2代目団長フィルム
2代目の机は案の定、書類の束。3代目の机まで侵食している。
2代目団長フィルムさん。御歳57歳。27歳の頃からパートナーも見つけず、ひたすらこの討伐団の為に今も尚尽力し続けてる人だ。
妖種エルフ系特有の尖った耳とその緑の目はまだ健在。その白髪混じりの緑の長い髪を後ろで一本に結び、老眼鏡をかけたその目から書類を離ささず俺に話す。
「作戦はうまくいったようだな。」
「はい。怪我人もなく、しっかりとクイーンアントの存在を確認することが出来ました。」
「上出来だ。で?私に何の用だ?」
話ながらも書類に何かを書き入れている。流石2代目。『次期宰相』と呼ばれただけのことはある。
2代目は元々騎士団には所属しておらず、当時の皇太子付きの文官だったそうだ。周囲から『次期宰相では?』と噂されるほど仕事ができ、知識や状況理解力、戦略に長けていたらしい。
騎士団が討伐派遣されるって決まったことで、急遽副隊長として臨時の入団になったと、2代目は言っていた。
だから、武力に関しては俺よりも弱い・・・らしい。手合わせはしたことないけど。
「3代目なら外の開発室で実験するって朝は話していた。まだそこにいるかどうかは判らないが。」
「ありがとうございます。行ってみます。」
俺が部屋を出ようとしたとき、「カウル」と、名を呼ばれた。
「はい?」
「・・・・頼んだぞ。」
「・・・はい。」
2代目は30年間ずっとあのアント達と戦って来ていた。その親玉、クイーンアントまであと一歩のところまで俺達は来ていた。
この作戦、成功させたい。
団長室を出て階段を降り一階へ。鍛冶室の前を通って裏口のドアを開けて外に出る。
そこにはもう村と呼んでもいいほど、建物や畑や農場が建ち並んでいる。
巣しかなかったらこの地をここまで整備したのも2代目だ。
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初代が死んだあと、2代目は無闇にコロニー中に攻め入らずに情報収集、生物学者やバース研究家、地理学者などを呼び寄せたり、資料文献を集め調べることから始めたそうだ。
その結果、わかったこと。
『闇溜まり』を破壊せず、『闇溜まり』から出てくる他のバースに対応しながら、アント数を減らしていかなければならなかったのだ。
アント数を減らしすぎると、闇溜まりから出現したバースにより巣が破壊され、アントとその他バースが外へと溢れてしまう。
闇溜まりを減らしてしまうと、餌を求めたアントが外へ溢れてしまう。
バランスをとりながら、双方討伐するという途方もない難易度。生き残った騎士10名だけで、アントコロニーと闇溜まりを壊滅するのはどう考えても不可能。
2代目はファルリア王国に再三に渡って人員補充と追加援助の要請するも、『我が国の騎士団はフォレストアントごときに苦戦する訳がない』と全く取り合ってもらえなかったそうだ。
圧倒的に人手も時間も資金も足りない。
2代目は国を説得し支援が来るまで、まずはスタンピードを防ぐ時間を稼ぐことにしたそうだ。
専門家から、フォレストアントの月の産卵平均数と羽化時間を学び、月の討伐個体数を計算。毎月100体討伐することで、何とか産卵で増えた個体数分を減らそうとした。
『怪我人も含めての10人で毎月100体を倒すことは本当に苦労した。』と2代目は言っていた。
そりゃそうだ。囲まれて、集団で襲われたら、あっという間に食い殺される。その為、偵察にフラフラきたアントを数人で討伐していくとなると、運が良くて70体、時には20体しか倒せない月もあったらしい。
『国からの援助を待っていたら間に合わない』と、2代目は身銭をきって持てる最大限のコネと伝手を利用して、討伐に参加してくれる者や色んな分野の専門家を集めたそうだ。
フォレストアントの生態を調べつくし、弱点や効率のよい殺傷方法の研究を始め、建築士には巣の構造からどのように攻略していくべきか、また、巣が壊れないようコーティング出来る素材の研究を依頼。
薬医士にはフォレストアントに有効な毒薬の開発を依頼。
生活物資が枯渇しないよう、商人と契約。
日々使用する武具の修理やフォレストアント討伐に特化した武具の作成のため、鍛冶士を召集。
食生活や怪我などへの治療の為に、専属の調理士や薬医士を雇用。
フォレストアントの討伐とは別に、ナウ大森林でのバース討伐や希少物採集を実施。それを売ることで、雇った彼等の定期的な給与資金を確保。
テント生活では疲れもとれないだろうと、巣周辺の木々を広範囲に伐採、土地を平定し、将来を見据えてこの現在の本部を建築。
『ナウ大森林に行けば、仕事があるらしい』、そんな噂から一人、また一人と討伐騎士隊に訪れる者が増え、2代目に共感した腕っぷしの強い傭兵や請負人、代理人も集まりだし、10名しかいなかった仲間は、1年後には80人まで協力者が増えたそうだ。
彼等の加入もあり、月の討伐目標としていた100体を確実に仕留められるようになると、空いた時間でナウ大森林の希少物採集等をする。
それらを売ることで金銭面で余裕が出てくると、武具開発や回復薬、研究へと投資され、更に人も物資も資金も集まるようになっていったそうだ。
討伐派遣されてから1年半、ようやくうまく回り始めた頃、ファルリア王国から通知が2代目へと届けられた。
ざっくり言うと『いつまで森で遊んでいるのだ。今すぐに儲けた資金を持って帰ってこい』だったそうだ。
2代目はこの日、騎士団を辞職。
そして新たに作ったのがこの『ナウ大森林討伐団』という組織。
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「3代目、カウルです。入りますよー?」
ノックはしない。いつも無視されるからだ。
「んーーー」
恐らくいいってことだと思う。
開発所の中に入ると、全くわからない設計図や謎の物質がところ狭し且つ乱雑に置いてある。
「んーんーんんーんー、んーんんんー?」
3代目・・・・頼むからプラスドライバーを口に加えながら、話すのはやめてほしい。全く聞こえない。
「何いってんのかさっぱりわからないけど、とりあえず報告。作戦は無事に成功しました。以上です!」
「んーんーーんーんーんんんんー!」
だからわからんってば!
「3代目!口からドライバーとって!」
「ん?んーんーんー!咥えてんの忘れてた!んで!?ゴーグルどう?使い心地とか使い勝手とか・・・あとあれね!光測計!どう?どう?」
「・・・・えっと、ご自分の発明品のことを俺に聞く前に、まずは『作戦どうだった?』とか、『クイーンは?』とか団長として聞いとくこと他にあるでしょうが。」
「そんなの、カウルが作戦指揮してるんだもん。大丈夫!」
ダメだろ。
と、言い返したところで収まるような人じゃないことはわかってる。
「その辺は定時報告会で。では。」
俺はクルリと踵を返して、部屋をあとにする。
「ちょっと!カウル!」
俺を呼んでいるが、聞こえなかったことにしてドアを閉める。
発明になるとものすごい能力を発揮するんだけど、それ以外は残念な3代目なのだ。
でも、3代目がこの討伐団に来なかったら、ここまで討伐を進めることは出来なかっただろう。