第四話 ガヴァネス
2011年2月4日改訂
雇ったはいいものの、とデジレ・ガブリエル・デュボワ侯爵はいささか頭をひねることになった。
没落しているわけでもなく、現役の貴族の嫡子。
誰がなんと言おうと、彼女はあのガリエナ子爵の嫡子で、跡継ぎだ。
ガリエナ子爵はそう思っていないようだが、彼の娘二人に相続権はない。
生まれたときに嫡子ではなく、庶子だったからだ。
だから婚約者も求婚者もつかないのだが、いまいちそれをわかっていないあの愚か者は、この事態をどう見るか。
不当な扱いに怒った跡継ぎ娘が家を出て、デュボワ侯爵家に助けを求めた。力を貸すことを決めたデュボワ侯爵は彼女を預かり、正当な権利を主張するためにガリエナ子爵を退位させようとする―――――。
そうなってくれればまだましだ。
「やはり、愛人にしようと考えている、が一番有力だな」
このまま家に住まわせればそのうわさが立つのは間違いない。
だが、あの方から預かった以上、放り出すわけにもいかない。
「本当に、次から次へと厄介なことを…」
今回ばかりは少々頭が痛かった。
愛人という噂に思うところはあるかもしれないが、それぐらいの意趣返しは許されるだろう。
そう判断して、彼女を雇うための書類にペンを走らせた。
「給金は月に金貨2枚。金貨でほしいですか?銀貨でほしいですか?」
「銀貨と銅貨でお願いします」
「住み込みなので、月に銀貨15枚いただきます」
「はい」
「風呂は2日に1回。服は仕事着を2枚支給。半年に1度申請できます。代金は銀貨1枚」
「わかりました」
「食事は一日2回。食堂で」
そこまで説明してくれたところで、鈴がなった。
壁にひもをつけてぶら下げられた鈴の一つを手に取る。
「はい」
鈴、と思ったのは、通信機だったらしい。
同じ室内であればどこでも話すことのできる道具が存在するというのは聞いていたが、見るのは初めてだった。
「はい…は、しかし…」
なにか問答しているようだが丁寧な言葉遣いだ。
ひょっとしたら、デュボワ侯爵なのかもしれない。
となれば手持ち無沙汰だが話の邪魔をするわけにもいかない。黙って待つしかなかった。
ややして鈴を置いて振り向いた執事がため息と共に思いもかけないことを言い出した。
「…あなたの仕事内容が変わりました」
「はい?」
下働きじゃなかったのか。
いや、下働きにしてはあまりにも給金が破格だから女中かもしれなかったが。
「あなたのお仕事は、お嬢様の家庭教師だそうです」
「・・・・・・・・・・・・はぁ!?」
あまりにもめまぐるしい一日すぎないだろうか。
ついていけない頭で、それだけをかろうじて思った。
(※換算 金貨:5万円 銀貨:2000円 銅貨:100円 金貨1枚=銀貨25枚 銀貨1枚=銅貨20枚)