フォレストアント
遡ること31年前。
ナウ大森林にしかないという薬草採取の依頼を受けた依頼請負人達。
彼等はナウ大森林の手前で一晩過ごし、日の出と共にナウ大森林へと向かった。
歩き始めて50分程、距離としては大森林に入ってからまだ4キロほどしか歩いていない所で、彼等は奇妙な岩山を発見する。
一見するとただの岩山か小高い丘のようであったが、経験豊富な依頼請負人リーダーであった男性は気がついた。
これは『フォレストアントコロニーではないか』と。
この世には『闇溜まり』という突然と現れる現象がある。研究者によると『闇溜まり』は、生物から無意識的に放出されている『魔力』が濃縮されることで発生するとされているが、真偽は定かではない。
その『闇溜まり』から生み出されるのが『バース』と呼ばれている生物。
『闇溜まり』から発生した『バース』はその土地の気候や環境に左右されることが多い。無害なものもいれば、人に使役されるもの、飼育され飼い慣らされているものいる。
その様々な種類がいるなかで、この『フォレストアント』は森林で誕生しやすい、どの森でも見かけるようなよく発生する『バース』だった。それは勿論、このナウ大森林においても変わらない。
フォレストアントの特性でよく知られていたのは、
『肉食で凶暴な性格で肉食』であること。
『森に生息し、アントコロニーという盛り上がった巣を作る』こと。
『個体数が増えるとその個体の中からクイーンと呼ばれる雌個体が形成される』こと。
『そのクイーンが形成されると、闇溜まりからではなく、そのクイーンが産卵をして個体数を増やしていく』こと。
『クイーンの産卵に合わせて、餌を求めたフォレストアントが、家畜のバースを襲う』こと。
家畜が攻撃を受けるため、被害がわかりやすく、出現と同時にすぐに討伐依頼が来るのだ。
ナウ大森林以外の場所であれば個体の大きさは1cm程度で、巣は1m程。ナウ大森林の個体も10~20cm程度で、巣の大きさも報告されている限りでは最大でも10m前後程度が殆ど。
しかし、コレは違う。
あくまでも彼の目測でしかないが、最長高80メートル、横幅200メートル、長さ400メートルはあると思われた。通常で発見されるフォレストアント巣の何十倍の大きさだ。
その大きさから見積もって、クイーンが形成されて少なくとも5年、いや10年は経過しているように見えた。そのくらい巨大な岩山となっていた。
しかし、ナウ大森林周辺でフォレストアントに纏わる話は噂レベルでも聞いていない。依頼斡旋組合でも、そんな話は出ていなかった。
つまり
『この巨大な巣から大量のフォレストアントが這い出て、町を襲う可能がある』
彼等は直ぐさま数日かけて300キロほど離れた町へと戻り急いだ。町に着くや否や依頼斡旋組合にフォレストアントコロニーの報告をする。
報告を受けた依頼斡旋組合は、すぐに王都に伝令を飛ばし、ファルリア国王の耳へと届けられる。
『所詮10cm程度のフォレストアントだろう』と事態を軽視しつつも、国として対応をしなくてはならなかった為、ファルリア王国当時の宰相は騎士団の派遣を決定。
ファルリア王国騎士団より選出された30名の騎士達。これが後のナウ大森林討伐団の始まりとなる。
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フォレストアントクイーンのいる部屋は暗い。
ゴーグルの横にあるボタンを通常モードから暗視モードへ切り替える。
緩やかな下り坂で広がる巣の中。近くにはフォレストアントの姿はいない。上の囮にしっかり連れられている。
俺達3人はお互い顔を見合い、頷く。
10分というわずかな時間に、やらなくてはいけないことがあるからだ。
一人はマッピング。クイーン討伐のためには、この内部地形を理解しておかなければならない。
『光測計』といううちの開発部が作った、特殊な機材で室内の計測を始める。
もう一人は地質調査。巣のサンプルを削り集めだす。
俺の役割はタイムキーパーと、偵察。
ゴーグルの右側にあるダイヤルを回すと、倍率が上がり、遠くのものが見えるようになる。これもうちの開発部の作ったもの。
巨大な吹き抜けの空間、その空間の緩やかな坂を下った一番奥。まるで舞台の中央で演技をする主役のように堂々とした姿、通常個体よりふた回りは大きい個体、そして何より現在進行形で卵を産んでいる個体。これがフォレストアントクイーンとみて間違いない。
その手前には、10・・・・14体のフォレストアント。恐らくこいつらがクイーンを守る兵隊。
フォレストアントの生態のひとつに、『割合』というのがあって・・・例えばクイーン以外に10体の家来がいたとする。すると、1体は必ずクイーンの護衛に。9体は獰猛な兵隊に、1体は偵察として独断で動く。不思議なことに必ず1:9:1の割合になるのだ。
つまりクイーンの側の護衛個体数を数えれば、全体の数が把握できるというわけだ。
つまりあと126体の好戦的な兵隊アントと、14体の遊撃アントがいるということ。
卵の数は・・・・40個。恐らく今日産み始めたんだろう。
これもフォレストアントの特徴で、フォレストアントクイーンは月に一度、一度に100個程の卵を産む。それが3週間ほどで孵化、また100個産むの繰り返し。
ってことは、あと3週間は確実に個体数は変わらないってこと。
長年にかけて、先人達がフォレストアントを殲滅するために研究しつくしてくれたからこそ、分かったことだらけだ。
っと、時間は・・・・2分を切った。脳内時間だけでは少し不安だったので、一応時計測を見る。残り158秒。ほぼ誤差なし。
そろそろ撤退準備。
右小手にある小手弓に小矢をセットする。
右中指にはめたリング、これにより中指の動きをトリガーにし矢を放つことが出来る・・・これも開発部の作成した道具の一つ。
この小矢は特殊矢。今回は『光苔矢』というものを使用。
手前の方からクイーンのいる方まで約2m感覚で矢を打ち込んでいく。
打ち込まれた矢は、土に刺さると同時に分解され、光苔のような物体となり散らばる。3日後には、苔が繁殖し、次回この場所に来たときには、暗視モードにしなくてもいいくらいに明るくなっているはず。暗視モードと言ってもやっぱり暗いし見えにくいしね。
フォレストアントは光を感知出来ない。けど、振動に対しては敏感。
矢の終着位置がクイーンアントに近づくにつれ、護衛アント達が異常な振動に気がついて動き出す。恐らく上の囮達に連れられた個体にも気付かれるだろうが、それでいい。
作戦通り、今度は俺達が囮になる時間だから。
マッピングとサンプル採集を終えた二人も俺と同様に矢を射ち放つ・・・残り10秒。
ハンドサインで『戻る』合図をしながらも最後ギリギリまで矢を放ち、入ってきた場所へ向かって後ろ下がりに出ていく。
俺の体が完全に外に出たあと、門番役が切り取った土壁をはめ、継ぎ目を特殊粘土で埋める。
この粘土はフォレストアントが嫌いな匂いやフォレストアントにしか効かない有毒物質を含んでいるため、打ち破られることは今のところはない。
ゴーグルを外し、一息つく。
「うわー、疲れたぁ。」
もう全身汗だく。
特に激しい運動をしていなくとも、初めて対峙するフォレストアントクイーンは怖いし、いつフォレストアント集団リンチをくらうかわからない斥候は、緊張する。
「マッピングも問題ない。定時報告会までには図面と模型にしてくる。」
さすが建築家志望だけのことはある。いまもぶつぶつ言いながら図面の続きを描いている。
「サンプルも無事取れたし、あとはこれを研究班に回しておくよ。」
「うん、頼んだ。」
そんな一息ついてた俺達のところに、囮組の面々が戻ってきた。
「お疲れさん。こっちも無事に作戦完了だ。」
囮組は6人。
それぞれ刈った獲物をロープで引きずっている。
フォレストアント。
ナウ大森林以外の場所であれば個体の大きさは1cm程度で、巣は1m程。ナウ大森林の個体も10~20cm程度で、巣の大きさも報告されている限りでは最大でも10m前後程度が殆ど。
けど、この巣のフォレストアント個体は違う。
体長2m、先ほどのクイーンに至っては3mはある。明らかにデカイ。この巣の中の特殊な環境に適合し、進化してきたのがこの巣の中にいるフォレストアントだ。
「何体倒した?」
「12体。運良がいいのか悪いのか丁度『闇溜まり』からも客が現れてよ。しかもファントムベアー。そいつも一緒に囮役になってもらったわ。」
「そりゃぁ、運が・・・よかったのか?」
「まーな。ま、ちゃんとした話は定時報告の時にでもするさ。そんなことよりも、ほれ!!」
巨大な首なしフォレストアントが俺の足元に投げられる。
「ちょっと!」
「さっ、さっさと巣から出て、手分けして解体しちまうぞ。」
・・・・・・そうなのだ。まだここはフォレストアントの巣の内部。
先ほど忍び込んだのはクイーンアント周辺まで追い詰め、閉じ込めた場所。
なんせこの巣はでかい。
先人達が計測した結果、最大高100m、横幅272m、長さ721m。勿論、記録されているフォレストアントコロニーの中では過去最大の大きさ。
さらにこの場所の地下には地底湖に繋がる地下空洞があり、発見当時には6つの闇溜まりがあったそうだ。
ここからは研究班の見解だけども、『たまたまこの地に巣を形成したフォレストアントが、地底湖に繋がる地下空洞を掘り当て、その空洞にあった闇溜まりから発生したバースを餌にすることにより、巣の外に出ずとも、豊富な餌を元に産卵による個体繁殖が可能となったのではないか』とのこと。
その証拠に、近隣被害もなくこんなに巨大化してるんだもんなぁ。
という訳で、俺達はこの巨大な巣からまずは出ることにした。