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第三話:デュボワ侯爵家

「と、いうわけだ。彼女をここで雇ってくれ」

「・・・なにが。と、いうわけなんでしょうか?」

 えらくきれいな身なりの男が半眼で男をにらんでいる。

 つれてこられたのは貴族の邸宅の一角。

 その中でもひときわ美しく、堅固な家だった。

 歴史も美しさも群を抜いている。

 それもそのはず、宰相デュボワ侯爵家の家だ。

 来たことは無いけれど、その家の様は有名だった。

 まして、家の正面に燦然と輝くその紋章を見れば誰にだってわかる。

 そんな家に堂々と正面から入っていく男に恐る恐るついてきて通されたのはこの部屋だった。

「そう怒るな」

 目の前にいるのは間違いなく、若き当主デュボワ侯爵だろう。

 なのにそんな人に随分とぞんざいな口をきいている。

 この人、そんなに偉いひとなのだろうか。

 身分は高いだろうとは思っていたけれど・・・。 

「まあ、俺が言うのもなんだが働き者でいい男だ」

 今日であったばかりです。その上

「女です」

「・・・・・・そうだった」

 わたしと男のやりとりに深々とため息をついた侯爵がもったいをつけてうなずいた。

「・・・ま。いいでしょう」

「すまん、恩に着る」

 笑いながら両手を合わせて拝むまねをする男にどうやら私の雇い主になることに決まったらしい侯爵はわざとらしく盛大なため息をついた。

「目いっぱい着てください」

 男は、というとそんな嫌味もどこ吹く風といった風情だ。

 もういちどため息をついてそのひとは卓上においてあったガラス製のベルを手に取った。

 ちりん、と涼やかな音が意外なほど大きく響き渡る。

 ひょっとして、魔法がかかっているのかもしれない。

 ただのガラスの鈴がこんなに大きな音がするはずもないから。

「お呼びでしょうか」

 扉をあけて一礼したのは、初老の男性だった。

「この娘を連れて行って仕事を与えてくれ」

「この娘を、でしょうか?」

 じろりと眺めてくる視線に負けずに睨み返した。

 ふさわしくない、と思っているのかもしれないけど。

 負けないんだから!

 ここを追い出されたらいくところないんだから!

「…名前は」

 すこし迷って、もう何年も使われていない愛称を告げる。

「リヨン」

「では リヨン。まずは湯殿にいって汚れを落としなさい。それからお前の部屋に案内しよう」

「湯殿…?」

「当然だ。賓客の前にもでる仕事。身なりは清潔にしておかなければならない」

 胸に喜びが満ちた。

 湯殿を使えるなんて、何年ぶりだろう。

 それに、それに、さっきまでの不安から解放されて膝から力が抜ける。

 夢じゃないのだ。

 本当に解放されたのだ。

 わたしは、身体を売らなくても、物乞いをしなくてもいいし、のたれ死ななくてもいいのだ。

「紹介はできるが、働くのはお前だからな。暇を出されないように気をつけろ」

 無我夢中で頷く。

 それしかできなかった。

「よろしく頼む」

 ひらひら、と手を振る男にも深々と一礼して部屋を出た。

 どれほど礼の言葉を連ねても今の感謝を表すことなんてできないだろう。

 よかった。

 本当に、よかった。






「それで?何の気まぐれですか?」

 面白がるような昔馴染みの視線にいつもと同じにやりという笑いを返して、男はなんでもない、というように手をふった。

「いや。通りかかって話をして、良い女だと思った。途方にくれてたからな。少しは面倒を見てやるかと思った」

 情でもなんでもなく、ただそれだけだという男に裏はなさそうだと見て取って、侯爵はやれやれというようにため息をついた。

 その表情から何かを期待したのだとわかる。

 おそらくは、愛妾でも持てということだろう。

「まったく…少しも変わってない…」

「なんだ。変わったほうが嬉しかったか?」

「いいえ。そのままでいてください」

 思い出せる昔の姿はいつまでも輝いている。

 それは子どもの頃の思い出だからこそ。

 それを共有したものにしかわからない輝きだった。

「で、あの娘をいつまでお預かりして置けばいいのです?」

「あの娘が、一人で歩きだせるまで」

 それを見てみたいだけだ。

 あんなさばさばと自分の境遇を受け入れて、なお勝気にふんばる女などそうそう見られるものではない。

「ほう」

「いつかはひとりで歩きだすだろう。それまで面倒をみてやってくれ」

「貴族の娘がひとりで生きていくのはそう簡単ではありません」

「貴族とわかるか」

 見た目からはどうみても貴族とはうかがえないとおもったのだが。

「あの顔には見覚えがあります。ヴェイユ子爵家のジョセフィーヌ嬢がガリエナ子爵家に嫁いで娘をひとり産んで死んだと聞きました」

「・・・お前には隠し事一つできんのか」

 さすがに憮然としてそう言った男は娘が出て行った扉を見やった。

「子爵ともあろうものが、貴族の娘をあのように扱うとは思わなかった。いくら嫌いでも育てて嫁がせれば相応の見返りを得るだろう」

「持参金もつけたくないんでしょう」

「その辺の爵位やら血筋やらをほしがっている商人あたりにでも高く売りつければいい」

「それができるような性格なら、あの男はジョセフィーヌ嬢と結婚していません。血と家格に妙にこだわった男でしたから。妻が家格を備えていればよかったんですよ」

「そんな貴族がまだいるのか、なげかわしい」

「そんな貴族の娘を我が家で預かるのですか。なげかわしい」

「・・・・・・・・・・・・・デジレ」

「なんですか、ユーグ」

「お前本当に食えないな」

「いまさらわかったんですか、なげかわしい」

「・・・わかったわかった。お前にはかなわん。これでいいだろう?では頼んだぞ」

 食えない男と正面きって口げんかをする気はない。

 幼い頃からなんど負けたか数える気もおきないほどだ。

「かなわないのはこちらですよ」

 後ろから聞こえてきたそんな呟きはきれいに無視することにした。

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