第二話:たとえわずかな希望でも
文字通り身一つで放り出された。
門扉の外まで引きずられて地面に向かって投げ捨てられる。
たたきつけられて痛む腕や膝をさすりながら立ち上がる。
真っ暗な街は怖くて、肌寒さにぶるりとふるえた。
「・・・痛い・・・・・・・」
呟いても、誰も手を差し伸べてなんてくれない。
スカートについたほこりをはらう。
ずきずきと痛みを訴える身体に唇をかみ締める。
こらえようと思ってもこらえられなかった涙がこぼれた。
わたしが、なにをした。
こんなにされなきゃならないようなことをしたんだろうか。
ただ、お母様の娘に生まれただけだ。
あの、いつも寂しくて悲しかったひとの娘に生まれただけだった。
父に恋人がいようが、そんなのは父の勝手だ。
結婚を強いられようと自分の思いを貫けばよかったのだ。
それをできなかったからといって、それをどうしてわたしにぶつけられなければならない・・・?
そう思えば思うほど、自分がみじめで涙が止まらなかった。
そう思ってしまう自分が、父をかわいそうと思いやれない自分が、今ここにこうしてみすぼらしい格好でひとり放り出された自分が、ここで泣くしかできない無力な自分が。
みじめだった。
とぼとぼと足をすすめる。
こんなところにいつまでもたたずんでも仕方ない。
絶対に入れてくれるはずがない。
重い足をのろのろと動かしながらどこに行くでもなく歩きだして、十数歩も歩いた頃。
目の前に、昼間の男が立っていた。
「・・・追い出されたのか?」
困ったような、申し訳なさそうな、そんな声だった。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・」
黙って涙をぬぐう。
みっともない顔は見せたくない。
せめてもの矜持だった。
「そうよ」
だれのせい、ということもない。
わたしが、不注意だっただけ。
こうなるとわかっていたのに、自分で引き寄せてしまったのだから。
理由はわかっている。
楽しかったのだ。
わたしを見てくれて、話を聞いてくれて、うれしかったのだ。
だから、つい話に興じた。
どうなるか、わかっていたのに。
「ふぅむ・・・・・・どうする?」
首を振る。
だって。世の中、家族のいない、家のない娘は道を選べない。
どうするもこうするも、ない。
「どうしようもないわ。わたしは、捨てられたんだから」
そういうことなのだろう。
どこへでもいって、のたれ死ね。
どこまでも身を落とせ、とそういう意味だ。
「あきらめるのか?」
「あきらめたりしないわ」
お母様がなくなって、虐げられるようになってから誓ったのだ。
何があったってあきらめたりしない。
「・・・下働きの口を探すの。貴族の家ににらまれたい商家はないから、わたしを受け入れるのを嫌がるかもしれないけれど、この街を離れれば口はあるはずだもの」
そこまでなんとか食いつないで、隣町まで頑張って歩く。
この国は治安がいいから、女の一人旅でも危険は少ない・・・はずだ。
「働く場所がほしいのか。ならば用意してやろうか?」
あっさりと言われた言葉にめまいがした。
「あなた、それを用意するのがどれだけ大変だと思って・・・」
身よりもない、家もない。
まして、元貴族の娘なんて厄介な立場の人間に働く場所を用意するなんて、簡単なことじゃない。
身寄りでもなければなおさらだ。
「あなたにそれを用意するのは簡単だ」
どんな顔でそれを言っているのか。
それは本当なのか。
真意を探るようにその顔を見つめても、その顔のどこにも変化は感じ取れなかった。
「娼婦になる気はないわよ」
「そんな仕事は紹介したくてもできない」
じっとみつめて、ゆらがない瞳に、頷いた。
「・・・いいわ」
どんな仕事でも、娼婦や物乞いよりましだ。
「どんな仕事だって、やるわ」
野垂れ死になんかしたくない。
私は、生き抜いてみせる。
決意を込めた視線の先で、男はにやり、と笑った。
「いい根性だ。ついて来い」
馬の口を引く男について歩きながら、もう一度手をぎゅっと握る。
もし、意に沿わない場所であれば、なんとしてでも逃げる。
女の細腕で敵わなくても、何が何でも逃げる。
そうして、考えていた通りの道を進めばいいのだ。
けれど本当に紹介してくれるというなら、のらない手はない。
そんなことを考えながら、ただその後ろについていった。