くなった5月の山々を見渡しながら、僕はそう思った。
中学2年にもなって、まだそんなことに悩んでるの? なんて思う人もいるかもしれない。だけどこの世の中、中2病とかいう言葉もあるって聞いたことあるし、今はファンタジーの世界みたいに色々と迷っていい時期だと思うんだ。
なんてぼんやりと外を見ていたら、とんとん、僕の肩をたたく者がいた。
振り返ればそれは、小学校時代からの同級生、美千代ちゃんだった。
「ちょっと、新一君……。最近、元気ないよ。もしかして、学級委員になれなかったから落ち込んでるの?」
グサリ、無邪気に僕の痛い所を突いてくる、美千代ちゃん。
そうなのだ。
僕の『学校人生』始まって以来、初めて、学級委員に選出されなかったのだ。今回も学級委員に選ばれた美千代ちゃんに言われるとちょっとイラッとなったけど、美千代ちゃんの嫌味の無い目を見れば、とくに意地悪で言ってるわけではないという事がわかるので、何気ない感じで僕は答えることにした。
「そうかな……。特に、そんなこと気にしてなんかないさ。心配してくれてありがとう」
そのとき教室中に鳴り響いた、チャイム。
朝のホームルームの時間が始まったのだ。急いで、自分の席に着く。
すると、ガラッと音を立てて教室の入り口のドアが開き、担任の加藤先生が、のっぺりとした灰色の表面を持つ、そして、四角い形をした何かを引き連れて入って来た。
――ん? こんにゃく先生じゃないか。なんでまた、ここに!?
去年の夏以来の彼の登場に、教室が騒然となる。
そりゃあ、そうだろう。
だって、どっからどう見ても、そして何度見なおしてみても、一枚の巨大な『板こんにゃく』にしか見えないんだから!
「ええ、今週一週間ですが、先生はバカンス――いや、どうしても外せない個人的都合――がありまして、お休みを頂くことになりました。つきましては、私の代役として臨時教員のこんにゃく先生をお呼びいたしましたので、皆さん、先生のいうことをよく聞くように!」
いつもにも増して、元気いっぱいの加藤先生。
でも、よく見れば、先生の格好はどう見ても家族でキャンプに向かうお父さんのそれだった。迷彩服のようなアウトドア用の上下服に、焚火に使う枯れ葉のような色をした茶色のベスト。帽子は、ボーイスカウトが使う感じの大きな『つば』のついた丸い形のもので、どうやら新調したばかりのものらしく、ピカピカ眩しいくらいに光っている。
――去年は海で、今年は山に遊びに行くんだな。
クラスの誰もが、そう思ったときだった。
割りばしのようにほっそい足を小刻みに動かし、ずずいと前に進み出たこんにゃく先生。どこからどこまでがそうなのかわからない顔の中の、これまたどこからどこまでがそうなのかわからない口らしきものを動かして、こう言った。
「昨年は、授業を邪魔してしまうことになり、誠に申し訳ありませんでした……。今年はちゃんとした授業をするように頑張りますので、よろしくお願いします!」
ぐにゃり、こんにゃくが縦に折れ曲がった。きっと、お辞儀をしたんだろう。
それに対して起こったのは、ぱらぱらとした気のない拍手だった。生徒たちの反応は決して良いものとはいえなかったが、それを気にする様子もない、こんにゃく先生。それを見た僕は思わず立ち上がって、先生に向かい、こう叫んだ。
「また、こんにゃく先生? ……もういい加減にしてくださいよ。僕は、授業をボイコットします。図書室で自習しますので、失礼します!」
もう、僕は学級委員ではないのだ。
生徒の模範とならなくたっていいわけだし、先生がこんにゃくであるという事実の不思議さに比べれば、きっと、これくらいのわがままは大したことはないはずだ。
荷物の入った鞄を持って教室から出ようとする僕の背中に、こんにゃく先生が声を掛けてきた。
「おお、君は南 新一君じゃないか! 去年は、済まなかったな。だが、先生はがっちり心を入れ替えたのだ。本当に、本当だよ……。たまには、先生のことを信じてもらえないだろうか。このとおりだ」
振り返ると、こんにゃく先生がまたもや折れ曲がって――いや、深々とお辞儀していた。そのしおらしさにびっくりした僕は、すごすごと引き返し、大人しく席に着いた。
――たまには、こんにゃくを信じてみるか。
ウキウキ気分の隠しきれない加藤先生が教室から去ると、すぐに、こんにゃく先生の授業が始まった。
☆彡
おどろいた。
あの、こんにゃく先生でも普通の授業ができるんだ――。
顔なのか首なのか肩なのかよくわからないところからにょきっと生えた腕でカツカツと黒板に文字を書き込みながら、一時間目の理科の授業を整然とやっている。その様子が返って奇妙で、僕の頭に全く授業の中身が入ってこなかったほどだ。
と、こんにゃく先生が、こんにゃくのつぶつぶを原子に例えながら、物質の分子構造に関する問題を出したのである。
「この問題の答えだが……そこの君、わかるかな?」
そうやってあてられたのは、ややぽっちゃり系の男子、真田君だった。
たぷたぷとしたほっぺをぷるんと震わせながら席から立ち上がると、小さな声で「わかりません」と答えた。
すると先生が、ぷんすか怒りだした。
「な、なんだ、そのたっぷんたっぷんの『ほっぺた』は! もしかして、先生への挑戦なのか? その程度の柔らかさでは、先生のほっぺたには到底勝てないぞ!?」
「いえ、決してそんなつもりでは……」
――なんか先生、ずれてる気がする。
「ほら、良く見てみろ。板こんにゃくの『たぷたぷさ加減』は世界一なのだ。恐れ入ったか!」
――こんにゃくに、人間がたぷたぷさ加減で敵うわけないじゃん。
僕が頭を抱えた、そのときだった。
やっぱりというか、予想どおりというか、いつもどおりというか、廊下で大きな声がした。
「待て、待てい! 板こんにゃくごときが、『たぷたぷ』を語るとは許せんな! 真のたぷたぷ世界一は、この私だあ」
「も、もしかして、その声は――!?」
教室の入り口ドアがガラリと開き、その人物?が現れた。
なんと言えばいいのだろう……。まるで巨大な心臓だった。ハート形をした、赤い半透明の大きなかたまり――といったところ。
「お、お前は我が弟――いや、弟だったというべきか――こんにゃく二郎ではないか!」
「こんにゃく太郎の兄貴よ……もう、その名前は捨てた。今の俺の名は『こんにゃくゼリ乃介』だッ」
「ゼ、ゼリ乃介……だとぉ!?」
――なるほど。この人、『こんにゃくゼリー』だったんだ。っていうか、先生の本名、こんにゃく太郎だったんだ!
「誇り高き群馬のこんにゃくともあろうものが、ゼリーなどという『まがい物』に魂を売るとは言語道断! まあ……お前のことなど、もうとっくに弟だとは思ってはおらんがな」
「ははは……。いつまで、その強がりが言えるかな? その減らず口、俺とたぷたぷ対決して勝ってからたたくが良い」
「ぐぬぬ」
まあ、やっぱりというか、予想どおりというか、いつもどおりというか、謎の対決が中学2年の生徒たちの目前で始まったのである。しかも今回は血を分けた?兄弟の対決というのだから、更に謎が深まった形だ。
「さあ、お題を出すぞ……。今日の対決の品はこれだ!」
ゼリ乃介が、やはり顔なのか首なのか肩なのかよくわからないところからにょきっと生えた手を突き出し、そう言った。
その手が持っていたのは、キラキラと光る『ビー玉』だった。
「このビー玉を2メートルの距離から投げ、その跳ね返った距離が大きい方が、たぷたぷ対決の勝利者となる」
「……いいだろう。受けて立つ。ゼリーなどに負けるわけがない」
「おお、そうか。それでは……先ほどたぷたぷ対決で兄貴に負けた真田君、このビー玉を俺たちのほっぺたに1回づつ、同じ力で投げつけてくれるかな?」
「ええッ? 僕って、対決に負けたんですか? というか、先生たちのほっぺたってどこですか??」
そんな真田君の悲痛な叫びは先生たち兄弟には届かなかった。
教台の位置から2メートルの位置に立たされ、ビー玉を無理矢理に持たされる。
「も、もうどうなってもいいや、エイッ!」
真田君が投げたビー玉は、まずはゼリ乃介の恐らくはほっぺたに当たり、1メートルほど跳ね返った位置で床に落下した。
誰が指名したわけでもないのに、計測担当として学級委員の美千代ちゃんが、どこからか持ってきたメジャーを床に当て「1メートル10センチ!」と宣言する。
それを見たこんにゃく先生が、鼻息 (どこが鼻かは不明だが)を荒くした。
「よっしゃ、こい! 二郎――いや、ゼリ乃介が1.1メートルなら、俺は2メートル以上飛ばしてやる!!」
僕だけを取り残し、盛り上がるクラスメイトたち。
真田君も、いつの間にやらノッて来て、こんにゃく先生のどこかわからないほっぺたにビー玉を思いっきりぶっつけるべく、腕をぐりぐり回して二の腕に力を込める。
「それじゃ、行きますよ……エイッ!」
真田君の手から放たれたビー玉が、こんにゃく先生の体に当たり、跳ね返った。
しかし、その瞬間。教室が静まり返った。
「さ、30センチ……」
その距離を計測した美千代ちゃんの声が、悲しげに教室に響いた。たぷたぷ対決は、先生の弟、こんにゃくゼリ乃介の圧勝となったのだ!
喜び叫ぶゼリ乃介を横目に、こんにゃく先生が弁解を始める。
「いや、今のは柔らかいほっぺたじゃなくて固いアゴに当たったのだ。跳ね返りが少なかったのも、当然だよ。だから今の勝負は無しにしてくれ。頼む!」
しかし、先生の主張は結局受け入れられなかった。
まあ、この混乱はどこからどこまでがアゴでどこからどこまでがほっぺたなのかがよくわからないことにも原因があるのだが、「やり直すのも面倒」という学級委員の美千代ちゃんの判断により、『勝負あり』という事で決着する。
「ぐぬう……残念だ。この私も、まだまだということだな」
「ああ、そのとおりだ。この時代、こんにゃくとはこうあるべき、などという既成概念を持っているようではだめだという事さ」
「よくわかった、弟よ。いや……これからは師匠と呼ばせてもらおう。よくわかりました、ゼリ乃介師匠!」
そう言って肩?を組み、仲良く教室を出て行ってしまったこんにゃく兄弟。
やっぱりというか、予想どおりというか、いつもどおりというか、呆気にとられた形の生徒たちが教室に取り残される。
僕は、教室の窓から見える景色を眺め、この世の諸行無常について思いを巡らせた。窓から優しく吹き込む春のそよ風が、僕の冷えた心をほんのりと温めてくれた。
☆彡
翌日。
教頭先生により山から連れ戻されたらしい加藤先生が、憮然とした表情で教壇に上った。その格好は、キャンプモードから通常モードのスーツ姿に変わっていた。
「ええ、残念ですが……誠に誠に、残念でありますが……臨時教員だったこんにゃく先生は、『私には、既成概念にとらわれた現在のこんにゃく界を打破するためにやるべきことが、まだまだある』とだけ言い残し、地元の群馬に戻られたということです」
やっぱり、こんにゃくなんて嫌いだ。
――大っ嫌いだ。
(おしまい)
お読みいただき、ありがとうございました。
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また、このお話は「こんにゃく先生シリーズ」?の4作目です。
興味を持たれた方がもしもいらっしゃるのなら、私の作品シリーズ「星屑の童話たち」をご参照ください! こんにゃく先生を含め、過去のお話に出会えますよ。