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第五話:格の違い

 目覚めはいつもどおり、すっきりとしたものだった。

 窓から入ってくる光はキラキラと淡い。

 いつも起きているのと同じ、夜明けから間もない時間の光。

「朝食をお持ちいたしました」

 入ってきたのはお仕着せらしい紺のドレスに身を包んだ女性。

「ベッドでお召し上がりになりますか?」

「いえ、テーブルでいただきます」

 小さなテーブルの上に朝食の用意を終えたメイドが小さく膝を折ってから退出する。

 こんな生活――何年ぶりだろう。

 母が生きていたときはワガママも言ったが…いや、むしろワガママ放題の娘だったけれど。

 こんなのが当たり前だと、そう思っていた。

 いただきまます、と手を合わせて口に運んだ食事は、とても美味しかった。

 考えてみれば…2日ぶりぐらいのご飯だ。

 お腹は空きすぎて空腹を訴えなかったけれど、いまさらながら、とてもお腹が空いていたことに気づいた。

 


 食事の後、姫に紹介すると服を与えられて部屋から連れ出された。

 他家を初めて見るわけではないけれど、今までみたどんな家よりも、デュボワ侯爵家は豪華だった。

 整えられた一流の調度品。

 美しい絵画や彫刻。

 敷き詰められた華やかな模様入りの絨毯とモザイクタイルで整えられた室内。

 そのどれもが磨き上げられ、美しく輝いている。

 見渡してもチリひとつないほどに整えられた室内は侯爵家がいかに裕福か、あらわしているようだった。

 それに、さきほどから使用人の姿がほとんど見えない。

 これほどの家であれば絶対にたくさんいるのに。

 客の前に不用意に姿を現さないように躾けられているのだろう。

 自分の家なら、客の前に使用人がふらりと現れてしまうことなどよくあった。

 そのたびに躾けが行き届かなく申し訳ないと謝る父の姿があったのを覚えている。

 小さな時はそれでも使用人たちをなんておろかなのか、と思っていたが、いざその立場になってみると良くわかる。

 客が来るかどうかなどどうでもいいし、主人の対面などどうでもいいのだ。

 さらに、ここを通ってはいけない、通ってよいといった決まりが無視されても誰も気に留めないし、注意もしない。

 注意されないから自分が便利なほうがいい、と動いてしまう。

 そこに主家への忠誠なんてない。

 それを、家の格と呼ぶのだと、まざまざと思い知らされたような気がした。

 さすがはデュボワ侯爵家。

 名門中の名門と呼ばれる家だった。

 前当主はかつて宰相を務め、現在の当主であるデジレ・デュボワ侯爵は王の側近。

 歴史も深く、国内で最も広く名前をしられた貴族だろう。

 そんなところの姫君の家庭教師?

 さすがに無理があるのではないだろうか。



 侯爵家のお姫様はにっこりと笑われて実に優雅なあいさつをされた。

 腰をかがめて、会釈する貴族の令嬢として完璧な礼だ。

「はじめまして、先生」

 その言葉に、自分が家庭教師として雇われたのだとわれに返る。

「よろしくお願いいたします…今のわたくしの礼はいかがでした?」

 いかがでしたと問われても、完璧以外の言葉があろうはずがない。

「すばらしい礼でしたわ、姫様」

「シャルロットとおよびください。先生」

 先生、という言葉のたびに鼓動が弾む。

 うれしくないし、楽しくもない。

 先生と呼ばれるようななにができるだろう。貴族の令嬢として教育を受けていたのは、母が亡くなるまで。その後にやってきたとこといえば、下働きばかりだ。

 パンは焼けても優雅にお茶を淹れたりはできないし、掃除や洗濯はできても召使の管理はできない。繕い物はすっかり得意になったけれど、刺繍なんて何年もしていない。

 香水のみたて、ドレスの仕立て、絵画に音楽…貴族の令嬢に必要な教養はどれも身になどついていない。

 どうしよう、といまさらながら、困り果てる。

 教えられることなどない。この姫のほうがすべてにおいて完璧にこなすだろう。

 これは、早晩クビになってしまう。ようやく仕事を得ることができたのに!

 そう悩んでいると、ころころ、とかわいらしい笑い声がした。

「先生としていらしていただいているんだもの。先生とお呼びしなければならないのですわ。お許しくださいね、お姉さま」

「姫様、失礼ですが…いま、なんと?」

「お姉さまとお呼びいたしました。きっと近いうちにそうお呼びすることになるから、と…違いましたの?」

「と、とんでもございません!」

 あの侯爵さまの妻になるなんてとんでもない。どこからそのような発想が出たのかしら。

「でも…昨日、お兄様がつれていらして、わたくしの家庭教師にとおっしゃられたと…きっとご身分が違ってすぐには結婚ができないけれど、国王陛下はお兄様にお優しいからきっとご許可をいただける、その間に誰かにさらわれてしまわないようにわたくしの家庭教師としてこの家に住んでいただくのだと…違いますの?」

「違います!わたくしは仕事に困っていたところを侯爵様に雇っていただいただけですわ!」

 あまりに動揺したせいか、姫様の言葉遣いが写ってしまったのにさえ、やっぱり、と納得される。

 やっぱりどころか、昨日まで下働きとして何年も働いていて、その上実家を追い出されただけだというのに、なんて恐ろしい話になってしまっているのだろう。

「まぁ…そんな否定なさらなくても」

「姫様、そのように下世話なお話をなさるものではございません。デュボワの姫君ともあろうお方が…」

「あら。みんなと同じようなことをおっしゃるのね。わたくし、先生とそのようなお話はしたくありませんわ。したいのはもっと楽しいお話。ねえ、先生?わたくしに外の世界のことや、人のことや、恋のことを教えてくださいませ」

「恋…に、人のことですか…?」

 恋…それこそまったくの無縁だった話。

「ええ。お兄様とどこで出会われて恋に落ちられたの!?恋ってどうして落ちるっていうのかしら?」

 だから・・・・・・ちがうってば。

 侯爵家の深層の姫君は、ずいぶんと思い込みの激しいお姫様だった。



 

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